神様、神様に恵まれる
まさか別の世界に来てその名前聞くと思わなかったし、地球の神様が知ってるとは思わなかったよ!
「はるさめ先生とは?」
「毎日PCで気分転換に小説書いて、インターネットって場所で小説を上げてたのね」
「ぱそこん? 上げる?」
聞きなれない単語に、リュディさんは首を傾げている。電化製品とかない世界なんだろうな。
そもそもどの世界の神様なのか、どんな世界なのか私はまだ知らない。
リュディさんの反応を見ると、電化製品は見たこともない文明なんだろうね。
「掲示みたいな感じかな? 本ではないんだけど、いろんな人が見られる場所ね。そのときのペンネ……仮の名前がはるさめ」
台所の隅にあったはるさめでいいやって名前付けただけなんだけど。
スープとかに、乾燥したはるさめをざくざくはさみで切って、ぼちゃんと入れればスープを吸っておいしい味になる。お腹もそこそこ膨れるので、自宅に常備していた乾物のひとつだ。
毎日仕事に明け暮れて、たまの休みに出かけるのもお金使うから勿体無いとよく近所の図書館に行ってて、いろんな話を読むにつれて何か書きたいなって思い始めて。
気分転換もかねて毎日何かしら書くようになって、それをウェブ上に簡単に公開できるホームページがあったので利用していたのだ。
そこで連載していたひとつが「黒猫あずき」。
近所に黒猫がいてね、肉球があずき色でかわいいなって、その子を人にして異世界に黒猫が人間に転生した話を書いてた。異世界のとある人に懐いちゃうほのぼのした話。
そこそこ見てくれている人も多かったかな?
でも死んでしまったから完結することもないし、書き途中の話も私の中古のPCの中にある。
そう思うと寂しいな。
「ミル様は物語を描かれていたのですね」
「あくまで気分転換だし」
「ですが、地球の神がご執心になられていたとなると、さぞ……」
「もう見る機会はないから」
電化製品がないということは、ここにはインターネットというものが存在しない。
そもそも別の世界なので繋がることはできないだろう。
とりあえずサイン、サインって名前書くだけでいいよね?
芸能人みたいなサインなんて書けないし、書こうとも思ったことがない。
ペンを手にとって、できるだけ大きく名前だけを書いた。日付はわからないので名前だけ。
「はるさめ」の名前だけだと殺風景なので、一応下に作品名も付け足す。ついでに簡単に肉球書いて、と。うん、これでいいよね♪
「出来上がりー!」
「可愛らしい絵ですね、絵を描かれる世界でしたか」
「この世界で絵はないの?」
「ありますが、絵は金持ちの道楽ですね。何分道具にお金がかかりますから」
確かに本格的に描くとなると、油絵とか道具代がえらくかかるよね。
それにこだわらなければ、100円ショップとかコピー用紙の裏紙でも絵は描ける。
聞けば聞くほど、まずこの世界のことを知らないといけないし、何かする度に質問していると正直きりがない。
今はあくまで米を手に入れたいだけだ。
サインはまた同じように箱に入れて、ボタンを押して音が鳴ればおしまい。
さて届くまでに鍋とか水とか、台所の仕組みを確認しないと!
台所は見れば見るほど、私がいた場所と変わらない。住んでいた場所よりは設備が整っている、小奇麗なシステムキッチンだ、
「台所の説明をいたしましょうか。この台所はカスティア様が使用されていたもので、より効率よく使いやすいものはないかと他の世界の神に相談した結果、このような道具類が揃ったとのこと。地球風とおっしゃってましたね。この白猫転送ボックスも地球の神のアイデアとのこと」
それなら確実に電子レンジが元アイデアだ。間違えない。
「補足として転送できる物の外観は千年に一度変更されます。数年前に形状が変わったばかりです。また」
リュディさんは調理台の隅にある、巨大な炊飯器の前に立った。うん、炊飯器。きっと炊飯器。あれ業務用の大きさだと思う、三合炊きとかそんなレベルじゃない。
「地球の調理器具では電気というものが必要になりますが、神の世界ではなくとも利用できます。コード? いうものがありますが装飾品扱いになります」
「はぁ」
電気は必要ないけど、機械が使えるのもすごい話だよね。
「ですので転生前となんら変わりない調理が可能となっているかと思われます。なお冷蔵庫は空になっておりますので、この世界を学ばれていくと同時に調味料など集められると……」
ちーん。
リュディさんの言葉を遮るように、レンジ(でいいよね)の音が響き渡る。
するとレンジの扉がなぜか赤く光っていた。どういうこと?
