暗がりの語らい
今俺はルターナをお姫様抱っこしている。
本当は背中に乗せたかったのだが、無駄に立派な翼が邪魔をした。
お陰で、正直恥ずかしい。
まあ飛ぶには問題ない、背中に乗せる方が危ないしな。
ルターナは最初グチグチ言っていたが、実際飛んでみるとなんか大人しくなった。
ちなみにルターナを乗せているので、わざわざ風魔法で無風にしているんだが、これが結構魔力を使う。
なのに、びくともしないところとかが成長?を実感させてくれる。
「なあ、ルターナは元とは言え神様なのに何で飛べないんだ?」
ただ飛んでいるだけでは暇なので俺はルターナに話しかける。
「飛ぶことは出来るわよ?ただ今は魔力が安定してなくて飛べないの」
「それは死神じゃなくなったから?」
「そうね。姿形は変わらなくても体の質は大きく変わったから、ある程度は仕方ないわ」
「いつ治る?」
「あら?心配してくれるの?」
「ずっとこのままだと不便だろう?そんだけだよ」
「まあそう言うことにしておきましょう。このくらいなら1日くらいで安定するわ」
「死神には戻れるのか?」
「さあ?今すぐ戻る気はないし、分からないわね」
「なんだ、死神の誇りとかないのか?」
ちょっと拍子抜けしてしまう。
「他の死神は知らないけど、少なくとも私には無かったわ」
「他にもいるのかー、死神」
「ふふふっ、いっぱいいるわよ?」
笑い方は……咲と似てないのな。
「なんか、めんどそうだな」
「それは人も神も同じよ。あんまり変わらないわ」
「世知辛い世の中だねぇ」
「蓮お爺ちゃんみたいよ?」
「なら、人生の先輩として敬うがいい」
「そう思うなら私を敬いなさい」
「それは確かに、もうお婆ちゃんだもんな?」
「死ね」
この体勢では何も出来まいとたかをくくっていたら、物凄いアクロバティックな動きで金的を殴られた。やばい。
「ぐぉ…」
ふらふらとし風魔法を弱め、思いっきり地面にダイブする。
「えっ?え!ちょっと待って!」
ルターナがわたわた慌てる。
魔法の操作ができてることに気がついていないようだ。
──チャーンス。
そのまま地面すれすれまで落下し、風魔法を強めながら急上昇。
俺なりにジェットコースターの動きを真似た後、ルターナを見てみると俺にしがみついてプルプル震えていた。
その様子を見て可愛いと思ってしまった俺は、もうダメかもしれない。
妹に顔や声がそっくりだから嫌でも親近感がわくし、ルターナ自身悪いやつではなさそうだ。
そんな事を思って、心を許し始めているのかもしれないな。
こりゃ真剣にお嫁さん的な事も考えた方がよさそうだな。
「プルプル震えちゃってー、そんなに怖かった?」
「……………」
無言のまま顔を胸に押し付けてくる。
なんだろう、物凄い勢いで俺の中でルターナの好感度が上がってる気がする。
「あれ、怒った?」
「あなたのそう言うところ嫌いだわ」
胸におでこをくっつけながら言われても迫力がないですよ。
それがまた嗜虐心をくすぐる。
まぁだが、さすがに自重しておこう。
「男のシンボルを殴るからそうなる」
「魔力でがっちり守ってたくせによく言うわね」
あれま、バレちゃってますわ。
「何のことだか分からんな。そんな事より町が見えた来たぞ」
「あら?もうついたの?」
「ジェットコースターモドキしながらも進んでたからな」
「なら、そろそろ降りましょう」
「了解」
そう言って今度は風魔法でちゃんと保護しながら降りた。
▽▽▽
2回目だが、この翼を仕舞う時はやっぱ気持ち悪いな。
あ、そう言えば町に入るときはどうするんだ?
「なあルターナ、どうやって町に入るんだ?」
「確か入るときに少しお金を払って、仮身分証?を貰うのよ」
「なるほど、お金は?」
「…ないわね」
ダメじゃん。
「ないのか」
「蓮、どうにかならない?」
ここで俺に振るんか。
「また無茶振りだな」
「出来ないの?」
「まあ、出来ないこともない。この世界は治安の方はどうなんだ?盗賊とかいるのか?」
ルターナは急に不機嫌になり、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「いるわ、ゴキブリみたいに」
「例えが酷いが、なら大丈夫だ」
「ああ、殺して奪うのね?」
「そそ。幸いここの近くに密集してる奴らがいるし、これ盗賊だろ職業的に」
「じゃあ、行きましょう」
「道わかんのか?」
「案内して」
「はいはい」
▽▽▽
そんなわけで盗賊の洞窟。
どうでもいいが、せっかく異世界に来たのにこんなとこばっかに縁があるな。
「殺すのはいいけど、どうするの?」
「あー、もう殺した」
「え?」
「だから、もう殺した。致し方なくな」
「ああ、死神の力ね」
「ちょっとのんびり歩くんじゃ間に合いそうになかったからな」
「何かあったの?」
「女奴隷がいた」
「その子は?」
「もう死んでるよ」
「そう」
そんな話をしながら洞窟に入ると、文字道理魂の抜けた盗賊が転がっていた。
そこでふと違和感が頭をよぎる。
(苦しんだ痕跡がない?)
