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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君の忘れるべき○○のこと。

作者: ネムリ


 

 僕、若葉 総には幼馴染がいる。

 

 汚れのない陶磁器のような肌、揺れるセミロングの濡羽色は高貴な空気を纏う。身長こそ平均から劣るものの、その圧倒的なまでの美しい肢体は、可愛いと話題のアイドルですら逃げ出すほどの顏と相まって、通りすぎただけで見るものを呆けさせる。

 

 そんな彼女の名前は市城 小雪。

 

 

 偶然にも同じ病院、同じ日に産まれた僕らは、母親たちの仲もあり気づけば常に側にいたと思う。

 遊びやご飯、幼稚園のお昼寝まで手を繋いでいた。

 そんな二人を見て、母親たちは本当に幸せそうに笑うから、小雪も僕もさらに寄り添った。

 

 それでもその手を離す日は来るもので、歳を重ねることで訪れた思春期は、そんな関係をギクシャクとさせるにはあまりに大きすぎた。

 帰り道は同じで軽くお話しても、各々連れ添う仲間にからかわれて話すことも次第に少なくなっていたけれど、それでも嫌うことや、忘れることはなかった。

 

 あの日までは。

 

 「総くんなんていなければ良かったのにっ…」

 

 あれはたしか小雪の母親、市城 真白と、僕の母親のお葬式の日だった。

 

 もともと父親のいなかった僕らにとって唯一の肉親だった彼女らの遺体を前に、彼女は涙声とともに僕にそう言った。

 

 付かず離れずの関係だった僕らはいつしか高校生という立場になっていたが、彼女らの死は受け入れるにはあまりに大きな不幸だったのだ。

 その日小雪は一晩中泣いていた。

 

 ──泣いていた、というのは少し違うか。僕はそのとき意識不明の重体だったから、その時の小雪を見ていない。

 回復後人伝に聞いたのだ。何も飲まず食べず一日中泣いていたらしい、と。

 

 さて、勘のいい人にはもう分かるかもしれないが、彼女らの死に僕は関わっている。

 とはいえ、直接的な要因ではないし、関わっていると言えるかどうかも微妙なところだ。

 

 訳が分からないって?

 ああ、今から説明するよ。

 

 

 結論から言うと、あの日僕と母さん、そして真白さんは交通事故に巻き込まれた。

 ある目的を持って小雪には内緒で三人だけの買い物に出掛け、その帰り道にそれは起きた。

 真白さんの運転する小さな軽自動車に、大型の輸送トラックが乗り上げたのだ。ちなみに原因はトラック運転席の居眠りだとか、事故発生後も数十メートル走り続けたらしい。

 

 もちろん軽自動車と大型のトラックが追突すれば、結果なんて見なくても分かることだ。

 

 僕たちの車は、車体が大きく歪み、ほとんど原型すら残さず潰されたそうだ。 運転席と助手席に乗っていた二人は即死だったらしい。

 後に説明をくれた医師は、「きっと痛みはなかっただろう」と言っていたが、そんなこと本人たちにしか分からないだろうに。ああ、だからきっとなのか。

 それからその言葉のあと、医師は決まってこう付け足す、「君が生きていたのは奇跡だった」と。

 何度も。何度も何度も何度も何度も、同じことを何人もの人間に言われた。

 間違いない、僕が生きていたのは奇跡だ。

 

 車の殆どが潰されたのに、後部座席といえど、他二人が即死するほどの衝撃だというのに僕は生きていた。

 その理由というのがまた不思議で、

 これまた聞いた話によると、僕のいたところだけ不自然に空間が確保されていたらしい。

 僕を生かすために作られたようなその空間を見て、救助隊の人がこう言ったそうだ。

 

 「二人が彼を守ったのだ」と。

 

 それほど不自然な歪みかただったらしい。

 

 その話が関係者に伝わると、伝播するは早いものだ。

 顔を合わせる人合わせる人、皆口裏を合わせたようにこう言う。

 

 「君は二人に助けられたんだよ」とか、「二人が自分たちと引き換えに君を生かした」なんてのもある。

 

 そして小雪にその話が伝わった時どのように話が歪められたのか、小雪の中では僕が彼女らを犠牲にして生き永らえたと変換されたようだ。

 そしてあの言葉を頂いたわけだ。あの涙とともに。

 

 

 

 それからは小雪のために生きた。

 

 小雪が泣いていれば慰めるために行動し、小雪が怒っていればそのストレスの矛先を僕にむけた。

 小雪の表情と雰囲気を機敏に察知し、少しでも彼女らの代わりを請け負った。

 そんな僕をみて、いつしか小雪は少しずつ僕を軽蔑の眼差しで見るようになっていた。まるで奴隷かなにかを見るように。

 

 あの日以降二人で暮らしているのだけど、基本的に家事全般は僕が受け持ち、その生活費を稼ぐために夜間も働いた。

 当時ちょっと前まで中学生だったただの高校生にはハードな生活だったけど、それでも小雪には笑顔を向けた。

 だんだんと僕に見せなくなった小雪の笑顔は忘れてしまったけれど。

 

 ああ、一度だけ小雪に家事をお願いしたことがあったっけ。

 でも、「私からお母さんを奪ったあなたに命令されたくないわ」と言われたっけ。


 その話を聞いた友人は、「そんな非現実なことあるわけない」なんて言ってくれたけど、僕は頷くことが出来なかった。

 

