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入学から一ヶ月経ち、みんなが学校にもクラスにも馴染んできた。みんなそれぞれ部活に入り仲の良いグループができ放課後遊んだり、お互いの夢を語り合ったりしている。そんな当たり前な日常が私は楽しかったりする。同じように授業を受け、休み時間スマホを弄り、先生の愚痴や部活の大変さを語り合ったりする。これが高校生だと感じながら。
そういう私は部活に入っていない。小中とテニスに打ち込んでいた私はアルバイトに憧れていた。
「昨日のバイトさー、めっちゃ忙しくてさー」
みたいなことを言ってみたかったりしたからだ。毎月親からもらうお小遣いで十分だけどそれ以上にお金があることに越したことはない。週六でバイトに入り汗水流して働いているのも好きだ。
でも私がバイトに打ち込む理由はそれだけじゃない。好きな先輩がいるからだ。
杉田聖人先輩、イケメンで優しくて頭もよくてスポーツもできるまさに完璧超人! こんな人が存在していていいのかと思う。
アルバイト先を探していた私は時給の高かったガソリンスタンドを選んだ。意外と楽みたいっていう話も聞いていたのもありすぐに応募し面接をした。
その時聖人先輩と会った。どこから入っていいかわからない私に優しく教えてくれて、面接でヤクザみたいな店長に怯えて沈んでいた私に
「顔怖い人だけど優しい店長だから気にしないで、一緒に働けるの楽しみにしてるよ」
と声をかけてくれた。名前負けしないまさに“聖人”だった。
面接にも受かり聖人先輩と働けることになった私はもう最高の高校生活だった。学校も楽しい、バイトも楽しい。これが私が望んだ青春……のはずだった。
あの男に会うまでは――。
「出勤します! よろしくお願いします!」
今日もバイトの私はいつも通り出勤時の掛け声をし現場に出た。すでに働いている社員やバイトに挨拶に行き、そしていつも最後に聖人先輩に挨拶をする。
「聖人先輩おはようございます!」
「しかちゃんおはよー、今日も頑張ろうね」
いつもの聖人スマイルを拝み、私は仕事を始める。
私がバイトしている『ガソリンスタンドうさみみ』はかなり大手のガソリンスタンドらしく、セルフサービスのスタンドが増えている中、従業員が対応するフルサービスのスタンドだ。
「いらっしゃいませー!」
お客さんが来たら誘導し、受注をし給油する。車内のゴミを捨てたり窓を拭く。この繰り返しを日々こなしている。
始めてからもう一ヶ月が経った私もだいぶ慣れてきてお客さんにも顔を覚えてもらえるくらいになっていた。
「馬場ちゃん今日も元気だねー、ジュース買ったから後で飲みなよ」
「ありがとうございます!」
このお客さんはいつもジュースを買ってくれる、でもいつもいつもいやらしい目で見てくるのは嫌だが。でもジュース買ってくれるから愛想よくしてる。女でよかったと思う瞬間である。
「今日は何時までかな? ご飯行こうよ」
毎回毎回最後にはこう声掛けてくる。何度も断ってるのに……。ジュースだけくれればいいのに。
「いつも言ってるじゃないですかー、バイトのあとすぐ帰らなきゃいけないんですよー」
いつ通り愛想笑いで断る、だけどこの人は引き下がらない。
「じゃあ休みはいつ? その時行こうよ」
今日はいつもよりしつこい、これから給油ラッシュが始まるというのになんでこんなにイライラさせるんだこのおっさんは。そんなこと考えてる時だった。
「しかちゃん! 五番さん窓拭いて!」
あぁ、やっぱり聖人先輩は素晴らしい。私に救いの手を差し伸べてくれた。今しかない。
「はいっ! すぐ行きます!」
何か言いたそうなおっさんを全力で無視し、すぐさま別のお客さんのもとへ向かった。それを境にか給油ラッシュが始まった。時間があっという間に過ぎていった。
「やっと落ち着いたねー」
聖人先輩がタオルで汗を拭きながら私がいるタオルの畳場に来た。やっと落ち着いて聖人先輩と話せることに私がうれしかった。
「そうですね! あっ、さっきは助けてくれてありがとうございました!」
