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逃げ道






「本当に戻ったようですね」


先程までいた牢屋を眺めて感心します。


──「逃げろよ?後で行く」───


まだ海斗さんの声が耳に残っています。

全く、兄さんと似てるのは、後ろ姿だけじゃ無かったみたいですね。




死んでしまった母さんを見た兄さんの言葉を、私は忘れません。



───「あぁ、母さん。大丈夫だよ、後は任された」───



それから兄さんは、より一層、強くなりました。


まだ未成年の兄妹二人でも生きて行けるように、たくさん勉強をして、弱音を吐くことも、迷う事も止め、立派な兄であり続けました。


しかし、私にはそれが悲痛な叫びにしか見えません。


母さんも兄さんも、誰かのために必死に頑張ったのではありません。

ただ逃げ道が欲しかった、何も考えられないくらい自分を追い込みたかった。

そう無意識に求めた結果、家族のために身を粉にして頑張ったんでしょう。

そうでもしないと、辛くて悲しくて、どうにかなってしまいそうだから。


現に、ふとした時に隠しきれない悲しみが垣間見えていました。

そんな時は大丈夫?と聞いても、兄さんは大丈夫としか言ってくれませんでした。





……母さんに、そっくりな顔で。



私は…母さんの気持ちも、兄さんの気持ちも、痛いくらい分かります。


だって私も……辛くて、悲しかったんですから。

悲しそうな顔をしても何も言ってくれない母さんを見るのが──

全部1人でどうにかしようと無理をする兄さんを見るのが──


とても辛かった。



いつも、いつも、私だけ蚊帳の外だったのが悲しかった。



私だって逃げ道が欲しかった。

兄さん達みたいに何かに没頭したかった。


でも結局いつも守られる側にしか、いられない。


そんな袋小路に陥っても私は逃げ道を探して──


──最低な回答を見つけてしまった。


「ふふっ、逃げろよ?って…」


その時の海斗さんの顔を思い出したら笑ってしまいます。


「逃げられるわけ……無いじゃないですか」


あなたは私に、また同じ間違いを犯せと言うのですか?







▽▽▽







バルガングが踏み込み、剣を横薙ぎに振る。


(正面から受けるから、ああも弾かれる。なら斜めで受け流す)


海斗は大盾で受けながら、上半身をひねり、衝撃をいなした。


「ふっ!」

「むんっ!」


いなした後ひねりを利用して、回し蹴りを繰り出すが、バルガングは余裕をもってそれをかわし、上段から両手剣を振り下ろす。


「転移結界」

「そんな手に引っ掛かるのは馬鹿だけだぞ?」


バルガングはそう言いながら、()()()()()()()()()()を切る。

しかし、そこには額を薄く切られ、顔をしかめた海斗がいた。


そう。海斗は転移結界を多用していたように見えたが、実は転移結界と言っているだけで、本当は無詠唱で幻影結界を使っていた。

と言うのも、結界魔法は非常に強力だが、それ故、燃費が悪いからである。



「ぐっ……」

「貴様に転移結界を乱用出来るほどの魔力は既に無い。小娘を転移させた時に、大半使いきってしまったのだろう?」

「……」

「答えずとも、魔力を見れば分かる。その状態でこの私と、よくここまで戦った」


バルガングが剣を両手で握り、はじめて構えらしき姿勢をとる。


「が、そろそろ終われ」

「ハッ、アホが、こんなとこで終われるかよ」

「……」


剣に可視化するほど、魔力が注がれていく。

それが淡い光を放ち始めた時、バルガングが消えた。


バルガングがしたことは実にシンプルだ。

剣の強度や切れ味を魔力で補助し、構えて切りかかっただけ、そこに特別な技はない。

しかし、その動きは目で追えないほど速く、剣は岩のように重い。





そして激しい()()()()()()()()()()()()


