文章下手の練習帳 その16 お題『命乞いと懺悔、どっちの時間が欲しい?』or『放送禁止用語多発地帯 』【紳士】
診断メーカーを使ってランダムに生成されたお題を基に、小説を書く練習をしています。
「命乞いと懺悔、どちらの時間が欲しいかしら?」
目の前で般若の形相を浮かべる少女は、まるで死神のようにそう言った。
不可抗力だと言っても、納得してくれない。決してわざとではないのだと何度も言ったが、聞く耳を持ってくれなかった。
ちょっと床につまずいて、胸に飛び込んだだけだというのに、なんと恐ろしい事か。
少年は、生徒会室の床で正座をしながら、ことの顛末を思い出す。
会計職にあった少年は、多くのファイルを抱えて部屋を右往左往していた。今どき紙書類など使っている旧時代的文化にいら立ちながら、一つ一つ、ファイルの中身を整理していた。
部活の予算割り振り、イベントにかかる経費、教職員からやってくる支援金の数々。生徒会にて唯一の会計である少年は、放課後の夕日に照らされながら奮闘していた。
そこに、生徒会長である少女は突然やってきた。少年の聞いた話では、今日は他の生徒会メンバーは休みのはずだった。なのに、少女はファイルを山ほど抱えた少年の前にふらっとやってきた。
大変そうね、調子はどう? と聞かれた時、少年は前が見えていなかった。突然かけられた声に、驚いてしまった。
そこで、である。びっくりして体が震え、ファイルの山を床にぶちまけそうになった。ついでに足がもつれ、前に倒れ込んでしまった。
幸いにして、少年にも少女にもケガはなかった。咄嗟に体を捻ったので、てんこ盛りのファイルは床に落ちるだけで済み、少女には一つも当たらなかったが、
「そうね、私、昔マンガでこんなセリフを読んだことがあるわ。〇〇は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いする心の準備はOK?」
そのマンガなら、少年も読んだことがある。結局、言われた敵役はあっさりと始末されていたような。
「君がわざと私の胸を触ったとは思っていないわ。仕事に真面目て、学校生活でも問題を起こしてない。先生へのウケもいいし、素行不良は見当たらない」
それはどうも、と小さく呟く。意外と理解のある生徒会長はこれで許して、
「でもね、女の子の胸を触るっていうのは、どんな生徒指導室案件よりも重罪だわ。××で、△△で、◆◆なことをされても許されないことなの」
うわあ、と内心で引く。ドン引きである。映画で見た新兵訓練担当を思い出させるほどの放送禁止用語連発。生徒会長の新たな、しかし見たくない一面だった。
なんとか言い逃れしようと思っていたが、ここまでくるとどんな理屈も通用しそうにない。
命乞いをしても制裁を加えられそうだし、懺悔しても神たる生徒会長は慈悲のひと欠片もくれそうにない。
床に散らばった紙々は、無残に砕け散る少年の未来を暗示しているかのよう。どうか、死なない程度にお願いしますとしか言えそうにない。
生徒会長の顔にへばりついた般若の面は割れそうにない。
誰か助けに来てくれないだろうか。軽薄な副会長でもいい、ちょっとSっ気のある書記でもいい。先生、だけは誤解を招きそうなので来なくていい。
「それで、どうするの? 答えを聞いてあげる。無視するけど」
何を言っても無視をされるのか。明言されてしまったら、何も言えないではないか。
いい加減、足がしびれて来た。昨今の男子高校生は、正座になど慣れていない。このままでは、立ち上がることもできない。
「ハリーアップ!」
急げと言われても、少年の頭には何の言葉も思いつかなかった。ここはもう、最後の手段、土下座しかあるまい。
がばっと頭を下げる。これでダメなら、大人しく生徒指導室で先生相手に叱られよう。
「ち、ちょっと!?」
突然かつ切り札の土下座に生徒会長も驚いたのか、さっきまでのドスの利いた声を忘れたらしい。意外な反応に、これはいけるのでは、と光明を見いだせた。
が、
生徒会長の表情を確認しようと頭を上げたところで、またやらかした。
水色だった。
あ、と呟いてしまったのが、運の尽き。一瞬で気づいた生徒会長に、思い切り顔面を踏まれてしまった。
これもまた不可抗力というものだ。最近の女子高生のスカートが短すぎるのがよろしくないのだ。
「このっ、変態!」
いやいや、自分は紳士である。こんなことでもなければ女性に対して無礼なことをしたりはしない。のだが、顔面を踏まれては、口から新たな謝罪の言葉も出ず、フガフガ言うしかできなかった。
「オーケー、分かったわ。命乞いも懺悔も、もう聞く耳持たない」
さっき無視すると言ったのは誰だったろうか。もしかしたら、本当は聞いてくれる気が、少しはあったのかもしれない。
そのチャンスも、今、少年の鼻と同じように潰れてしまったが。
「せっかく一人で頑張っているって聞いて応援しに来たのに、こんなことするなんて!」
ワザとではない。ワザとではないのだ。ただ、少年の運がとてつもなく悪いだけで。
完全に怒り心頭に発した生徒会長は、ぐりぐりと少年の顔を踏みつけ、
「もう! この鈍感バカっ!」
最後に、綺麗に少年のアゴを蹴りぬいて、生徒会室から出ていった。
正座をしたまま、ぐらりと体を後ろに倒れる。後頭部を守る余裕もなく、床にしたたかに打ち付けた。
幸い、意識は残っていた。残ってはいたが、動けなかった。
鈍感と言われましても、と独り言ちる。胸に飛び込んだのも、下着が見えてしまったのも、ただの事故だ。決して、繰り返すが、決して生徒会長を怒らせたかったわけではない。
足のしびれが解けるまで、少年は床に大の字で倒れているしかなかった。
夕日が目に飛び込んでくる。ああ、まぶたを閉じればそのまま気絶できそうだ。
倒れ込む際にまた見えてしまった水色を思い出しながら、少年は夕暮れに向かって呟く。
ちょっとラッキーだと思ってごめんなさい、と。
言って、誰が何を返してくれるでもないが、とりあえず謝った。
言ってからむなしくなり、散乱する書類を片付け始めるまで、少年は床の冷たさをかみしめているしかなかった。
お付き合いいただきありがとうございました。