「めっちゃ」治すっす
まずは的確に顎を捉えた右ストレート。
即座に体を捻りながらの左フックでこちらも顎を綺麗にとらえる。
脳を揺さぶられ動きが止まったサイ〇ンの屍人よりも酷いビジュアルの派遣者へ向かって、トドメの右アッパーを叩き込んだ事でようやく癒山の動きが止まる。
両手を握り、胸の前で構えファインティングポーズを解かぬままではあったが、ゆっくり床でピクピクと痙攣している派遣者へ視線を向ける。
「び、び、び、――びっくりしたっす! こんな見た目だなんて聞いて無いっす!」
「言ってないからね。それよりほら、このままだと死んじゃうから。早く治してあげて」
「そ、そうだったっす!! 大丈夫っすか!?」
「割と癒山さんが与えたダメージの方が大きいのでは?」
「渡良瀬、癒山ちゃんいじめちゃダメ。どう考えても内蔵破壊されてる方がダメージ大きいからね?」
恐る恐る倒れている派遣者へと癒山が触れ、彼女の能力を発動させている間、渡良瀬と蓋が軽口を叩き合う。
僅かに、と言うべきか。たっぷりと言うべきか。
30秒程派遣者へ触れていた癒山は、
「終わったっす。もう治す部分無いっす」
と即座に派遣者から手を離し、ものすごい勢いで距離を取る。
「そんなに怖がらなくても……」
「無理っす! 自分、血とかまっっっったく耐性無いっす!!」
「魔王と戦闘したのでしょう? よく大丈夫でしたね?」
「血が出る前に完全治癒してたっす」
「極々普通に言ってますけど、この会社の中でも指折りにぶっ飛んだ能力なのでは?」
「渡良瀬、君が言うかい?」
「全員優劣無くぶっ飛んでると思うっす。異世界へ渡らせる能力に確立視と近未来視? 全員チートと思うっす!」
最近になって読み始めた様々な異世界関連の作品。
その中のどの作品でもこの会社にいる能力者程使い勝手の良い能力者達は居ないだろう。と癒山は認識している。
もっとも癒山の能力は副作用のせいで扱いづらい部類に入るのだろうが。
「うん……。――ここは?」
「ぴぃっ!?」
突然意識が戻ったのか、ゴソッと動いた派遣者(血みどろ)に過剰なリアクションにも思えるような反応を癒山は示した。
具体的には変な声をあげて30cm程飛び上がった。
「おはようございます。お身体の調子はいかがですか?」
「渡良瀬さん? ――特に変わった所はありませんが?」
「であるならば大丈夫です。――状況、飲み込めていますか?」
「い、いえ。恥ずかしながら……。――うわっ!? これ誰の血ですかっ!?」
「あなたのですが……。今タオルを持ってきます」
本当に状況を飲み込めていない様子、というかここ数分の記憶がどうやら抜け落ちているようで。
癒山はそれが自分の一連の殴打コンボの影響ではない事を密かにお祈りしていた。
「すぐ戻ってくるだろうけど、今の内に君の置かれていた状況を整理しとこうか」
と蓋が渡良瀬が戻ってくる間に派遣者へと説明を始めた。
▽
血をある程度拭き取って。
洋服はサイズの近い渡良瀬の服を貸して、派遣者が来ていた異世界の服は現在洗濯中。
それが乾くまでは彼にこちらに居てもらい、今回の件のヒアリングを行う事を渡良瀬が決定した。
「社長から聞いたかと思いますが、今回貴方は異世界の病気を発症しました。発祥の原因について何か心当たりは?」
「普段通りの生活をしていた筈なのですが……。そう言えば珍しい恰好の旅の人と話をしましたね」
「珍しい、というと?」
「フードを被り、口元を布で覆い、目だけを出しているような見た目の方でした。自分のいる世界ではそんな肌の露出を嫌う人は珍しいもので――、印象に残っています」
「会話をしただけですか?」
「ええ。それ以外は特に何も」
顎に手を当て下を向いて、思考を巡らせようとする渡良瀬の耳に、洗濯機の停止音が届く。
「脱水と乾燥をかけてきます」
と席を立ち、渡良瀬が一旦席を外す。
「流石にあんな病気は会話しただけじゃ発症しないっすよね?」
「どうだろうね。そんな『能力』なのかもしれないよ?」
「『能力』っすか!? そんな百害あって一利無しの能力とか質悪いっす!」
「じ、自分も能力は授かりましたが、そんな他人を酷い目に遭わせるような能力は考えられません。いえ、考えたくありません」
「じゃあ、副作用だったとしたら?」
「「――っ!?」」
蓋には果たして何が見えているのか。
丁度そのタイミングで戻って来た渡良瀬が蓋の言葉の続きを受け継ぐ。
「そして、そんな副作用を持つ者達が他の世界に登場しないとも限りません。なので情報が欲しいんですよ」
過去をどれだけ遡ろうと、情報に勝る武器など存在しない。
非戦闘能力ばかりのこの会社だが、こと情報に関してだけは過剰とも言えるほどに有している。
そんな彼らですら知り得なかった今回の出来事を今後防ぐために、まだまだ詳しい話を、派遣者から聞いていくのであった。




