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初めての対応

 レポートにまとめます。

と渡良瀬は別の部屋に派遣者を連れていき、


「こちらの方に集中しますので、もし派遣者から連絡が来たら任せます。マニュアルはテーブルの上にありますし、分からない事があれば隣の部屋にいますので聞いてください」


 と、いきなり癒山に仕事を任せた。


「え、ちょ!? いきなり自分一人仕事っすか!?」

「ですから隣に居ますので何かあれば言ってください」


  では。と扉に消えていく渡良瀬に


「流石に僕は元居た場所に戻してくれるよね?」


 と(きぬがさ)はにっこりと渡良瀬に微笑んで。

忘れていました。との言葉のすぐ後に部屋から(きぬがさ)の姿が消える。


「では今度こそ、よろしくお願いしますね」


 そう、今度こそ。癒山は人事部の部屋に携帯端末と共に一人になった。



「む、むぅ。何でマニュアルってこう難しく書くんすかね? 頭痛くなってくるっす」


 部屋に一人、誰からの電話も鳴るな。と念を込めながら一応テーブルに置かれたマニュアルに目を通しながらぼやく癒山。

マニュアルは渡良瀬が(きぬがさ)を転移させてきたついでに持って来たものだ。


 マニュアルの内容は普段から渡良瀬があしらっている派遣者への対応。

それをざっくりと説明するものなのだが、そもそも渡良瀬が口の立つ人物である為、彼が作ったマニュアルもまた、口の立つ人物専用と言っても過言では無いもので――。


「この通りに対応出来る気がしないっす……」


 読んですぐに自分に無理だと癒山が悟るのは至極当然とも言えよう。


「けどこれ、普通にクレーム対応マニュアルとかならすこぶる優秀じゃないっすか?」


 想定される会話のパターンを、相手が何に対して文句を言っているのか。と言う事柄を関連付けて。

事前に相手の言いたい事を先回りで潰してこちらの意見だけを通せ。

主な内容はこれなのだが、そこまでの持って行き方や誘導の仕方。

果てには、なだめながらの説得方法などまで記載されていて。


 読むだけでなんだか自分が受け答えの達人になれるような錯覚すら覚えさせるほどの出来であった。

何でそんな物を作る必要があるのか。という疑問は置いておいて。


 そして、波乱はやって来た。


 ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。


 バイブ音の音源は渡良瀬から預かった携帯端末。


「あぁ、遂に来てしまったっす……」


 渋々。本当に渋々と携帯端末を手に取って殊更(ことさら)ゆっくりと応答する。


「はい、こちらはDW派遣サービスっす!」

「渡良瀬!! もう無理だ! 頼む! 引き揚げて……お前誰?」

「先日から人事部に配属されたっす。癒山と言いますっす」

「お、おう。てかもう誰でもいいや。この世界から引き揚げさせてくれ!」

「理由をお聞かせ願いたいっす」


 その1。何故相手がその要求をしてきたか確認する事。


「どんなに頑張っても、努力しても、もう限界だ。こんな世界で稼げっこねぇ!」

「具体的にお願いするっす。その説明じゃさっぱり分かんないっす」

「俺は薬を生成するっつー能力なんだが、その能力で生成した薬より性能がいいのが出回り始めたんだ。おかげで全く売れなくなったんだ。もうどうしようもねぇよ」


 その2。どこに問題があったかを探し、指摘する事。


「その生成出来る薬の効果は最初から一律っすか?」

「そういう能力なんだからそらそうさ」

「? とすると何を頑張ったっすか?」

「市場の開拓や売り方だよ」


 少しイライラしだしたらしく、電話越しの声はやや強くなる。


「努力した。と言うのは?」

「生成する薬の量だよ! 寝る間を惜しんで数を確保して売ってたんだぞ! それが努力じゃないなら何だってんだ!!」


 明らかに怒鳴りつける声にしかし、癒山は冷静に、非常な言葉を投げる。


「自己満……すかね」

「てめぇ!? 俺の苦労も知らないで!」


 その3。どうせ正しい指摘でも逆切れしてきます。が、派遣者の居る世界は研修の何倍も甘い世界なので、自身がどのような研修だったかを思い出し、一蹴(いっしゅう)しましょう。


「知らないっすよ? 知るわけ無いっすよ? けど、あなたの言う努力は努力じゃないっす」

「なんだと!?」

「だって報われてないじゃないっすか。努力は必ず報われる? 報われなくてもここまで努力した事を褒めて欲しい? どっちも間違いっす。報われたから努力と呼ばれるっす。報われなかったらただの自己満足の範疇(はんちゅう)っす」


 研修中、幾度となく魔王に挑み、やられて帰って来た勇者を匿って。

副作用も(かえり)みずに勇者達を治療し続け、いつまでこんな事を続ければいいのだろう。

と考えていた彼女は、ある日考えを変えた。


 何で自分は治療に来るのを待っていたのだ? と。

自分も着いて行き、やられる前に治せばいい。と。

それから彼女は、勇者達と同行出来る強さになるまで己を磨き、無事に魔王を倒す事に成功し、英雄となった。


 そんな彼女からしてみれば、今回電話してきた相手はまだまだ努力が足りないのだ。

確かに自分で考え、動いてはいた。そちらに関しては十分であろう。

が、しかし。そもそもの考えが足りないのだ。


「何で薬の効果が上がる事が予測出来なかったっす? あなたが元居た世界の薬はいつまでも同じ性能のままっすか?」


 異世界だからと馬鹿にしてはいないか? と。


「同じ効果の薬しか生成出来ないなら、その薬を元に新しく薬を開発しようと試みたっすか?」


 勝手に自分の限界を決めていないか? と。


「自分で売る事だけでなく、他の商店や商人に商売を持ちかけたっすか? まさか一つの町で売り続けた、何て事は無いっすよね?」


 人間は楽をしたがる生き物だ。もちろん、それを悪いとは言わない。むしろ楽できる所は楽をするべきだ。

しかし、今回の様にまだまだ打てる手があるにも(かかわ)らず、勝手に自分で線引きして妥協と自己満足に浸り、その結果売れなくなって稼げなくなった。というのは残念ながら癒山の言う通り努力が足りない。


「じゃあ俺はどうすりゃいいんだよ!?」

「自己責任。派遣する際の誓約書に書いてあったはずっす。どうすればいいか? それを聞くほどに甘えた思考しか無いなら、勝手に野垂れ死ねばいいっす」

「なっ!? 死ね……だと?」

「働かざるもの食うべからず。食えないなら死ぬのが当然っす。努力は足りず、他人を頼って楽しようとする。だからここに派遣者として来る事になった事実を忘れて無いっすか? あなたは、()()()()()()()()()()()()()()()()っすよ?」


 冷たく突き放し。いや、もはや突き飛ばし、マニュアルにある『決まり文句』と書かれた部分を少しだけアレンジして。

癒山は、電話相手を沈黙させた。

ちょーっとだけ物議を醸しだしそうな内容ですが、当然フィクションでありまして。

別に誰の作品を咎めているわけでも無いので誤解なさらぬようお願いします。

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