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神様、満たされる

「それで、何してるんだ?」

 ガンツさんの質問に、私はんーと唸った。どういう説明をすればいいのかな。

「俺の予想だと、旨そうなもの作ってると見た!」

「美味しいかどうかちょっとわからないかも」

 

  どういうことだ? と首を傾げているガンツ。リュディさんも微妙な顔をしている。

 転送してもらった米や卵、醤油はこの世界に馴染みがないものだと思う。見覚えがあればリュディさんは教えてくれるはずだ。

 

「ここに来れば何が食べられるという考えが、短絡的すぎるのではないか?」

「そうだけどよ、なんかここってなぁ」

「台所で食事するところなら、そう思ってもおかしくないです」

 

 ガンツさんの目線はどこか懐かしそうで、きっとここでカスティアさんの手料理をたくさん食べたのだろう。思い出の詰まった場所に、転生を重ねた私がいるだけで不思議な気持ちなんだろうな。

 もっと複雑な感情があるだろうけど、私はそこまでしか想像できない。

 

「んで、謁見はすんでるのか?」

「まだお目覚めになったばかりなのだ、明朝伺うことになっている。流しただろう?」

「そうだったな」


 納得しているガンツさんに、リュディさんは呆れている。

 流すってどういうことだろ。

 

「申し訳ありません、神々は情報を共有できる能力があります。私はカスティア様からミル様に名前を変えられたことと目覚められたことを伝えました。情報を流すという場合もあります」

「個人とか特定の人に伝えるのは「伝える」、全神に情報を伝達する場合は「流す」っていう場合が多いな。カスティアの帰還は、この世界では20年待ち望んだことだ......なんだけど、今は聞かなかったことにしてくれ」

 

 ガンツさんの目元が綻んで、何か言おうとしたリュディさんが口を噤む。

 きっとたくさん言いたいことがあるけど、一気に伝えたら私が混乱するのを見越しているんだ。

 それはそうだ、新人社員に仕事全部を1日で教えるから全部覚えろっていってるようなものだ。内容にもよるけど、そう簡単に記憶なんてできないし、できたとしても実行に移せる可能性は低い。

 ましてや私はこの世界の仕組みや、神様だといわれてもどんなことをするべきか何も聞いていない。

 

「ありがとう、リュディさん、ガンツさん。私を気遣ってくれて」

「いえ、当たり前のことです」

「そうだな......それにしてもまだ若いのに、やけに受け入れるの早いな。俺でも躊躇したってのに」

「ガンツさんも転生した人なの?」

「いや、俺はイスターシアだから、元々この世界の人間だ。だから神になった時、生活習慣がまるっきり変わったからよ、ためらいがあったんだ。でもミルには」

「昔っから順応性が高いっていわれてたからかもですね。それに今、目の前に見えるのが現実ですから」

 

 鼻息を荒くして断言する私を、2人は顔を見合わせてため息をついている。なんか失礼じゃないですかー。

 

「最初から全部受け入れていくなよ。神様っていってもできることなんて限られてる......」

「ガンツ!」

 

 強い口調でガンツさんの言葉を、リュディさんは遮った。

 

「......わりぃ」

「迂闊に感情を顕にするんじゃない。少しずつ、お伝えしていけばいい」

 

 2人が色々と重要な話を隠しているのはわかるけど、多分私の予想通りだと、伝えづらい内容だと思う。

 私も慣れるまではまだ聞きたいと思う内容じゃない。

 あーもう、お米の炊ける甘い匂いがし始めたのに、台所の空気はやけに重い。

 

「もう少ししたら会いに来れば良かったな」

「俺はお前にそう伝えたはずだ。記憶が真っ白な状態のミル様に会うのは、まだ早かった。軽率すぎるぞ」

「俺が待てねぇ性格なのは知ってるだろうが」

「だからこそ叱責をしているのだろう。そもそもだな、お前は何に対しても考えなしに突っ込みすぎだ。神になった以上、落ち着きをいい加減に覚えろ。戦の神で元来戦を好むのはわかっているが......」

「そもそも俺は神に向いているかなんてわからなかったんだぞ」

「民の望む慈愛の神になる必要は無い。そもそも」

「はい、ストーップ!」

 

 2人の言い争いに、私は待ったをかけた。このままだと喧嘩になりそうだったし。リュディさんが冷静なようで冷静じゃなかったし。

 私は2人を強引に向かい合わせに座らせて、てきぱきと食器棚から丼茶碗を取り出した。白い陶器を三つ並べて、棚にしまわれていたしゃもじを手に取って炊飯器の蓋を開ける。

  すると一斉に白い湯気が立ち上って、私の顔面に直撃した。

 う〜ん、炊きたての甘いお米の香りがたまらない。どんな料理でもそうなんだけど、できたてっていい香りだよね。

 渾身の力を込めて米を混ぜてから、器に盛り付けてど真ん中にピンポン玉サイズのくぼみを作る。

 そこにさっきの卵を割り入れて、醤油をたらーりと垂らせば......。

 

「シンプルなTKGの出来上がりー!」

『てぃーけーじー?』

 

 目の前に置かれた料理を、2人は不思議そうにのぞきこんでいる。

 そう、これこそシンプルでありながら卵の栄養分を余すことなく味わえる卵かけご飯だ!面倒なのでご飯に乗せて混ぜるだけだけど、ふりかけとか漬物もいれてもいい。なんでもいれて美味しく食べられる!

 

 それがTKG!

 

「その中をスプーンでかき混ぜて下さい」

「生卵を米に入れて食べるのはその」

「衛生上、悪いんじゃないか?」

「この卵は新鮮だから大丈夫です。はい、かき混ぜて!」

 

 私も丼茶碗を持って、スプーンで豪快に中身をかき混ぜた。白い米が黄金に染まっていく姿に、ごくりと喉が鳴る。

 

「混ざったらそのまますくって食べるだけですよ。はい、いっただきまーす!」

 

 私はリュディさんの隣に座って、スプーンですくって口いっぱいに頬張る。

 

 ん〜〜美味しい!

 炊きたてだから卵に少し火が通ってるのもいいし、味も濃厚で醤油の僅かな塩気もいいし。

 豪華なTKGだけど、覚えている味に安心してしまう。

 

「幸せそうに食べてるな、ミルは」

「その笑顔だけでお腹いっぱいですね」

「私の顔はいいから、ほらほら」

 

 2人に食べるよう促して、ようやく口をつけてくれた。


「なんだこれ、うめぇ! 生の卵ってこんなにうまいのか!?」

「米が甘い、砂糖ではない野菜の甘味に似ているが、なんだこれは......」

 

 欲望の赴くまま食べ続けるガンツさんに、分析しながら食べるリュディさんがなんだか対照的に見えて微笑ましい。

 

「美味しいでしょ?」

「はい、混ぜただけでこんなに美味しいものができるとは。地球の食物のレベルは高いようです」

「文句無しにうまいな。おかわり!」

「はいっ」

 

 茶碗を掲げるガンツさんの器に、またご飯を盛り付けて卵を乗せる。

 気持ちよくご飯を食べてくれるガンツさんに釣られて、リュディさんもおかわりしてくれる。

 

 2人が炊飯器を空にした頃には、緊迫した空気がなくなっていた。

 

 人間美味しいものを食べれば、落ち着いちゃうものだからね。


 

 食べ物は偉大だ!

 


 

 

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