18話閑話『赤ずきん』。
これは、在る男の長い夢のお話。
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「おい、そっちだ!!」
「キャッ!?」
「任せろ!!」
三人の男女がいた。
短剣を持った男。
槍を持った女。
そして、何も持たぬ男だった。
「グッ!!」
「耐えろ!!・・・今だ!!」
「えぇ!!」
三人の目の前には一匹の魔物がいた。
短剣の男が切りつけ、槍の女が穿ち、何も持たぬ男がひきつけていた。
「は、早くしてくれ!!もう持たない!!」
「もう少しだけ耐えてくれ!!」
「私が決めるわ!!ハァッ!!」
女の一突きで魔物は息絶えた。
短剣の男は意気揚々と素材を剥ぎに行った。
息切れを起こしているのは何も持たぬ男だった。
しかし、彼には唯一持っているものがあった。
硬化スキルだ。
「いや~、お前がいてくれて本当に助かるよ。いつもありがとうな!!」
「そうね、あなたがいてくれなかったら今頃私たち傷だらけだわ」
「いや、良いよ。俺たち幼馴染じゃないか」
「いつかお前にも装備品を買ってやれるよう頑張るからさ、カイ!!」
男の名前はカイと言った。
この二人は幼馴染の冒険者だ。
同じ村で生まれた三人は共に良く遊び、良く悪さをする悪友だった。
カイは行商人になるのが夢だったが、この二人の冒険者になるという夢に引っ張られて一緒に村を出て来たのだ。
「しかし、硬化スキルって便利だな」
「そんな事無いよ。硬さに限界はあるし、結構痛いからね」
カイは齧られていた腕をさすりながら笑った。
「俺達も頑張るからさ、これからもよろしくな!!」
「あぁ!!」
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それからと言うもの、三人は長い間旅をした。
山を越え。
谷を越え。
凍える大地や燃える砂漠も超えた。
二人の装備品はどんどん豪華になっていった。
しかし、カイは軽装のままだった。
だが、そのことは特に気にはならなかった。
別に、装備品が欲しいとも思わなかったし、金が欲しいとも思わなかった。
唯、この二人と旅が出来れば良いと、そんな風に考えていた。
「カイ、ちょっと良いか?」
「ん?何だ?」
「大事な話があるんだ」
ちょうど旅の中継地点として、故郷の村に帰って来ていた時だった。
カイは村の酒場に誘われた。
「まぁ、座ってくれ」
「お、おう。何だ?」
酒場にはすでに仲間の女もいた。
カイは促されるがままに席に着くと、酒を頼もうとする。
しかし、それを男に止められる。
何故?という表情のまま首を傾けると、男は大きく咳払いをしてこう言った。
「俺達、結婚する事になったんだ」
「えぇっ!?」
カイは女に目を向けると、黙って頷かれた。
「そ、そうなんだ」
「急ですまないな」
「いや、祝福するよ。おめでとう」
「お前なら、そう言ってくれると思っていたよ」
「で、冒険者としての活動は辞めちゃうのか?」
「いや、そんな事は無い。これからも続ける予定だよ。暫くはね」
突然の事で酷く驚いたが、それでもカイは心から二人を祝福した。
その日は遅くまで酒を飲んで寝た。
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~次の日~
「おい、起きてくれ」
「んぁ?」
「王都の方まで依頼を見に行かないか?」
「今日は休みにするはずじゃ?」
「それがな、良い依頼があるらしいんだ。見に行こうぜ」
「まぁ、良いけど・・・」
カイは眠い目をこすり、怠い体を起こした。
「じゃあ、王都に向かおうか」
「もう行くのか?」
「あぁ、馬車ももう用意してある」
「用意が早いな」
「早くしないと誰かに取られちゃうからな」
そうして三人は馬車で王都に向かった。
王都に着くや否や、男はギルドに向かい、一枚の依頼書を取って来た。
「それは?」
「『レッドドラゴンの結晶採取』金貨20枚だ!!」
「金貨20枚!?」
それだけあれば暫くは遊んでいられるぐらいの額だ。
「しかし、レッドドラゴンの結晶採取か・・・危なくないか?」
「大丈夫大丈夫、討伐じゃなくて結晶採取だし、危なくなったら逃げれば良いだろ」
