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「修繕者」という肩書

「派遣者を転移させる度にそうやって倒れてたっす?」


 コーヒーを淹れ、戻って来た癒山はそう渡良瀬に声を掛ける。


「どれくらいの頭痛なのか毎回ランダムなんですよ。こうやって立つ事すら出来ず吐き気すらある頭痛の時もあれば、まるで痛みが無い時もあります」


 テーブルに置かれたコーヒーを一瞥(いちべつ)し、本当に気怠(けだる)そうに上体を起こして。

答えながらコーヒーをゆっくりと口に含んでいく。


「――美味しいです」

「ほんとっすか!? なんて、結構自信あったっす」


 渡良瀬の素直な感想に照れながら、しかし僅かなドヤ顔を覗かせて。

癒山も自分の淹れたコーヒーを味わい、ご満悦の表情。


「どこかでコーヒーの淹れ方でも教わったのですか?」

「この前までの新人研修で何度も淹れてたっす。というか異世界にも喫茶店なんてあるんすね。食料が少なかったせいでメニューは少なかったっすけど」

「うちからの派遣者ですね」

「やっぱりっす!? どうりで話が合うマスターだった筈っす!」

「そこでコーヒーの淹れ方を教わった、と?」

「そうっす。そこで働かせてもらってお金貯めてたっす」


 異世界へ行って、同じく異世界に渡った人の開いた喫茶店で働いて。

勇者を自分の家に(かくま)って、共にレベル上げして魔王を倒した。

そういえばそんな事が彼女が提出した報告書にあったような……


 と渡良瀬が僅かに思い出したが、それも頭痛によって消える。


「――っ! ……今日は流石に仕事になりません。電話が鳴ったら呼んでください。隣で寝てますので」


 フラフラと立ち上がり、隣の部屋に歩いていく渡良瀬に対し癒山は、


「あ、ちょっと待って欲しいっす」


 そう声を掛け、渡良瀬に近づいて――、


「んしょ……」


 頭を撫で始めた。


「何を――」


 唐突に頭を撫で始めた事に説明を求めようとした渡良瀬は、言葉の途中で彼女の意図に気付く。

というよりは実感していた。

彼女の能力、治癒能力の効果を。


 絞めつけるどころか釘でも打たれているようだった頭痛は、撫でられる毎に確実に痛みが弱まり。

それに伴っていた吐き気もすぐにどこへやら。

普段の渡良瀬を知る(きぬがさ)が見れば思わず笑いそうな絵面だが、特に気にする様子も無く、


「もう大丈夫です。ありがとうございます」


 そう呟いた渡良瀬は一つの可能性に気が付く。

今の状況を社長である(きぬがさ)が未来視し、故に癒山を人事部に配属させたのではないか。

という可能性に。


 実際にその考えは一部正解であり一部はハズレ。

未来視をした(きぬがさ)はそろそろあの場面か? と一人移動中の車の中でニヤニヤしていたし、その事を炊江(かしきえ)に突っ込まれていた。


 そして(きぬがさ)の思考は、

今後も()()()()()()()()()()()()()からいつか生で見たい。

と考えた後、その場面に出くわしたら何と言って渡良瀬を茶化そうか。

と考えを巡らせていた。


 そんな(きぬがさ)の思考に流石に及ばない渡良瀬はしかし、改めて癒山の能力を評価した。

聞いていた話では怪我や病気を恐るべき速度で回復させる。という能力なのは把握していたがこれ程とは、と体験しなければ分からなかった情報。

しかも病気ではなく渡良瀬の能力の副作用である頭痛を、あっさりと治癒した彼女の能力は、規格外。の一言。


「もう痛み取れたっすか? どうやら自分の能力が効いたようで良かったっす」

「正直驚きましたよ。副作用にも効くのですね」

「正直ダメもとだったっすけどね」

「しかし相当な能力ですね。副作用が気になるところですが」

「そ、それは――」

「言いたくないのであれば構いませんよ。副作用に関しては下手したら恥ずかしいようなのもあるかと思いますし」


 頭を撫でるのをやめ、本棚から漫画を選び始めた癒山に対し、渡良瀬は余計な詮索はしない。と同じく漫画を選び始める。


「けど、ここにある作品の能力ってほぼほぼ副作用無いっすよね。便利な能力ばっかっすのに」

「分かりやすく強くする為には強い力に反動を与えなければいいだけですからね。そのような能力の作品が流行という事なのでしょう」

「自分もそんな能力の方が良かったっすよ。今のでも強すぎる能力とは思ってるっすけど」

「能力に関しては女神様の気まぐれですから。私達がどうこう言えるものではありませんよ」


 二人の会話以外には、ページをめくる音だけが部屋に漂う。

時折挟まるコーヒーをすする音。

雰囲気だけは穏やかなその部屋に緊張が走ったのは、渡良瀬の持つ携帯端末がけたたましく鳴り響いてからだった。

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