「案内人」という肩書
あの後、命からがら木の上へと逃げた派遣者を再度こちらの世界へ召喚し、小一時間程の説教をし終えた「案内者」は、缶コーヒーの残りを飲み干して、今度は安全な場所へ派遣者を送り返し、大きく伸びをする。
携帯端末で時刻を確認すれば午前6時になろうかという時間。
大きなあくびを噛み殺し、また伸びをした「案内者」はベッド代わりのソファへ体を預けて、ゆっくりと目を閉じた。
「案内者」――渡良瀬 億里。メガネというアイテムだけでインテリ系に見られるような顔立ちで、やや痩せ気味の体型の彼こそ、ここDWに絶対に必要な人物であり、肩書「案内者」の通り異世界への転移を行える人物である。
社長から直々にスカウトされた彼は、自分の能力の使い道にはこの仕事が最適であると確信している。
そもそもの話、彼の転移能力は世界を跨ぐ能力ではなく、世界を跨ぐ事も出来る能力であり、使い方ひとつで彼は働かずして暮らしていける程の金額を稼ぐ事すら可能のはずだ。
しかし、彼はそのような方法で稼ぐ事をしなかったし、これからもしないであろう。
理由としては、異世界にいる時に似た様な事をし、楽に稼ごうとした時に、トラウマになるような事態に陥ったからだ。
そんなこの職場において必要不可欠な彼の仕事場は、今は個人で使っているとは思えない広さであるし、かなり彼の趣味が入っていた。
モノクロのテーブルを囲むように大きなソファ、大画面テレビに冷蔵庫、コーヒーメーカー等、おおよそ普通のオフィスでは仕事場に無い様なものばかり。
極めつけはドアの周辺以外の壁全てを覆っている本棚たちであり、その中には、異世界転生、転移、召喚といったあらゆる異世界系の漫画、アニメBD、小説が綺麗に整理されて納められていた。
そんな整理された中から漫画を一冊抜き取って、彼はおもむろに読み始める。
まだまだ出社するには当然早い時間ではあるし、そもそも彼は出社をすでに終えているわけで。
他の従業員が出社してくるまでの間、彼はしばし読書に没頭する。
一冊読み終えて適当にまた一冊。
続きを読むわけではなく、本当に適当に抜き取って読み続ける。
それまで無表情で読み進めていた彼は、ふとページをめくる手を止めて、フッと鼻で笑った。
彼の読んでいた漫画は、別段変な内容ではなく、ありふれた作品である。
いわゆるチート能力を使って活躍するという内容のその漫画に、彼は内心でこう思う。
戦闘の役にしか立たないのにチート? 何それ、アホじゃね? と。
しかもこの主人公、どんな能力がいいかと聞かれたのにそんな能力を選んでいた。
何故に自ら命の危険がある戦闘なぞをしなければ発揮できないような能力を選んだのか、彼は理解に苦しんだ。
あれか? ドMか何かか? あるいは好奇心が勝ったから? だとしても好奇心で二度と無いであろう楽に金儲けが出来る能力を選ばずに戦闘系の能力を選ぶか普通?
そこまで考えて、彼はふと、これまで異世界へ派遣した者達を思い浮かべ、……まぁあいつらよりはマシか。
と一人で納得して続きを読み始める。
異世界へ派遣するときにはみな、大なり小なりの能力を持たせて異世界へ派遣するのだが、
能力の希望を取った時に、
「チート能力!」
と言われて、詳しい内容を聞くと、全く考えていなかったなんて何度もあった。
ひどい時にはレポート用紙にわざわざ事細かく能力の説明を書いて来た者もいて、その人物の目の前で笑顔で引き裂いたのは渡良瀬の記憶に新しい。
そんな彼らにかける言葉は一つ。
「主人公でも無いお前らがそんな能力貰えると思っているのか?」
である。
異世界に行けると聞いてここに面接に来るのは、決まって働いていないが幻想を抱いているという、俗に言うオタクニートな奴らばっかりである。
働く意思を見せたと喜ぶ親同伴で面接に臨み、思考の中身をぶちまけて親及び渡良瀬の顔を引きつらせるなんて事もよくあり、その度に先ほどの主人公では無い事を諭すように言うのだが、それを腹に落として理解してくれた者たちの数は残念ながら多くは無い。
読んだ漫画の冊数が二桁に届こうかという所で、まるでSF映画のエマージェンシーを知らせる様な――けたたましい警報が鳴り響いた。
読んでいた漫画を放り投げ、携帯端末を慌てて手に持ち、画面を確認すると
【新人研修ノ修了ヲ確認シマシタ】
との文字が。
そして数瞬後、テーブルの上に空気が集まる様な感覚を肌が感じとり、その場所に、
あちこちが切れたり汚れたりしている装備を身にまとった、涙目の女性が姿を現した。
ご愛読ありがとうございます。
設定が珍しい話ばっかり書いていると説明を書くのが少しだけ不安になってきますね。
これでええんかなーって感じで。なので何か質問等ございましたらお願いします。
今後も応援よろしくお願いします~