結晶とは、竜種が主に巣を作る時に生成する鉱物であり、魔力伝導が良く、希少価値の高い鉱物である。
「そうかなぁ」
「大丈夫だって、さぁ、行こう!!」
女の方にも目を向けるが、焦っている様子は無いので、まぁ大丈夫なのだろう。
こうして、三人はレッドドラゴンの巣までたどり着いたのだった。
「ここがレッドドラゴンの巣の入り口かぁ・・・」
「思ってたより小さいんだな」
「そうね」
その入り口は小さな洞窟の様で、人一人が通れるぐらいの大きさだった。
「じゃあ、いつもので」
「分かった」
男に促されるがまま、カイは先頭に立つ。
この三人で冒険するときは何時もこうだ。
カイが先頭に立ち、何かがあったときに真っ先に硬化スキルで二人を守るのだ。
暫く進んだ時、暗い洞窟の先に光が見えて来た。
「何か見えたか?」
「出口?・・・いや、あれは・・・?」
見えて来たのは出口では無く、特別に開けた広場のような場所。
その中央には巨大なすり鉢状のクレーターのような穴があり、木や土でバリケードのようなものが創られている。
光の正体はこの広場のような場所だけ天井に大きな穴が開いていたからだった。
そして、その巣の中央には、巨大な、ドラゴン。
赤い外殻に鋭い爪と牙。
レッドドラゴンだ。
「でかい・・・あの天井の穴がこの巣への出入り口だったんだ・・・!!」
「おい、見ろよ!!あれ!!」
「あんなに大きな結晶が・・・!!」
男が指さす先には一際大きな結晶があった。
ドラゴンが眠っているその顔のすぐ近くに。
「おい、待て!!」
男が飛び出し、結晶を持って行こうとする。
「結構重いな・・・」
「・・・GA」
「「「!?」」」
ドラゴンが一瞬鼻をピクリと動かした。
冷汗が伝うのを感じる。
実際にこの目で見てみて分かった。
これは・・・こいつは・・・相手にしちゃいけない奴だ。
「良いか?静かにこっちに戻って来い。ゆっくりな?」
「あ、あぁ、わかってる」
「慎重にね」
男はゆっくり、静かに結晶を持ってこちらに歩いて来る。
完全にこちらに戻ってくると、男は結晶を女に手渡し、もう一度ドラゴンの方を見た。
「おい、何を」
「あそこが見えるか?あの岩陰、あそこにあるのも結晶じゃないか?」
「は?」
男が指さす先には確かに結晶があった。
「もう取っただろ!?もう帰ろう!!」
「バッカ、ボーナスが付くだろ!!」
男はそう言うとまた走り出してしまう。
女はカイの後ろに隠れている。
男も結晶を取るとカイの後ろまで来る。
「もう良いか?」
「ちょっと待て、今計算してる所だから」
「後でも良いだろそんなの!!今は・・・」
「出てからじゃ遅いんだよ」
「へ?」
男はにやりと笑うと、近くにあった小石をレッドドラゴンの鼻先に投げつけた。
「GAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
「おい馬鹿!!何やって・・・!!」
「悪いな」
「は!?」
男と女はカイを後ろから押さえつける。
「今お前に動かれると動けないんだよ」
「知ってる?レッドドラゴンって獲物を食べてる間は動かないんですって」
「何言って・・・!?離せ!!」
ドラゴンがこっちに向かって来る。
その大口が顔の直ぐ目の前に近づいた時。
「お前に取り分やるのはもったいないからな」
「なっ・・・!?」
男と女はカイの背中を蹴り飛ばした。
「お前は何時も敵に齧られてるだけで何もしてないしな」
「そうそう、この結晶は私達の結婚資金にさせて貰うから」
「ああああああああああああ!!ふざけるなあああああああああああああああああああ!!」
咄嗟に硬化スキルを使うものの、巨大な牙はカイの体を噛み千切ろうとする。
「じゃあな!!」
「精々、長い間齧られててね~♡」
「クソッ!!クソ野郎共が!!ぶち殺してやる!!」
「GULLLLLL・・・」
「ぐぁあああああああああああああああああああああああああ!!」
二人は笑いながら立ち去り、その場にはカイとドラゴンだけが残された。
ドラゴンの歯は何度も何度もギロチンの様にカイの体を引き裂こうとする。
何度も。
何度も。
そうして気が遠くなるほど何度も齧られた。
硬化スキルを重ね掛けし過ぎてもう指一本動かせない。
