対応完了
レポートを取り終え、人事部の部屋に戻った渡良瀬の耳に届いたのは自分がマニュアルに書いた決まり文句。
「あなたは、主人公でも無ければ勇者ですら無いっすよ?」
そう電話に向けて言う彼女は、表情から見てもどこかしら不機嫌。
渡良瀬に色々聞かれた派遣者が、思わず身を固くするほどには雰囲気もあった。
「他に無いようならば失礼するっす。そちらでの繁栄を心から願っているっす」
マニュアルに書いてある締めの言葉を相手に伝え、通話を終えた癒山は、まだ渡良瀬に気が付いていない様で、携帯端末をテーブルに置いて大きく伸びをする。
「お疲れさまでした」
「ぴゃいっ!? いつからそこに?」
「たった今です。その様子ですと無事にクレームを処理出来たようですね」
「処理というか、無慈悲に叩き切っただけの気もするっす」
「甘やかした所で出来ない方々ばかりなのでそれぐらいが丁度いいんですよ」
缶コーヒーを開け、一気に飲み干して。
渡良瀬は派遣者へと向き直り、今後の事を話す。
「では今から派遣先へと戻しますが、1週間程度は外出を控えてください。その際の教会への寄付期限は延長致しますので」
「あの病気は……再発の恐れとかは?」
「無いはずです。あなたには薬を飲ませていまして、その薬の中に抗体を作り出す成分も含まれます。なので再発の心配は無いはずです」
「では何故外出を?」
「考えてもみてください。病気に発症したと思ったら即回復している。どう考えても怪しまれるでしょう? 下手するとあの世界なら異端者扱いされてもおかしくありません」
「そ、それは……確かに」
「なので1週間かけて病気に打ち勝った事にしてください」
「だから外出の禁止、と」
納得した。と派遣者が後に続いたのを確認し、渡良瀬はゆっくりと頷く。
「また今回のような事、特にお話しいただいた見た目の怪しい人に関しては、見かけたらすぐに連絡をください」
聞こえて来た洗濯機の停止音に反応し、衣服を取りに渡良瀬が行っている間に、派遣者は癒山へとお礼を言った。
「癒山さん。でいいんだよね? 僕の事を治してくれたのは君だと聞いた。本当にありがとう。全身痛むし、視界は段々見えなくなるし、動けているかどうかも分からない状態になるし。終いには顔面に凄い衝撃が来たから本当に死んだ。と思ってしまったよ」
深々と頭を下げ、感謝の意を表した派遣者に、しかし。
癒山は何とも言えない表情を浮かべる。
途中までは病気の症状なのだろうが、最後はどう考えても自分のお見舞いしてしまった華麗な殴打の事で。
(本当に、申し訳ないっす)
胸の中で手を合わせ、派遣者に平謝りしつつ、渡良瀬が早くこの場に戻ってくることを癒山は心の底から望んだ。
「お待たせしました。しっかり乾いていますよ」
癒山の願いが通じたかは分からないが、それほど時間がかかる事も無く渡良瀬は戻って来た。
手には綺麗になった派遣者の衣服があり、それを派遣者へと手渡す。
「今回は本当にありがとうございました」
「いえ、お気になさらず。今回のような件は報告の速さがものを言います。その点は十分な対応だったと思いますよ」
「それでもやはり皆さんの手を煩わせてしまったので……」
「そのような対応をする為に私どもは居ます。派遣した方がしっかり働けるよう様々な動きをするのが私どもの仕事ですので、どうか気になさらないでください」
渡良瀬にも深々と頭を下げ、衣服を受け取った派遣者は言うが、それを渡良瀬は自分らの仕事だから。
と説明する。
「いえ、気にしますよ。俄然力を入れて稼いで来ます」
たはは、と笑いながらそう言った派遣者は、渡良瀬の能力によって再度異世界へと派遣された。
直後にソファーに乱暴に腰を降ろし、頭に手を当て天井を仰ぐ渡良瀬。
「ま、また頭痛っすか!?」
「あ、いえ。頭痛以外にも疲労の副作用があるので、ただ単に疲れただけです。女神様と一緒に行わない転移はもの凄く疲れるのですよ」
「そう言えば女神様と一緒にしなくても転移させられるんすね?」
「一度送った事のある世界ならば可能です。でないといつまでも女神様の手を借りなければならず、確実に不機嫌になります」
ソファーに寝そべり、メガネも外して仮眠モードへと移行した渡良瀬は気怠そうに続ける。
「呼び出し、及び送り返しの時は頭痛は軽く、疲労感が大きい。女神様との共同作業時は頭痛が酷い。と覚えておいてください」
「自分、疲労も治せるっすけど?」
「寝れば回復するので結構です。副作用もあるのでしょう? 使わなくていい場面では極力使わない事を心がけてください。どうせいつかは酷使されますから」
「こ、酷使は勘弁願いたいっす……」
では寝ます。と宣言して、ものの2分もかからず寝息を立て始めた渡良瀬にひっそりと毛布を被せて。
癒山はまだ読んでない異世界系の漫画を手に取り、知識を取り込んでいくのだった。




