「新人」の配属先
今回の派遣者の簡単な説明と、希望する世界観、及び付与する能力の説明を女神に一通り終えて、
「構いませんわ」
と了承を貰った渡良瀬は、お預けを食らった犬のような目で見てくる女神の前にスイーツ入りの箱をゆっくりと置いて、これまたゆっくりと中のスイーツを引っ張り出す。
「こちらの世界の人間とは、どうしてかくも美しく物を作るのか。――あぁ、この麗しい見た目のモノが、よもや食べ物とは」
黄金色に滑らかに輝くプリン、優しく引き込まれるような色合いのムース、塗られたナパージュにより宝石のように輝くタルト。そのどれもが女神の心を引き込んで止まない。
まるで子供の様に目を輝かせ、どれから食べようかと手を宙に漂わせた女神は、どうやら最初に食べるのをムースに決めたようで。
ゆっくりスプーンで掬ってフルフルと震えるソレを口に運べば、満面の蕩けた笑顔で舌鼓を打つ女神。
今回はどうやら大人しく釣れてくれたようではあるが、手が掛かる時は本当に何をしてもダメであった。
ホッと胸を撫で下ろし、女神の部屋の後にする際に、
「そうだ、炊江によく言っておいて。今晩も美味しいご飯をよろしくって」
と声を掛けられたのに対し、笑みを返した渡良瀬は、どうやらうまくいったらしい女神の助力の言質を取った事に対し、思わず心の中でガッツポーズを決める。
それほどまでにこの女神のご機嫌取りが面倒くさいものだと、彼の反応からもうかがえた。
自身以外にはご機嫌とは思われないように心を落ち着けて、人事部へ戻って来た渡良瀬は、また、ソファへと身を投げる。
「お疲れ様っす! コーヒー、どうっすか?」
「いただきます。……ふぅ。今回は割とすんなりいってくれたので助かりましたよ」
渡良瀬に貰ったスイーツを堪能した後のコーヒーブレイクをしていた癒山は、渡良瀬にもコーヒーを注いで渡す。
「いつもはもっと大変なんすか?」
「興味があるもの、というのが分からないときは手探りで機嫌を良くするものを探さねばならず、読み違えるとどうしても時間がかかりますね」
「社長の能力で確率を見る、とかは出来ないっすか?」
「女神から与えられた能力は、例外なく女神に作用しません。私の能力ももちろん、社長の能力も同じです」
一仕事終えた後のコーヒーを楽しみつつ、渡良瀬はゆっくりと癒山の疑問に答えていく。
「今回はこのスイーツだったってわけっすね?」
「最近テレビで話題になったとかで、かなり気になってたようですよ。もっとも、1か月前に同じ物を出した時は反応すらしませんでしたけどね」
「何と言うか……、ミーハーな女神っすね。ところで気になるっすけど、今回の派遣者の能力はもう決まったっす?」
「決まっていますよ。あまり戦闘が得意そうな感じでも無かったので非戦闘系の能力を与える事にしています。鑑定スキル、といえば察しはつきますか?」
「分かるっす。最近漫画や小説なんかを読むと主人公が当たり前のように持ってるスキルっすよね?」
「はい。主人公は持っているのが当たり前かもしれませんが、彼らは主人公ではありませんし。何より鑑定スキルというのはほとんどの異世界で激レアの能力ですので」
飲み終えたカップをテーブルに置けば、おかわりはどうっすか? とすぐに尋ねてくれて。
お願いします。と渡良瀬は答え、話を続ける。
「本来は与える相手を選ぶのですが――、まぁ彼ならば大丈夫でしょう。自己評価を高くも低くも見積もらず、客観的に判断出来る方のようですし」
「それ出来てるのならニートなんかにはなってない様に思うっすけどね」
「ニートになったからこそ、そう考える事が出来る様になった、と解釈しています。それに、例えニートになったとして、客観的な判断が出来るようになる人がどの程度いると思いますか」
「かなり少ないと思うっす。逃げ一辺倒の人達の思考はなかなか変わらないと思うっす」
「つまり彼はかなり珍しいというわけです。なら能力も珍しいものを与えても問題ないでしょう?」
「なるほどっす。……うん? なんか違和感ある気がするっすけど」
「気のせいでしょう」
うまく丸め込まれたような気がした癒山だったが深く考えない事にしたのか部屋の本棚から漫画を取って読み始める。
「そう言えばですが、何故癒山さんがここに? 部屋がそこにあるからですか?」
「さっき社長に人事部に配属するって言われたっすよ? 聞いて無いっす?」
「そうですか。初耳ですね」
面接対応の時に蓋が舌を出して渡良瀬を見た真意を、やっぱりか、と考えて渡良瀬は言う。
人手不足を憂いて人事部に配属してくれたのか、はたまた彼女の能力を人事部で使う事になるのか。恐らくその事は配属先を決めた蓋にしか分からない事であろう。