瞬きすら出来ない。
意識を失うこともできなければ痛みから逃れることすらもできない。
そんな時、ふと降り注ぐ牙が止んだ。
目の前には大きな口。
あぁ、丸呑みか・・・。
どうやらドラゴンは噛むのをあきらめて丸呑みにすることにしたらしい。
「クソが・・・」
そこでカイは意識を手放した。
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「ここは・・・?」
熱い。
臭い。
痛い。
暗い。
体が動かない。
「水・・・?」
いや、違う。
胃液だ。
ここはドラゴンの胃の中なのだ。
あぁ、顔が痛い。
かろうじて動けるようになった右腕で顔に触れてみる。
ぬるりとした嫌な感触の後にちりちりとした嫌な痛みが皮膚をなでる。
・・・顔の皮膚が・・・無い。
「俺の顔が・・・」
顔だけではない。
体中のいたるところの皮がない。
襲ってきたのは痛みだけではない。
猛烈な喪失感。
今まであったものがいきなりなくなる不快感。
「あ、あぁ・・・」
朦朧とする意識の中で顔を両手で覆う。
・・・俺に、もっと力があったなら。
力が、欲しい。
顔が、欲しい。
何で俺がこんな目に合わねばならない。
・・・奪ってやる。
俺が受けた分、いや、倍以上。
奪ってやる!!
全てを!!
『強欲』
その時、耳元で誰かが囁いた気がする。
「あ?」
右手にはいつの間にか鍵爪の様な武器が付いていた。
「これは・・・勇者武器か?」
その黒く光る鍵爪を胃の壁に突き刺してみる。
・・・刺さる。
「よっと」
引き抜くと同時にベロン、と剥がれた。
「ははっ・・・」
刺しては抜く、刺しては抜く。
「っははっははははははははははははははははっははははははははは!!」
いつの間にか外に出ていた。
レッドドラゴンは腹に大穴を開けて絶命していた。
「ふへへへへへへへへ・・・」
血に濡れた体を引きずりながらカイは村に向かった。
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「全て予定通りに行ったわね」
「あぁ、完璧だ・・・ククッ・・・」
「では、これより結婚の儀を開始する!!」
村ではすでに二人の結婚式が執り行われていた。
「では、両者は前へ!!」
「「はい!!」」
「お姉ちゃん綺麗ねー」
「そうね」
「あいつが結婚だなんてな」
「俺はお似合いだと思うぜ?」
「カイは来てないのか?」
「依頼中に行方不明になったらしいぜ?」
「へぇ・・・」
「では、両者は指輪の交換を・・・」
その時、バァンッ!!と言う音と共に扉が開かれた。
と、同時に神父の額には石のようなものが突き刺さっていた。
竜の結晶だ。
「な・・・!?」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
会場は阿鼻叫喚だ。
その中心にいる人物はゆっくりと新郎新婦に近づいてゆく。
「お、お前!!何者だ!?」
「・・・わからないか?わからないだろうなぁ?」
「その声・・・まさか・・・」
男はそのまま新郎に近づき鍵爪で顔の皮を剥ぎ取り、自分の顔に張り付けた。
「た、助け・・・」
「ダーメ♡」
女の顔も剥いだ。
死んだ神父の顔も。
子供も。
目に付いた人間の顔を片っ端から剥ぎ、殺して回った。
「ふへっ・・・ふへへへへへへへへへひゅえへへへへへへへへへへへへへへふははははははっははひゅあはははははっはははあはははひひひひひひひひひっひひひひひひひ!!」
死者59人。
辛うじて生き残った者はその姿をこう評した。
『狂気の赤ずきん』、『レッドフード』と。
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「・・・んぁ?」
「おい、起きろ!!もうすぐ着くぞ!!」
目が覚めたら檻の中だった。
体中には捕縛術式。
あぁ、そうだ。
俺は捕まったんだった。
「あれが鎖の螺旋城ねぇ・・・」
男には今から自分が収監される牢獄の大きな門が、あの時自分を飲み込んだドラゴンの口に見えた。
「助けに来てくれる狩人はいるのかしら・・・ふひへへっ!!」
「黙れ!!」
門は閉じられた。
エンドロールはまだ遠い。