 なぜなら、僕は彼らの言う非現実を知っていたから。

 

 

 迫る重たい鉄板を前に、僕はそれまでの人生を回想、つまるところ走馬灯を見ていた。

 スローモーションでつぶれる車体と、目の前で花開く二つの赤。

 それら全てが見えなくなるほどの記憶の濁流を見ていた。

 そして、心のどこか片隅で死を感じとっていたのだ。

 

 そしてとうとう目の前の死が迫ったとき、それはおこった。

 目を瞑り待っていた僕に訪れたたった一つの奇跡。

 

 幻聴かと錯覚し、もう死んだのかと混乱し、最後にもう一度目を開き、疑った。

 

 止まっていた。

 

 ひしゃげる車体と、割れたガラスの破片。そして降り注ぐ数リットルの液体。

 時が止まっていたのだ。

 

 そんな非現実に驚いている暇はなかった。

 なぜなら、僕はそこで出会ってしまったのだ。最も有名な『存在』に。

 

 そして約束を交わす。

 

 

 

 動き始めた時間、外から聞こえる機械的な切除音、何事も無かったかのように世界に色がもどる。

 薄れいく視界に人間の姿を映したとき、意識はプッツリと切れた。

 

 『──どうか、小雪が僕らの後を追わないようにして下さい』

 

 

 

 約束は僕が生きることによって成された。

 あの存在がこの結果によって何をさせたかったのかは分からないけど、僕は小雪の悲しみや、向かいようのない怒りを、僕に対する不満、怒り、恨みに変換させることに成功した。

 最近の小雪は、たまに昔を思い出したようにあの交差点を見ているけど、夜にすすり泣きをしなくなった。

 泣く回数より、僕に対して怒鳴る事が多くなったからだ。

 

 でも、僕は嬉しかった。

 つい先日、バイト先の窓の外、友達と歩く小雪を見かけて心の底から安心した。

 だって、小雪が笑えるようになっていたから。

 

 

 

 

 

 「今日はとっても寒かったね」

 「……」

 「春とはいえまだ寒いから、気をつけないとね」

 「……」

 

 あれから、ちょうど二年経つ。

 春先の寒さに加え、僕と小雪の住む家は二人の関係的にも冷えきっている。

 最近小雪は家にいても僕を見なくなった。

 呼んでも返事など帰ってこない。それどころか、あからさまに顔を歪める。

 

 だからこのごろ僕の悩みは、僕のせいで小雪は苦痛を感じているのでは?である。

 彼女の年齢では、男と二人きりで同棲など通常ありえない事なので、色々と鬱憤がたまっているのかも…と、不安なのである。

 

 ……でも、それもあと少しだ。

 

 最近左肩まで動かなくなった。

 昨日までは動いていたのに、今日朝起きたらこうなっていた。

 もうバイトは出来ないな、と考えて、バイト先には身体が動かない事を理由に無理やり退職させてもらった。とても心苦しいけど、仕方がなかった。

 

 『いまからにねんご

 それがきみのいのちをつなぐげんかいだ』

 

 あの日、あの約束が記憶を呼び戻す。

  

 約束の対価は近づいて、僕の身体にもガタが見え始めた。

 じきに僕はその時を迎えるだろう。

 

 でも心配はない。

 お金は十分にため、彼女名義の口座もある。

 生活の面でも友達の多い彼女はそちらを頼ることもできる。

 なにより、家に帰って僕というストレスを受けなくて済む。

 

 ああ、約束は果たされたのだ。

 

 

 

 「……最近調子悪いの?」

 「……え?」

 

 なぜ?

 幻聴だろうか…小雪が僕に話しかけたような気がした。

 たしかにはたから見れば左手を一切使わず、片足を引きずっていればおかしいと思うだろうけど……まさか気にかけてるなんて。

 

 「ねえ、調子悪いのって聞いてるけど」

 「っ、あ、ああいや、ぜんぜん大丈夫だよ、あはは」

 「……もういく」

 

 ああ、ほら、その嫌そうな顔。

 僕が笑うとその顔を見せるよね。

 ごめんね、気持ちわるいよね。でもあと少しだから。

 

 立ち上がる小雪を見て、慌てて声をかけた。

 

 「いってらっしゃい」

 

 彼女は振り替えることもせず、玄関をくぐって消えていく。

 その様子に、右手のお箸を不自然に取り落とし、僕は久しぶりに涙を流した。

 報われたと感じた。

 あんなに僕を嫌っていても、僕を気遣う言葉をくれた小雪に。

 彼女のために生きてよかったと。

 

 ……でも願うなら、君に忘れてほしかった。

 きみは嫌いな僕のことを忘れるべきだった。

 

 

 涙を流したまま朝食を片付け、愛用の茶碗を戸棚奥深くにしまう。

 この日のため、僕の私物はずいぶんと減らしてきた。

 残ったのは、茶碗とお箸、歯ブラシと衣服が数枚。

 それから、丁寧に包装されていた、今はボロボロになってしまった小さな小箱。

 

 私物を全て小さな段ボールにしまうと、その小箱を机に置いて自室へと戻る。

 ずいぶんと寂しくなった部屋にポツンと設置されたベッドへと潜り、白い息を一つ。

 

 ○○○○。

 

 

 もうその眠りに迷いはなかった。

 

 

 

 

彼女視点。いつか投稿予定。

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