そう、盗賊達はもれなく一撃で死んでいた。
殺したときは分からなかったが変じゃないか?
いくら弱いと言っても、奪ったのは肉体を持つ魂だ。
たとえ一撃だったとしても即死は不自然じゃ─
「蓮?」
「ん?どうした」
「道案内」
「あ、ごめ、少し考え事してた」
「何を考えていたの?」
「盗賊の死に方、少し変だったから」
「変なところなんて無いと思うけど?」
「苦しんでない」
「え?」
ルターナがきょとんとした顔をしてこっちを見る。
変なこと言っただろうか?
「無理に奪ったはずなのに、苦しむ暇もなくみんな即死なんだよ」
「ああ、それは死神の種族特性よ。それも町に入ってから話しましょう」
「わかった」
更にもう少し進んでいくと、開けた場所があり女奴隷もそこにいた。
あの子は感知したときには既に死んでいて、今はもう魂もない。
無惨な脱け殻のみが無造作にゴロンと転がっている。
周囲には下半身丸出しのまま死んだ間抜け共がいた。
やはり死姦するつもりだったようだ。
急速に心が冷えていくのが分かる。
事前に知ることができたのは、犯罪者になると犯罪歴がステータスに現れると言うシステムがあったからだ。
俺もはじめて知ったよ。
それを教えてくれたこいつらのステータスは、酷いもんだった。
日本じゃ考えられないような事も平気でしていたようだ。
それがなければ分からなかったが、喜ぶべきじゃないよな。
ステータスにぎっしり現れるくらい犠牲者がいたわけだしな。
「…ついた」
「……」
ルターナはなにも言わない。
死神なら見飽きてると思っていたが、そうでもないようだ。
「ルターナ、こういう時はどうすればいい?」
「この世界では、基本的に土葬よ」
「そうか…」
死体に近づき、その顔に触れる。
「…冷たいな」
「……」
恐怖に見開かれていた目をそっと閉じ、抱き抱える。
「なにも言わないのね」
「言っても意味はないだろ?ここにあるのはただの脱け殻だ」
そう言って来た道を戻る。
行きとは正反対なくらい会話がなく、二人の足音だけが洞窟に響いている。
そんな時、沈痛な面持ちのルターナが話しかけてきた。
「ねえ」
「んー?」
「いや、やっぱりなんでもないわ」
ルターナとは会ったばかりだが、あまり言い淀む奴じゃない印象だった。
ちょっと意外だ。
「なんだよ?気になるじゃないか」
「蓮はこういうことどう思う?」
「こんな風に死ぬ人のことか?」
「そう」
「まあ、仕方ないよな」
「…」
「率直に言って、こんなこと気にしてたら切りがない。そんだけありふれた事だ。俺の元の世界も見えないところじゃよくあった。これに一々心を痛められる程、人は優しくないからな。だから、どこに行っても、何をしても無くならない。気にしたら負けだと思ってるよ」
「じゃあ、なんでこんなことするの?どうしようもないんでしょう?」
「癪に障るからだ」
「?」
「人は他人には優しくないが自分にはとても優しい、徹底した利己主義なんだよ。だから気に食わないものや邪魔に思うものに、どこまでも厳しくなることができる。そして、必ず我を通す。金が欲しければ金を奪う。腹が空けば食物を奪う。欲が満たされなければ、必ず何かで埋めようとする。優しい人ってのはな、満たされた人間だけだ。」
「…」
「俺は可哀想だからこの子を埋葬するんじゃない。埋葬されてないこの子を見るのが嫌だから、埋葬するんだ」
「それって同じじゃない?」
「全然違う。俺は埋葬されてないこの子が見えなければ、なにもしないと言ったんだ。ゴミの片付けと一緒さ。汚いものを見たから綺麗にしたいだけ、例え汚れていても見えなければ人は動かない」
「そう」
「そうだ」
ルターナはそれっきり何も言わなかった。