「赤く光るのは箱以上の大きい物が届いたという意味です。大きさによりますが、開けてみないことには判断ができず」
「じゃあ開けてみるね」
わからないなら開けるしかない。
恐る恐る開ける、このガチャッって音は何度聞いても懐かしいよね。
「何も……わっ!?」
広い調理台の上が光って、すぐに消えてしまった。
そして消えたと同時に並べられた物に、私の目は釘付けになる。
最高級新米10kg、金色のシールも貼られた滅多に買えなかった高級なコシ○カリ、その横にはこれまた高級なラベルが貼られた醤油の瓶、それにクラフト色の少し厚いパックに入ってるのは、なかなか手が伸びない高級卵6個入りパックだった。
これは滅多に買えない、高級品だらけなんですけど!
食べていいの!? ねえ、本当に食べて良いの!?
「興奮しているミル様に地球の神からご伝言が。米だけではなんですので、卵と醤油も送りました。先生のことですから、きっとあれを作られることでしょう。また何か必要でしたらご連絡ください。とのことです」
「頼める……じゃあ、味噌とか」
日本の調味料が頼めるのかな、でも今度何がほしいっていわれるんだろう。うーん、夢が膨らむ。
いや、今はとにかく米を炊こう!
私はリュディさんが説明する前に、台所を駆け巡った。米が保管できそうな米びつ代わりには、果実酒など作るときによく使われる瓶に。そして棚にある1合ぐらいすくえるガラスのコップを取り出した。
おっと、その前に炊飯器を確認しよう。
機能がなぜか最新で、早炊き機能があった。本当は炊く前にお米に水を吸わせたほうがおいしいんだけど、今は早く食べたいのでなしに。
炊飯器を開けると、メモリには一升炊きまで可能と書いてあった。多いかなと思うけど、炊いたら冷凍にしようそうしよう。
内釜を取り出して簡単に水洗いする。水も蛇口をひねるだけなので、まったく使い方に困らない。
そこに米を入れて、水をメモリの位置まで注いで、濡れた部分を乾いた布巾で拭いて炊飯器にセット!
早炊き設定をしてボタンを押せば、あら不思議米が炊ける! 素晴らしい文明の利器!
「……慣れていらっしゃいますね」
呆気にとられたリュディさんに、無我夢中で米を炊いていた私は我に帰った。しまった、米が目の前にあったら無我夢中でつい。
「こうやってお米をまとめて炊いたりして、お仕事している期間にすぐ食べられるように分けて保存とかしてたんですよ。でもこの量は初めてで……多すぎですかね」
「いえ、むしろ足りるかどうかですね」
「リュディさん、そんなにたくさん食べるんです?」
「私はそこまでではありませんが、成人男性が食べる量……」
「もっと食ってもいいんだぜ?」
「へ?」
突然、リュディさんの背後に現れたのは長身のどこか傭兵風の男の人だった。着ているものは清潔なんだけど、皮の鎧とか無骨なブーツとかしいていうなら冒険者風ないでたちだ。ただ武器がまったく見当たらない。
もっとよく見たら、無精ひげが生えていて、つんつんとした黄色い短い髪が目に飛び込んでくる。
気の良い、傭兵のおじさんって感じだ。もしかしたらお兄さんっていってあげたほうがいい、微妙に傷つきやすいお年頃かもしれない。
……いけないいけない、話を書いてたから深く考えすぎてる気がする。普通は転生という現実というのを受け入れるのに、多少なりとも抵抗感を覚えるのに、私はすんなりと受け入れることができた。
だって死んで生き返っただけ、ラッキーだと思うしかない。
私はそうやっていろいろな事柄を諦めて、孤児として生きてきた。
色んなことを諦めたし、理不尽もあったけどこうして生きている。
