神様、現実を知る
「本来、神になった時点で己の職務が体に刻まれます。自然と、動物が生を受けたと同時に母の乳を欲するように、そのために立ち上がろうとすうように、本能として神が何たるかを理解できるようになっています……ですが」
リナアルド様、様でいいのかな。私をじっと見つめて、何かを考えてから続きを話し始める。
「あなたは神の身でありながら命を落とし、別の世界に転生し、そして再度命を落とし神として帰還した。これは異例の話です、そもそも神は……」
「神様は不死ではないんですね」
人よりも力があるのに、カスティア(私)は死んでしまった。その内容を聞かされてないし、まだ話さないでいてくれている。昨日リュディさんとガンツさんが言いよどんだのはそれだ。
過去の話を深く掘り下げれば掘り下げるほど、私がなぜ死んだのか私の前で話さないといけなかった。
まだ早い、とガンツさんを諌めたリュディさん。それを理解して早計だったと反省していたガンツさん。
「不死ではあるのです。年齢を重ねても、神になる直前の年齢の姿のままを保持します。神が命を落とす方法は二つあります」
「リナアルド様、それはまだ」
「マール、カスティア様を護ることを望んだのはあなたです。同時に私は伝えたはずですよ、過保護にはなってはいけないと。カスティア……いえ、ミルは命を落とした理由を知りたいわけではありません。どうしても神である以上、知らなければいけない情報であり、本来ならば知っているはずの情報です。それはミルも理解していることでしょう」
「はい……マールさん、私は大丈夫だから。ありがとう」
「ミル様……」
涙目のマールさんを必死に宥める。
過保護になってしまうほど、カスティアの死は悲しかったのだろう。そうとしか考えられなかった。
「彼女は石動美瑠としての記憶しか持ち合わせていません。魂の輝きはカスティアそのものですが、人の生は命を失い、魂だけの存在となって命ある物に生まれ変わるのが自然の摂理。正直、私はカスティアとしての記憶がミルに必要か判断できません。カスティアである必要性がない。あくまで魂がこの世界にあり、命ある限り統べる神は存在し続ける」
リナアルド様の言葉に、マールさんは複雑な表情を浮かべていた。それは仕方ないと思う、だってこの言い方だとカスティアという人は必要ないとも聞こえるから。
正しいことを言われている、でも納得出来ない感情が胸を渦巻いている、そんなところだろう。
「統べる神様は存在しているだけで、この世界を安定に導くんですか?」
「はい。ですが現在統べる神は一人しか存在していません。一人では世界を支えきれない、だからこそカスティアの帰還を望んだのです」
いるだけで世界が安定するってことなんだね。世界の支柱みたいなものだと考えればいいのかな。
「でも、私を待つ必要ってあったんですか?」
私の質問にマールさんが目を見開く。驚いているというよりも、悲しくて衝撃を受けた印象を受ける。
だって私はもともと人から神様になって、そして死んで人になってまた神様になったわけじゃない?
しかも別の世界の人にでしょ?
戻ってきてもらわなくても、新しい神様をこの世界の人のなから選べばいい話だ。
「ミルの考えている通りです。この世界の人から信託によって新たな神を任じればいいのです。本来ならばすぐに神は選ばれる、ですが何ヶ月何年経とうとも新たな神は選ばれなかった。つまりカスティアはどこかでまだ生きている、そう判断したのです」
「ですが......」
俯きながら手を強く握るマールさんは、付け加えるように話し始める。
「統べる神が一人になる、本来四人で支えている世界を一人で支えるというのは、神の力を得ていたとしても膨大な力を要します。みるみるうちに衰弱し、同時に世界も衰弱していきました。自然災害から戦争までありとあらゆる不幸が世界に蔓延し、人々の数も半分まで減少しました」
神様が一人いないだけで起こる災害なのか、不運といえばいいかわからないけど、内容は壮絶極まりないのだろう。
私はまだこの世界を知らないから、まだ実感が湧かないのだ。
幼い頃に近所のおじいさんが戦争の話をしてくれて、体験していない私は理解はでいたけどどうにも机上の話にしか思えなかった。実際に語り継がれていて、膨大な資料が残っていても実体験と同様の実感はない。これは誰が悪いわけでもなく、仕方が無い話だ。
それと同じ感じがする。だって今の日本には戦争なんてないんだから。
「それでも統べる神が一人いたので、減少は食い止められましたが、あくまで一時的な応急処置のようなものです。ですがようやく、カスティア様が戻られて世界に緑が戻り始めているのです」
祈るように手を合わせるマールさんの姿は、まるで女神様のように美しかった。
ていうか、神様だよね。忘れがちなのは神様っていう実感もまだ薄いせいだと思うよ!
