プロローグ
新作となります。
皆様方が楽しんでいただけるよう尽力していきます。
――「英雄」。それは常人には出来ないような大きな偉業を成し遂げた者達の総称。
国を守った者。世紀の大発見をした者。平和を維持し続ける者など。英雄の話は尽きる事の無いものである。
――さて、長々と綴るのも煩わしいであるだろうし、私の関わった英雄の話をさせて頂こう。
1人は、瞬間移動と呼ばれる能力を巧みに使い、魔物達の親玉、――いわゆる”魔王”と呼ばれる存在を封印の地へと転送し、世界を救った。
1人は、戦争の絶えない世界で、裏からあの手この手で世界情勢をコントロールし続け、遂には戦争の無い世界を作り上げてしまった。
1人は、疫病により、まるでろうそくの火を吹き消すかの如く命の炎が消えゆく世界で、疫病に効く薬草と、その薬草の調理法を発見し、人類を滅亡から守った。
1人は、何と、王の相談役へと成り上がり、その選択の一切を間違えることなく才を振るい――、世界統一を成し遂げる立役者となった。
1人は、様々な人々から厚い信頼を集め、商会の頂点に君臨し――、国に卸す物を制御する事で、そもそも戦争が起こらないように調整を行った。
1人は、誰もが想像もしえなかった、突拍子も無いような物を作り出し――、様々な分野を飛躍的に成長させ、大国となる礎を築き上げた。
――そうした6人の英雄は、それぞれ英雄と呼ばれる地位を捨てて、突如としていずこかへと消えた。
どうやら――また、新たな英雄足り得る存在がやって来たらしい。
――今回は、どのような英雄譚となるのか……。
世界を覗き見ていた女神という存在は想いを馳せる。見ていて退屈しない、この”人間”という存在から、いつしか目が離せなくなってしまっていた。
*
PiPiPi……
鳴り響いたのはアラーム音。携帯端末より発せられたその音は、僅か3回で止められた。
オフィスの一室だろうか、ソファーに突っ伏し、スーツ姿のまま寝ていた20代半ばほどの男性は、アラームを止めた腕を横にスライドさせ、携帯端末の近くにあるはずの自身のメガネを探る。
ようやく探し当て、メガネをかけながら、目覚ましアラームが鳴った端末とは別の端末を手に取り画面を確認する。
着信履歴273件、そう表記されたその端末が振動する。
どうやら着信のようだ。が、それに応じることは無く、ソファの脇に投げ捨てて大きく伸びを一回。
大あくびを上げながら立ち上がり何やら部屋から出て行って。
戻って来た彼の手には、一本の缶コーヒーが持たれていた。
無糖を示す黒いラベルの缶コーヒーを開け、喉を鳴らして豪快に飲み、半分ほど飲んだところで、先ほど投げ捨てた端末を手繰り寄せ、再度確認。
着信履歴277件
増えた着信の数に僅かにすら驚きもせず、先ほどはうつ伏せで寝ていたために見えなかった「案内者」という名札のような物を右胸に付けた男は、端末を操作し、この300回弱ほども着信を残した者へと連絡を取る。
一瞬すら呼び出し音はならず、すぐ様に取られた着信に少しだけ目を見開いて、「案内者」は声を発する。
「はい、こちらはDW派遣サービスセ」
「んなこたぁわかってんだよ!! いいから! 頼む! 助、けっ……助けてくれぇ!!」
男が言い終わる前に被せて来た電話の相手は、どうやら切羽詰まっているらしく、荒い息遣いと僅かながらの涙声でそう助けを求めた。
「と申されましても、貴方をこちらへ呼び出すためには同じ場所に最低でも3分以上は止まっていただけていないと、こちらとしても呼び出すのが難しい次第で」
「無理だ! 止まってたら食われちまう! なっ、何とかならねぇのか!」
電話の向こうではどんな状況なのか、会話だけでは把握できないが、どうやら何かに追われているらしい。
近くに転がっていたテレビのリモコンを操作して、テレビの電源を点ければ、そこに映し出されるのは携帯端末を耳に当て、林のような場所を、頭が2個ある虎のような奇妙な生物から逃げている男性の姿。
誰がどう見ても捕まるのは時間の問題でしかなく、今も徐々に徐々に、その奇妙なクリーチャーと電話をしている男との距離が縮まるのをテレビは映していた。
「何とか、と言われましても。今回の件、原因は貴方にございますので、我々に救出義務はございません。ご自分の行動に責任を持っていただき、この場は何とかやり過ごしてください」
「嘘だろ! なぁ! おい! この人殺しがぁ! お前なn……ヒィィッ!? なぁ、頼む! 助け」
ゴリ、ゴキッ、ゴチャッ、パキ、パキ、ズチュ。
耳にまとわりつくような嫌な音が端末から聞こえてきたところで再度放り投げ。
ため息をついて1回、2回、3回と指を鳴らす。
それまで何も無かった、……いや、何も存在していなかった彼の横、部屋の床の部分に、身を縮こませ、泣きながら震える男が一人。
「はぁ、全く。もうこれで2度目ですよ? いい加減目を覚ましてください。何度も申し上げていますでしょう? 貴方は、勇者でも、ましてや主人公でも無いのですよ?」
それまで縮こまっていた男は、ようやく自分が無事と気が付いたのか、脚と腕をしきりに確認し、「案内者」へ、こう怒鳴りつけた。
「お前だっていい加減にしろ! 毎回毎回変な所に飛ばしやがって!! お前のせいで俺が上手くいかねぇんだ!!」
はぁ、と再度「案内者」はため息をつく。そして、
「うっせーよ、自分のミスを他人に押し付けてんじゃねーぞボケが。大工スキルっつってんのに毎回毎回毎回毎回魔物狩りなんかに参加しやがるからそうなるんだろうがよ。自分の能力すら理解できてない癖に魔物狩りとか無理に決まってんだろ? 何なの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
そう早口でまくし立てて指を鳴らせば、それまでいた男の姿が消える。
視線をテレビへと戻せば、また、男は涙目で携帯を操作して、クリーチャーから逃げていた。
ご愛読ありがとうございます。
新作としてこちらも頑張って参りますので、応援よろしくお願いします。