いいじゃない、別の世界だって。
生きてれば何とかなる、きっと。
死んだらおしまいだ。
「カスティアは何を……ああ、ミルだったか」
「ミル様だ。いい加減に名前を覚えろ、ガンツ」
「全く、リュディは相変わらず固いなぁ。知らねぇ仲じゃ……あ、そうか。悪りぃな」
ガンツと呼ばれた男は、私の前で頭を深々と下げた。
「記憶が失われたカスティア……いや、ミル様に無礼を働きました。私の名はガンツ=イスターシア。戦の神であり、戦に関わる神々をまとめる者。ガンツと気軽におよび下さい。願わくば」
頭を上げて、小さくウィンクするガンツさん。おじさんのウィンクはまた茶目っ気があるというか、不気味じゃないのはこの人はどこか余裕のある男の人だからだ。
「カスティアという神と接してた頃と、変わらない付き合いを希望したい」
「ええと、私はカスティアはわかりません。これから思い出すんだと思います、それか学ぶか、その方法も聞いてませんし、方針もわかりません。でも神様みたいなので頑張る気がないわけじゃないです。いろいろご迷惑もかけるだろうから、こちらこそよろしくお願いします」
無意識に頭を下げる私に、リュディさんは大慌てしている。統べる神らしいから、私よりガンツさんは位として下なんじゃないかな。
よくある「下位」には頭を下げないという、示しがつかなうというやつだ。
別にそんなの気にしない。
私の職場の上司は威張り散らしてて、悪いことをしても誤らない人だった。頭すら下げない、最低の人だと思った。
そんな上司になりたくないなと思って、人間申し訳ないとかお礼言うときは頭下げるんだもの。
神様と神様の付き合いで、これが正しいかわからないけど。
「これが今の私で、礼節にのっとってないかもしれないですけど」
「いやいや、むしろ安心した。なぁ、リュディ?」
「調子に乗るな。確かにカスティア様は寛容な方であった、ミル様も」
「本質は変わらねぇってことだろ。ミル様……は堅苦しいか」
「ミルでいいですよ」
「んじゃ、遠慮なく……俺とリュディは、カスティアと仲がよかったんだ。こうしてこの台所で料理を囲んだこともあるぐらいにな。だからたまにカスティアとミルを重ねてみることがある。そんだけ大事だった、だから気を悪くないでくれよ?」
ガンツの素直な言葉に、私は微笑んだ。
そんなの仕方のないことだ。
私の魂はそもそもカスティアであり、美瑠を経てカスティアの世界に戻ってきた。カスティアの記憶が失われていて、もしかしたらまだ聞いてないけど外見も以前と違うかもしれない。
きっと私が死んで悲しんだ、でも戻ってきた、記憶はないけど。
生きていた、厳密にはそうじゃないけど生きてこうして会えただけ嬉しいんだっていってくれる。
そして私が今までのカスティアとは違うから、気を悪くしないでほしいと正直に言ってくれたガンツに好感を持つには十分だった。
「もちろん」
「おお、そういってくれるか。助かるなぁ、話がわかるっていうか、この辺見習えよリュディ?」
「お前が軽率すぎるから、俺が固いぐらいでいいんだ。ミル様、あまりこの男を調子に乗らせないように」
「あのなぁ。そもそもな」
「はいはい」
言い争い始める二人に、私はどこか懐かしさを感じていた。
こんなタイプの知り合いはいなかったのに。
きっと私の魂が覚えてるのかな、懐かしいって。
でも悲しまなくて良いよ。
そっと私は自分の胸に手を置いて、自分の中の深い部分に眠っている自分自身に言い聞かせた。
また、仲の良い人たちと一緒だからね。
新しいキャラがようやく出せました。
気のいいおっちゃんです、おっちゃんらぶ。