「二人存在していれば世界は平穏になることでしょう」
「でも四人いるんですよね?」
「実際は二人でも世界は安定します、が常に四人存在するわけではありません。しかも統べる神は特殊で、二人存在していれば残りの二人で探さなければいけない。ですが一人は衰弱し動くのもままならず、一人は死んだと見なされず新たな神も選ばれなかった。だからあなたの帰還を待ち望みました」
それは、そのー。
「ご迷惑おかけしました......」
なんだか申し訳なくなって、私は頭を下げてしまう。
「ミルのせいではありません。カスティアの死はミルが原因ではありません。ですから私としてはカスティアの記憶を取り戻すという行為を重要視していません」
「リナアルド様!?」
悲鳴に近いマールさんの声に、私は息を呑んでしまう。
それを無視して、リナアルド様は私を真っ直ぐ見つめるように頭を動かした。目が開いていないのに、全てを見透かされてしまう力を感じる。
「あなたは前世とも言うべきカスティアの魂を引き継ぎし石動美瑠という存在であり、神だった前世に戻りながらもカスティアの記憶のない石動美瑠の記憶を宿す者。私ですらあなたのような存在は、初めて目にするのです。ですから、カスティアの記憶を戻すのが必要なのかわかりかねます」
「でも、それってカスティアの知り合いの人は辛くないです?」
「人の感情を宿す者は辛いでしょうね。姿形声、それに魂から溢れる輝きはカスティアそのもの。ですが記憶は全く違うもの。無理にカスティアの記憶を取り戻して混乱するぐらいならば、このまま神とは何たるかを学びながら神としての使命を果たすのもまた一つの選択肢です」
それはそうだけどね。
どんどんマールさんの顔が暗く悲しくなってるんだけど。
「私は感情の赴くまま話してはいません。可能性の一つを提示しているまでのこと。ですが、私は理解していないわけではないのです。人の感情はそう簡単に割り切れるものではない。マールが悲しむ理由も理解しています。ですが、ミルにとって何が良いのか、ミルではなくカスティアとして接している知己の神に警告しているのです。あなたは石動美瑠を失いたいですか?」
「んと、体は失っているのである意味もうないです。でも記憶がなくなるのは、寂しいっていうか悲しいです。何より」
なんだろう、あれなんだ。
呆れられるかな。
マールさんが緊張しながら私の言葉を待っている。
うーん、うーん。
「素直におっしゃってください、ミル様」
「ええと」
「ミル、素直になりなさい」
リナアルド様の迫力に負けて、私は両手をあげながら素直に言った。
「美味しく食べた料理とか記憶とか忘れたくないです。だって楽しかったんです。生まれは大変だったけど、楽しかったことを忘れるのは寂しいし怖いです」
私の言葉に沈黙が流れる。
普通逆だよね。
孤児として生きてきたのは大変だったけど、一緒に遊んでた友達との記憶を二十年の生涯で失うとは想像していなかった。
それに、これからお金稼いで美味しいものを作ったり買ったりしたかった。それが日々のモチベーションだったから。
「あなたらしいですね、ミル」
「そうですか?」
「ええ、カスティアも食べるのが好きな神でした。エテルクに来ても作り食べていましたからね。その結果が、私の与えた地球の台所なのです」
「え!?」
そうなの!?
あの見事なシステムキッチン!
目を輝かせる私に、リナアルドは静かに説明してくれた。
「便利な台所の資料を様々な世界から取り寄せたのはカスティアです。その中で地球の資料が選ばれ、私に依頼し作り上げました。私は神のために神を支え、調和を崩さない願いであれば叶えます。建物に限定はされますが」
はー、カスティアさんの食に対する執念の一部を垣間見た気がするよ。
「食事をするという行為すら、この世界の民は叶っておりません。餓死者も少なくないのです。ですがあなたが戻ったことで減少するのです」
存在するだけで世界が平和っていうのも、異世界の不思議な常識な感じするね。
「それだけあなたの存在は重要なのです、理解してもらえましたか?」
「はいっ、でも」
まだ複雑な顔をしているマールさんの肩を掴んで、私は真っ直ぐ見つめた。緑色の目がとてもとても綺麗で、森の中にいるような気がした。
「悲しませてごめんなさい、マールさん」
「いえ......リナアルド様のおっしゃる通りだったのです。ですが、私は」
「大丈夫、私はカスティアの記憶を思い出したいから。私とカスティアが一緒に生きればいいわけだし。混乱とかもたくさんするから、マールさんにはカスティアかもしれないけど、ミルとしてお願いしたいです」
ちょっと酷なお願いだけどね。
カスティアの記憶を取り戻すのは。別にいいと思ってる。カスティアに心を乗っ取られて、美瑠の記憶が消滅するとはリナアルド様は言わなかった。
多分、共存できるんだと思うよ?
その時にならないとわからないけど、取り戻さないといけない気がしてるから。
「ミルはそれで構わないのですね?」
「はいっ、だからマールさん」
「はい」
マールさんを見つめながら、真剣に私は言った。とてもとても真面目に。
「ご飯炊いて美味しいおにぎり食べよう。美味しいものを食べれば、きっと元気になるから。ね?」
「そう......ですね」
マールさんの瞳から落ちたひとしずくの涙が輝いて、とても神々しくて目を奪われてしまう。
私はまだ良く分からないけど、簡単で美味しいもので元気にしたいなって考えてはいるんだ。
「リナアルド様も食べましょう!」
「私は味を知りません。ですから」
「美味しいって味を覚えましょう!」
みんなで囲んで食べれば和やかになるし、味はこれから覚えればいい。
「何か問題があるならやめます!」
「問題は何一つありません。あなたが元気よく過ごせることが喜ばしいことですよ」
よしっ、問題はないらしい!
言質もとったし、腕を思い切りふるうぞー!
おにぎりの具は、リュディさんに聞いて取り寄せようそうしよう。
「それでは私はミル様の意思を、全ての神に流しましょう。改めてミル様ーー」
ご帰還お待ちしておりました、とマールさんとリナアルド様は同時に頭を下げられてしまって、まだ神様の自覚のない私は動揺してしまった。
やーめーてー!