その音は、海斗が防御に成功したことを示している。


「なんだと!?」

「ふんっ!!」


海斗が大盾を大きく横薙ぎに振る。

ブォンと風を切る音が鳴り、不意を突かれたバルガングは剣を盾にして防ぐ。

再び金属音が響き渡り、両者の距離が開く。


「……なんだ今のは」


「ただの、マジックさ」


バルガングは今の一撃に、かなり自信があったのか、防がれたことが信じられないようだ。


海斗が何をしたかと言えば、ただ大盾に魔力を通しただけ。

バルガングは知らなかったが聖盾や聖鎧、聖剣などの聖なる武具は、一つ一つに特有の効果がある。


海斗の聖盾の効果は【神壁】。

効果は、魔力を通すと、それに応じた不可視の壁を生成する事。

海斗に残った魔力では、ろくなものが作れなかったが、海斗は壁の範囲を限定することで可能な限り強度をあげた。

そのため剣を止めることは出来なかったが、軌道を反らすことが出来たようだ。

残りの貴重な魔力を、()()代償にして。


(今回は防げたが、どうする?今ので魔力が完全に切れたのか、気を抜くと意識が飛びそうだ……。それに魔力が切れたからもう逆立ちしたって次は防げない。………咲ちゃんに使いすぎたな。はははっ、あーあ、もう逃げられそうにねぇぞ)


「やはり工夫は重要だな。今の一撃を防げるとは思えなかった」


バルガングは感心したように呟き、これ見よがしにほくそ笑んだ。


「時に、気づいているか?」

「……?」

()()()()()()()()()()?」

「──!!」


バルガングに言われるまま周囲を見渡した海斗は驚愕した。

倒したと思っていた白騎士がいなかったのだ。

海斗の唖然とした顔を見て、バルガングは声をあげて笑った。


「必死に戦っていたようだが、残念だったな。白騎士はお前程度に殺せるほど弱くはない。あれは()()()()()()だからな」

「……なに?」

「勇者だ。あの中身は、前回召喚に失敗した勇者の、なれの果てさ」


そう言って、バルガングはせせら笑う。


「うまくいっているように見せたのも、私と戦えているように見せたのも、その顔が見たかっただけよ」

「………」

「あの小娘も、もうすぐここに連れてこられる。どう足掻いても私に勝てない以上、何をしても無駄だ」

「……」


海斗は無言で大盾を握り締めた。


「滑稽だな。貴様の努力は泡と消えたと言うのに!!」


バルガングが剣を振る。

それを見るとこも防ぐことも叶わず、海斗は体を切られた。


「咲ちゃんは、蓮に残された、たった一人の家族なんだよ」


───俺の親友の宝物だ、不毛に奪われて、たまるか!!


「あぁぁッッ!!」


ブォン!!と大盾を力一杯、薙ぐ。


「…………」


しかしその渾身の横薙ぎは、片手で音も出さず止められてしまった。


「……くっ、くくくくくっ」


その笑い声には、明らかに嘲笑が混じっていた。


「くはははははははっ!!」


とうとう堪えきれず、と言った風に笑い出す。


「身の程をわきまえたか?いくら工夫しようと──」


そこで言葉を切り、剣の腹で顔を横から殴る。

その衝撃が足に来たのか、はたまた限界だったのか、海斗の膝が笑い出す。


「おごっ」


更に剣が二度、三度振るわれ、海斗の顔が大きく跳ねる。


「───お前の地力では、所詮この程度だ」


我慢できず海斗が崩れ落ち、そこを狙い済ましたかのように、バルガングが蹴り飛ばす。


「ぶふっ」


壁にぶち当たり、無機質に倒れた。


「憎むは、ぬるま湯に浸かり、腑抜けた己を恨むのだな」


コッコッ、とバルガングが海斗に近づく。


「しかし、機転の良さと知恵だけは評価しよう。故に──」





ドコォォン!!



壁が大きな音を立てながら崩れ、中から数本の剣が勢いよく飛んで来た。


バルガングはそれを見や否や後ろに飛んで避ける。


「───誰だ?」


その問いかけに答えるように瓦礫の向こうから透き通るような声が響いた。


「海斗さん、ボロボロじゃないですか。迎えに来ましたよ」

「…?…!…咲ちゃん!?………勝てない相手がいるって──」

「分かってます。でも、私の周りには、そういう時に逃げ出す人がいなかったんですよ。母さんも、兄さんも、海斗さんも、私を置いてきぼりにしてばっかり、少しは私の事も考えてください」


その手には、シンプルなロングソード。

黒い柄は両手で握れるほどの長さで、透き通るような刀身は太くは無く厚みもないが、その分長い。

咲の聖剣である。


「私も、もう子供じゃありませんので、置いていくなら付いていきます」


そう言って天堂咲は笑った。

血の力を感じさせる母親や兄にそっくりなその笑みには、やはり複雑な色が見える。


海斗にも、それは伝わり、彼もまた笑った。

声には諦めが入っていたが、それでも、少しだけ嬉しそうに……





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