普段通りに頑張るにゃー
全く、社長はいつもいつも人使いが荒いにゃー。
熟睡を邪魔されてそこから4日間の徹夜を強いられる私の身にもなって欲しいにゃー。
と眠いはずなのに寝付けない事に若干苛立ちつつ、頭を乱暴に掻き毟るのは開発担当である開出 発。
中に入れるだけで勝手に調合し、カプセル錠になるような開発品を作れ。という社長からの無茶振りを受け、
それでも能力を駆使してものの数分で作り出した彼女は、会社に用意された開出用の部屋にて抱き枕を抱き、ゴロゴロと布団を転がっていた。
あと4日。時間にして96時間の無睡眠を受け入れなければならない身長145cmの小さな存在は。
「とりあえず気晴らしにご飯でも食べるかにゃー」
とゆっくり、少しでも時間が過ぎる様にと遅く遅く、食堂へと歩みを進めた。
*
ゴゥンゴゥンと、怪しい重々しい音が響く食堂。
その音の主はまぁ何と表現するのが正解か。
某パンの精霊が自らのパンで出来た頭をお腹を空かせた住人たちに与える子供向けアニメのパンを焼く窯。
とでも表現するか。
その奇怪な見た目の大きな窯が先程の重い音を立てながら大きく振動を続けていた。
もちろんそれは開出の発明品であるのだが、
「また大分懐かしいのを使ってるにゃー。随分使ってくれてるみたいだし、新型でも開発するかにゃー?」
ペシペシと軽く動いている窯を叩きながら、何気なく呟いたその言葉に、食堂に当然いた炊江が答える。
「まだ全然使えてますから大丈夫ですよー? 発さんはもう少し能力を大切に使用しましょうね?」
優しく、包み込む様な声色で。
安心感を与える言い方で発に歩み寄って来た炊江は、口調と同じくゆっくりとした動きで発を抱きしめる。
「睡眠障害で辛いのは知ってるから。無茶しちゃダメよ? 発さんもここに欠かせない大事な人財なのよ?」
まるで子猫を撫でる様に、優しく開出の頭を撫でる炊江。
目を細め、安心感を覚えた開出は、そのままウトウト……
「って、眠れないにゃ! 炊江!? 嫌がらせにゃ!?」
「……気のせいですよ? さて、ここにいらしたという事は、何か食べますか?」
「微妙な間が気になるにゃー。――サラダと果物系のデザートがいいにゃ」
「気にし過ぎると皺になりますよ? 清涼感を感じるサラダとデザートをお作りしますね」
微妙に空振りしたイタズラを誤魔化す様に話題を切り替え、そそくさと厨房に立つ炊江だった。
が、丁度重い音を立てて振動していた開出の発明品が、まるで洗濯機が動作を終えたような告知音を立てて止まる。
「そういえば何を探してたにゃー? また新しい食材かにゃー?」
「あ、いえいえ。ふと面白いものを見つけましたので」
そう言って窯を開け、ゴソゴソと中を探る炊江は、
「これですこれです。ふふ、試してみたかったんですよ」
顔の一部を煤で汚して、両手に薄いライム色の弾力有る液体を抱き抱えて振り向いた。
「一応聞くけど、それは何にゃ?」
「スライムですよー? なんか食べて見たくなりまして」
「絶対嫌にゃ! 断固拒否するにゃ!!」
「えーっと、まずは塩茹でにして……酢水に2日間漬けておかないといけないのですか。すぐに食べられるわけではなさそうですね。残念です」
本当に心底残念そうにため息をついた炊江と、心底ほっとしたようにため息をついた発。
「というか私の発明品で当たり前のようにモンスターを呼び出さないで欲しいにゃー。それ、本来は野菜やらキノコやらをこっちに召喚する用にゃ」
本来の使い方とは少しだけズレた使い方をされ、微妙に不機嫌になる発の耳に、瑞々しい野菜を切る心地良い音が届く。
「少し待っててくださいね? サラダはすぐに作っちゃいますので」
という炊江を信じてテーブルに着いた開出の足元に少しだけ冷たい感覚が。
「? 何にゃ?」
テーブルの下を覗き込むと……
「――っ!? ちょ!? スライムまだ生きてるにゃ!?」
「鮮度が命、と聞いたので――」
「いやいやいやいや洒落にならんにゃ!? 何とかするにゃ!!」
「食事中ですし、包丁は使いたくありませんので」
慌てて椅子の上に立ち上がってスライムから退避した開出は、炊江に助けを求めると、
包丁から何から調理道具を丁寧に置いて、腕まくりをして
「よいしょ! っと」
スライム相手に回し蹴り一発。
食堂内を少しだけ跳ねまわったスライムは勢いが死に――そのまま動かなくなる。
「急所に蹴り入れて気絶させただけですよ? 魚の活〆前の行程と同じです」
驚いて椅子の上で固まっている開出に説明する炊江。
調理の方法を知る能力にはどうやら〆方や急所の場所まで含まれるらしい。
動かなくなったスライムを寸胴鍋に入れ、塩茹でにし始めて。
「サラダ、お待たせしました」
と笑顔でサラダを出されたが、開出は変に疲れたせいで若干食欲を失っているのであった。




