表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十年目の初恋  作者: シエル
8/8

これから

「柊ー、帰るよー」

「わりわり、ちょっと待って」

 友達と話し込んでいた柊二は、急いで机に残った荷物を片付けると人がまばらになった教室から出てきた。

「遅い」

 ドアの前で仁王立ちになった私は、眉をひそめて言った。

 柊二は体に引っかけてきたエナメルバッグをきちんと背負い直した。

「ごめんて。夏休みの壮大な計画について話し合ってたんだよ」

 私たちはさんさんと日が差す廊下を歩いた。

 今朝終業式を終え、私たちは待ちに待った夏休みを迎えた。大掃除したての廊下はぴかぴかと輝いている。しかし夏休みとは言え、明日からは全員四日間の補習が始まるため、あまり休みという実感は持てなかった。

「どこか遊びに行くの?」

 私が『壮大な計画』について尋ねると、柊二は鼻高々に言った。

「佐川の田舎のじいちゃんちがすごく広いらしくてさ、みんなで泊まりに行くんだ。そして心おきなく楽しむために、我々は七月中にすべての宿題を終わらせることを誓い合ったのである」

 私は半眼でドヤ顔の柊二を見やった。

「へぇー……無理じゃない?」

 夏休み最終日に超スピードで宿題を仕上げるのが、柊二の毎年の恒例なのだ。

 校舎の出口で靴を履いていると、道の先にナルと柊二の元カノである平野さんが見えた。歩く背中だけでも、二人が楽しそうに笑い合っているのが分かる。

「あれ、あいつらいつの間に知り合ったんだ?」

 先に靴を履き終えた柊二が、首を傾げて言った。

「話したのは、この前の夏祭りのときが初めてじゃないかな。ほら、二人一緒に帰ったじゃん。今では付き合ってるらしいよ」

「ふーん……って、はあ⁉ 付き合ってる?」

 さらりと流れた言葉に、柊二は仰天して大きな声を出した。

「ねー。世の中何が起こるか分かんないよねー」

 私は笑いながら靴箱を出た。放心状態だった柊二が慌ててその後を追いかける。

 あの夏祭り以降、私たちは時間が合うときは一緒に帰るようになっていた。数年ぶりに戻った習慣を、私は心から嬉しく思う。

「……俺、お前はナルのことが好きなのかと思ってた」

 隣でぼそぼそとつぶやいた柊二に、今度は私がびっくりして大声を上げた。

「はあ⁉ んなわけないでしょ! どこをどうしたらそうなんのよ」

 私はあきれ返って言った。

 はは、と柊二は笑い、入道雲が浮かぶ青空を見上げた。

「なんか、俺ら前となんも変わってないよなー。いいのかな、こんなので」

「別にいいんじゃない?」

 確かに、私たちは前と同じ関係に戻っただけかもしれない。だけど、私はそれだけでも十分だったし、それに私たちは新しい一歩を踏み出せた。これからのことは、これからゆっくり考えて行けばいい。

 頭の後ろで手を組んで空を眺めていた柊二は、少し間を置いてから言った。

「なあ、今度どっか一緒に遊びに行かねえ? 二人で」

 私は目を丸くして柊二を見た。

「それって、で、ででで」

「デートだよ。言わなくても分かるだろ」

 照れ隠しなのか、柊二はむすっと額にしわを寄せて言った。

 私の顔に、花が咲くような笑みが広がった。

「うん! 行こう」

 私はにっこりと笑った。

 肩にかかる鞄を支え、木陰から日差しの下へと走り出る。私はスカートの裾を舞わせてくるりと柊二を振り返った。

「バス、走って行ったら一本早いのに間に合うかも。今からバス停まで競走ね」

 言うなり、私は校門に向かって駆け出した。おいっ、ずるいぞ、と柊二が文句を飛ばしてその後を追いかける。


 明日から夏休み。高校生活は残り一年半。

 私たちの前には、まだたくさんの時間が広がっていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