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厄介な案件

「ひゃあっ!? ――びっくりしたっす」

「チッ。……どうやら面倒な事になったらしいですね」


 軽く舌打ちをして、鳴り響いた携帯の画面を見た渡良瀬は面倒な事この上ない、と顔を歪める。


「何事っすか?」

「異世界に派遣した方からの救援要請、なのですが。電話ではなくこのエマージェンシーコールという事は相当切羽詰まってる状況ですね」

「どうするんすか?」

「決まってます。社長に相談です」

「あら、助けに行くわけでは無いんすね」


 思わずズッコケながら突っ込んだ癒山だが、それに対する返答は無く、渡良瀬はどうやら(きぬがさ)へと連絡しているらしい。


「出ねぇなあの社長……。――あ、お疲れ様です。今どちらに? はい。お迎えに上がります」


 なんて会話の後、渡良瀬の姿が掻き消えて。

数瞬後には(きぬがさ)を連れて元居た場所へと戻ってくる。


「またいきなりだったね。どうしたの?」

「異世界からのエマージェンシーです。確認と判断をお願いします」

「携帯貸してー」


 いつも通りの緩ーい空気を纏いながら携帯を手にした(きぬがさ)は。

途端に表情と纏う空気を豹変させる。


「違う。これも違うな。――、これは惜しい。なら……こっちか?」


 ブツブツと携帯を瞬きすらせずに睨みつけながら呟き続ける(きぬがさ)は、どうやら望む未来を手探りで探しているらしい。


「渡良瀬、開出をたたき起こせ。すぐに作って貰う必要があるものがある。起こしたらここに書いてある物を買って来い。経費で落とす」


 無言で頷き、メモを受け取って。

開出を起こす為に人事部を後にする渡良瀬に着いて行こうと癒山が動こうとすると。


「君はここに残って。渡良瀬が連れて来た派遣者の怪我の手当を。大丈夫、まだ君の副作用は発動しないから」


 一瞬不安な顔になった癒山に優しく微笑んだ(きぬがさ)は、先ほどまでの張り詰めるほどの空気をすでにどこかへと隠していた。


「社、社長? 何が見えたか聞いてもいいっす?」

「こちらの世界でいう黒死病(ペスト)って分かるかな? それを派遣者が発症したのさ」

「薬――ってどう考えても向こうの文明を越えちゃってるっすよね」

「だからちょーっと小細工をね」

「それが(あきら)さんに作って貰う物っすか?」


 まさか。と少し笑いながら(きぬがさ)は言う。


(あきら)ちゃんに作って貰うのは薬を調合する機械。渡良瀬が買ってくるのは材料。作った薬を派遣者の体内に直接ポンってね」

「聞くだけなら簡単そうっすけどね。……薬は誰が作るっす?」

「僕が確率見ながら作るに決まってるじゃーん」

「そうっすよね」

「社長、お待たせしました」


 気の抜けた会話。

そんな中に、扉も開けずにいきなり現れた渡良瀬は、(きぬがさ)に頼まれたであろう大量の薬品や食材を抱えていた。


「社長! お頼みの品、しかとお持ちしたにゃー!」


 今度は扉を開けて、開出が何やら発明品を握りしめて入って来て。


「うりゃ!」

「ちょ、乱暴っす!」


 癒山に向けて投げつけた。

が、流石は体育会系、と言うべきか。しっかりとキャッチした癒山の手にあったのは……


「か、カプセルっすか?」

「そうだにゃー。その中に材料入れたら勝手に調合から全部やってくれるにゃー。私の4日分の睡眠時間の犠牲の上に成り立って……るからそんなに乱暴に扱わないで欲しいにゃ社長~~!!」


 不思議そうに卵程の大きさのカプセルを眺めていた癒山から、半ばひったくる様にカプセルを手にした(きぬがさ)は。

渡良瀬が買って来た薬の材料をやたらめったらにカプセルに押し込んで行く。


「壊れたら二度と作れないんだけどにゃー?」

「確率は99%」

「1%に泣く未来が見えますね」

「君に見えるとでも?」


 何てやり取りをしていると、どうやら薬になったようで。

カプセルがよく見る市販のカプセル薬と同じサイズまで小さくなって。

それを渡良瀬へと放り投げる。


「それを苦しんでいる派遣者の胃へ直接送り込んでくれ」

「大丈夫なのですか? 効果とか、全く想像できませんけど」

「大丈夫大丈夫。内臓ごと病原体をぶっ殺して、本人が死ぬ前に癒山君に治癒して貰うから。死ぬほど痛いかもしれないけど、死ぬよりはマシでしょ」


 あっけらかんと言う内容では無いのだが、それでも大丈夫。と確信している(きぬがさ)には何を言っても無駄だと渡良瀬は理解しているのか。


「癒山さん、こっちに派遣者が来たら直ぐに治療をお願いしますよ」

「ま、任せて欲しいっす! 自分! めっちゃ治すっす!」


 気合の表われか腕まくりをしながら鼻を鳴らした癒山だったが。

流石に目の前に血みどろでなおかつ血を吐きながら助けを求める派遣者が突然現れるのを予想は出来なかったか。


 声にならない声をあげながら、さながらゾンビのような見た目の派遣者に向かって、癒山は思わず拳を突き出してしまったのだった。

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