派遣する為に
珍しく派遣した者達からの着信が少なく、どうやらみな順調なのだと勝手に解釈して、渡良瀬は人事部の部屋で一人くつろいでいた。
――いや、倒れる様にソファに突っ伏していた。
元々一人ですでに数えきれないほどの派遣者達からの連絡を対応していたために、彼自身心底疲れ切っていたのだ。多少、発の発明品の世話になり疲労を軽減したりしているとはいえ、それでも完全ではないが為、こうしてある程度仕事が片付いた時に少しだけ横になる事が最近の彼のサイクルに組み込まれていた。
明日はこの間面接をし、異世界への派遣が決まった者を転移する日取りである。
が、一つ、毎回毎回派遣する時に問題になっている事が今回もまた直前まで解決しそうになく、渡良瀬は頭を悩ませていた。
彼の、というよりはこの会社全体で頭を悩ませている事なのだが、その問題とは……。
――女神様のご機嫌取りである。
いかに渡良瀬の能力が転移能力であったとしても、そう簡単に世界の壁というものは越える事が出来ない。
仮に越える事が出来たとして、能力を付随させることは出来ない。
これら2つの問題を解決するための手段が女神の力を借りる。という事であった。
ちょっと出かけてくるよー。なんて言った蓋が、神々しい姿の女神様をどこからか連れて来て、何やら色々契約を交わしたらしく、その女神はなんとこの会社に住み着いている。
――いや、住み着いているという表現は少々不適切か。
引き籠っている。こちらの表現の方がピッタリとくるであろう。
女神の気分によりコタツとクーラーと扇風機が混載する20畳の部屋に、テレビや各種ゲーム、BDプレイヤーなど思いつく限りの電子娯楽を詰め込んだ、まさしく引き籠り用とも言うべき場所に彼女は存在する。
買って来させたゲームをプレイして、それがクソゲーでへそを曲げて、転移に協力しないまま一週間なんて事が前にあり、女神に与えるものに関しては蓋が徹底的に管理する事になった。
最近もまた、何やら機嫌がよろしくは無いのだが、何としても協力して貰わねば心労も相まって身が持たない。そう考えた故に渡良瀬は決意した。
どんな手段、何を餌にしても釣って見せる。と。
最近頻繁にテレビに取り上げられ、何度か女神にねだられた、某所の有名スイーツが手に入るように今この場に居ない癒山に買いに行って貰っている。
流石に開店の5時間前に並ばせておけば手に入るであろう。そう考えた渡良瀬の思惑はとりあえずうまくいった。
5時間という待ち時間を異世界モノライトノベル小説で乗り切った癒山が、渡良瀬から受け取ったポケットマネーで買えるだけ買って来たスイーツは、無事に今、渡良瀬の手元にある。
第一関門の釣る餌の確保は完了。続いて撒き餌、及びに仕掛けを垂らす作業に入る。
癒山を労い、買って来て貰ったスイーツをいくつか取り出してお礼に、と差し出して――、渡良瀬は女神の居る引き籠り部屋の前まで忍び足で近づく。
ドアを軽くノックする事2回、中からは、どうぞ~。と心ここにあらず、と分かりやすい声が。
「失礼します。女神様――、何をされているので?」
「見て分からないのなら聞いても分からないのではなくて? 百聞は一見に如かず、とあなた方の言葉にあるのでしょう?」
思わず手に持っていたスイーツ入りの箱を床に叩きつけそうになるのを堪え、渡良瀬はなるだけ声色を変えないように努力しながら、
「一旦休憩になさってはいかがでしょうか?」
そう絞り出した。
明らかに健康に悪い肌に突き刺さる様な寒さの冷房と、その寒さを紛らわす為にわざわざコタツに入りながら延々とテレビゲームに没頭する様を見て、明確な説明を求めたのが間違いだったか。
「私、今このゲームの255週目をクリアするのに忙しいのだけど? 何か用でもあるのかしら?」
「実はようやく女神様が気になられていた様子のマンゴープリンにマンゴータルト、マンゴームースを入手致しまして――」
「話を聞きましょう」
即座にスタートボタンで中断しこちらに向き直る女神。
その神々しい存在は、本来は渡良瀬達を気にも留めない存在のはずなのだが……。
何故だかこうして食べ物に釣られるようになってしまっていた。