私はしつこかったおっさんから助けてくれたことにお礼をした。
「いいよいいよ、新しい女の子来るといつもああだからあの人」
私だけじゃないんだ、と少し悲しい気持ちになった。別に嫉妬とかじゃないけど誰でもいいんだと思うと私って魅力ないのかなって思う。でもそんな人に好かれたくないとは思う。誰でもいいなんてほんと最低だと思う。いや思うじゃない、最低だ。
「しかちゃん今日上がり一緒だね」
あぁ癒される聖人先輩の声、この苛立ち不快感すべてを消し去ってくれる。
「そうですね!」
「この後予定とかあるの? ないならご飯でも行く?」
キタアアアアアアアアアア!!!!!! おっと失礼取り乱してしまった。
「はい! 予定ないんでご飯行きます!」
バイトのあとすぐ帰る? はて、なのことでしょうか。聖人先輩とのご飯ならたとえ明日試験だろうと世界の終わりだろうと行きますとも。
聖人先輩は白いクラウンっていう高そうな車に乗っている、まだ乗せてもらったことはない。これが初クラウン、きっと流れるような運転で気が付いたら寝ちゃっててそのまま……うふふ。
「ん? あれは……」
そんなイケナイ妄想をしていた私と聖人先輩に黄色く、下回りに青色のLEDがこれでもかってほど主張された車が勢いよく入ってきた。そして私たちの前に車を停めるとドアを勢いよく開けた。
「おーっす聖人! 童貞卒業したかーっ!」
私は唖然とした。なんだこの人は、開口一番なんてことを言っているんだ。え? 聖人先輩が童貞? そんなわけ……。
「ははっ、当分無理そうだよー」
え? 無理なの? っていうか聖人先輩童貞なんですか!? またイケナイ妄想が……。
「おっ、君可愛いね、どうこのあと飯でも食って俺と一発!」
あぁ、さっきのおっさんと同じタイプの人間だ。誰彼構わず女の人に声を掛ける最低野郎。
「っていうか聖人先輩知り合いなんですか!?」
「うん、幼馴染なんだ。最近見なかったけどどうしてたんだい?」
「そうなんだよ、一ヶ月前に車後ろ突っ込まれてさぁ、丁度いい感じのお姉さんだったから弁償しない代わりに一発やってやった」
「相変わらずだね、車修理に出してたから最近見なかったのか」
「そうなんだよ、ついでに色々カスタムした。他にもついでで相手のお姉さんの妹と娘も抱いてやったぜ」
聞けば聞くほど最低だ。人は誰にも欠点がある、聖人先輩の欠点はこの最低野郎と幼馴染だってことだ。
「俺は葛城涼だ、よろしく、よしこの後ホテルへ行こう。あっ割り勘なっ!」
どんだけホテルに行きたいんだよ、一人で行ってください、ってか割り勘なんですね、ケチかよやっぱり最低だ。
「このあとしかちゃんとご飯行くんだけど涼も一緒に行くかい?」
やっぱり先輩は人がいいなと思った。こんな最低野郎でも誘うなんて。でも困るようやく叶った二人きりの時間を奪われたくない。
「給油するってことはこの後予定がきっと……」
「おぉいいぜ、行こうぜ行こうぜ」
終わった、私はそう思った。
「え、聖人先輩この人も一緒にいくんですか?」
「大丈夫だよしかちゃん、こんな風だけど根はすごいいいやつだからさ」
全然いいやつには見えないんだけど、絶対大丈夫じゃないよね、私の貞操の危機だよこれ。
「そうそう根もアソコもすごいいいやつだから!」
なんか変な意味も含まれてない、何その低レベルな下ネタ!今どきの小学生でもそんな低レベルな下ネタ言わないよ!
「涼、もう少しでバイト終わるから車でも洗って待っててよ」
「いや、先に行って女捕まえてくる、そこのカワイ子ちゃんに振られちまったしな」
切り替え早くない?やっぱり少し悲しいよ、不本意だけど。
給油を終えた葛城涼は聖人先輩にお金を渡し、店を出て行った。やっといなくなったと思ったけどこの後また顔を合わせなきゃならないと思うとすごい気分が下がる。
「しかちゃん、時間だし上がろうか」
「はい……」
まあでも聖人先輩の車に乗れるし、今日はそれだけでご飯食えるわ……。ああ楽しみだ、車の中だけ。
この時の私はまだ幸せだった、このあと幸せはどん底へ落ち、私は葛城涼――最低男との出会いを恨むのだった。