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いよいよ転移

 異世界へ社員を派遣するという(ディファレント)(ワールド)と呼ばれている会社。

その地下部分で、これからまさにその派遣が行われようとしていた。


「それでは最後にいくつかお伝えしておきます」


 そう前置きし、メガネを指で押し上げて渡良瀬は派遣する者へ説明を始める。


「あなたに与えられる能力は鑑定スキルです。手で触れる事でそのアイテムだったり、装備だったりの価値や能力などが分かります」


 奇怪(きっかい)な魔法陣の描かれた床。その中央にリュックサックを背負い、転移されるのを待つこないだ面接を通過した者は黙って渡良瀬の説明を頭に叩き込む。


「そのスキルを使い、これから送り出す世界でお金を稼いでください。稼いだお金がそのまま給料となり、その売り上げから我らへの契約料をお支払いください」


 腕を組み、自分の出番はまだか。早くしろ。とソワソワしている女神を尻目に、渡良瀬は会社としてのシステムをさらに続ける。


「契約料は前もって渡した資料にある通りです。前払いは歓迎で、2~3回程度ならば後払いも可です」


 どうせすぐに成果は出ないと知っている為、ある程度の期限オーバーは許容内。

それは社長である(きぬがさ)が直接渡良瀬に言った言葉。


「契約料を支払いたい時は向こうの世界で教会をお尋ねください。教会に寄付をすれば我らの会社に振り込まれるようになっておりますので」

「向こうの貨幣も日本円なのですか?」

「いいえ。ですが問題ありません。向こうの貨幣で寄付してください。貨幣の変換はこちらでやりますので」


 質問されても分かっていた事、とスラスラと返答する渡良瀬。


「また、向こうの世界で分からない事があれば、先ほどお渡しした携帯から私に連絡ください。その都度対応いたしますので」


 唯一渡良瀬に連絡を取れる手段である携帯。異世界でも連絡を取れるそれは、開出が3日間の睡眠を犠牲に作り出した物。

それを見つめている派遣者に向けて、渡良瀬は、最後に。と区切った上で忠告する。


「すでに理解しておられるかもしれませんが、あなたはあなたが望む様な主人公ではありません。補正も無ければ、都合のいい展開も無いでしょう。理不尽が襲い掛かってくる事さえあるでしょう。が、それは仕方がない事です。何故ならライトノベルや漫画、アニメやゲームではなく、リアルなのですから」


 勘違いするな。と。お前はモブなのだ。と。

静かに、そして残酷に宣言するが、それを真摯に受けて派遣者は頷く。


「大丈夫です。理解しています」


 胸に手を当て噛み締める様に。しっかりと忠告を腹に落とした派遣者はゆっくりと言う。


「では、あなたの異世界での生活に幸有らんことを」


 女神が右手を掲げて光を集め、渡良瀬がそれに合わせて手を前に突き出して――、

僅かな風と空気を、空間を切り裂く音が辺りに響いて、派遣者の姿が消える。

どうやら無事に転移させられたらしかった。


「じゃあ私は部屋に戻りますね」


 一仕事終えた、と余韻に浸る事も無く、女神は壁を透過して自身の為に用意された部屋に戻る。

そもそも世界の概念という枠を無視できる女神であり、移動方法もやっぱり規格外なのであった。

そんな女神を横目で見送り、渡良瀬は力無く床に膝をついた。


 能力を使った故の大きすぎる副作用。立っていられない程の頭痛に襲われ、動く事すらまともに出来ない渡良瀬を救ったのは――癒山だった。


「この間渡された資料の通り、みんな副作用あるんすね。――よいしょ、と。人事部のソファーに連れていけばいいっす?」


 肩を貸し、軽々と渡良瀬を立ち上がらせた癒山は、えっちらおっちら人事部を目指す。

そういえば元運動部だったか、女性の肩を借りて立ち上がる事など今まで無かった渡良瀬だったが――。

情けなさよりも、感謝の方が先に浮かんだらしく――、


「ありがとうございます」


 そう、ボソリと呟いた。


「気にする事無いっす。自分、まだ戻ってきてそんなに時間経って無いっすけど、そのわずかな期間だけ見ても渡良瀬さんは働き過ぎっす。もう少し自分の体を労わるっす! 家に帰らずに会社に寝泊まりしてるなんて社畜の極みっすよ?」

「帰るも何も家なんてありませんからね。人事部の隣の部屋、あそこが自分の家です」

「マジっすか!? 寝ても覚めても会社とか自分発狂する自信あるっすよ!?」

「だから娯楽としてあれだけの漫画やアニメを揃えたわけで……」

「あれやっぱり娯楽目的っすか!? どうりで何度も読み返したやつもあればほぼほぼ新品のやつもあった筈っす」


 人事部に到着し渡良瀬をソファにゆっくりと腰掛けさせながら、周りの漫画やライトノベルを見渡し、納得した様子の癒山は、


「コーヒーとか飲むっす? 自分、入れるっすよ?」

「お願いします」


 普段より小さく、辛そうな声で呟いた渡良瀬は。

癒山がコーヒーを淹れ、戻ってくるまでに、ソファーに力尽きた。と言わんばかりに寝転んで居た。

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