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神様、約束をする


 この人がマールさんが言ってた、下僕なのね。

 でもそんな人がこんな時間に、台所にいるんだろう?

 そんな私の考えを見透かしたかのように、リュディさんは優しく笑う。うわー素敵な笑顔。

 

「さすがに人の時間では夜になりますので、明日ご挨拶に伺う予定だったのですよ。目覚められたらのお話ですが、以前とお変わりないので安心いたしました」

「以前?」

「カスティア様がこの世界の人であり神であった頃ですね。食べることがことのほか楽しみにされていた方なので」

 

 ……それはあれかな、転生してさらに転生しても、食に対する執着心は全く変わってないってことかな。

 どれだけ食い意地張ってたんだろう、私。

 

「そして幸せそうに食される姿に、癒される方も多かったのです。そう、味噌汁というものですか、それを飲まれた時お幸せそうで……懐かしかったです」

 

 どことなく寂しそうに微笑むリュディさん。

 

「あの、私どんな死に方したんです?」

「それを今は答えることはできません。カスティア様はこれから、神の記憶を取り戻していただかなければなりません。私の口から伝えることもできず……申し訳ありません」


 わかってるけど話せない、そういう事情があるのだろう。

 でもなんか、リュディさんにはこれ以上聞く気はなかった。

 追求すれば追求するほど、辛くなりそうだったから。

  誰だって悲しい思い出とかあるから、無理矢理聞き出すのも失礼だ。

 ……ただこの場合、私がどうして死んだのが知りたいだけで、私が私のことを尋ねただけに過ぎない。

 事情が込み入ってそうだけど、味噌汁で心が満たされた私は小さく頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

「はい!? いや、そのなぜ頭を下げ……」


 大慌てするリュディさんに、とりあえず頭を下げる。

 悲しい気持ちにさせて、なんだか謝らないといけない気持ちになってしまったからだ。

 

「私なりのけじめですかね」

「はあ……それでご満足されるならば。ただカスティア様は統べる神のお一人。安易に頭を下げてはなりません。威厳などもございますからね」


  そっか、そんなものかな。

 異世界のファンタジー小説とか、学校の図書館とかで読んでたけど、そんなこといわれてた登場人物がいた気がsる。王族とか、最近流行りの転生ものとか。

 転生前の記憶を持って転生した人は、別世界の生活習慣や常識などが以前と違うことに戸惑う。

 日本でも外国に行けば違ったりするし、日本でも地方によって地方ならではの習慣とか風習があるもんね。

 

 なので私は別の世界に来て、1から学ばないといけない! と切り替えていけばいいんだ。

 

「一応気をつけます!」

「……少しずつ学ばれれば良いかと。まだ戻られたばかりですし、何より起きたばかりでしょうから。明日から少しずつお教えしますので」

「はい、よろしくお願いします先生!」

「下僕ですので、呼び捨てて構いませんよ。あと敬語……」

「それは無理です」

 

 きっぱりと断言した。

 明らかに年上と思われる人に対して、口調を崩すのに私はまだ抵抗がある。

 

「慣れるまで我慢してください」

「わかりました。それでは冷めてしまう前に、その味噌汁をどうぞ」

 

 あっ、そうだった。

 

「あの、お箸とかありますか?」

「この世界ですと、スプーンとフォークになりますね。箸とは」

 和食とかない世界なのかな? 味噌汁とわかっているみたいだけど、言い慣れていない感じがする。

「それじゃあスプーンで」

 このままだとお椀の中に漂う玉ねぎが食べられない。

 リュディさんは台所の引き出しから、銀色のスプーンを取り出して渡してくれた。

 わーい、いっただきまーす。

 ん、ん、煮込みすぎたこのやわらかさもいいんだよね。

 白米食べたいなぁ。

「ご満足いただけましたか?」

「はいっ。でもこの味噌汁って作られたんですか?」

「取り寄せました」

 

 神様の世界でお取り寄せ?

 宅急便でもあるのかな、ってあるわけないよね。

 

「こちらへどうぞ」

 

 首を傾げている私を、リュディさんは部屋の隅へと連れていってくれた。キッチンとご丁寧にテーブルと椅子が並べれていて、作ったらすぐに食事ができる空間になっているみたいだった。


 

「この台所と食事場所は、カスティア様が神の力で作られました。食事をするために。他の神々も食べに来られることがありましたので、こういった形に落ち着きました。カスティア様がよく腕を振る舞われたものです」


 そっか、作るのも好きだったんだね。

 私は作るのは好きなほうだけど、生活をする上で必要に迫られて作っていたから厳密にものすごく好きとはいえないかもしれない。

 

「そしてこれが、白猫転送ボックスです」

 

 白い壁に埋め込まれた、電子レンジのような箱を説明された。電子レンジすぎる、だって開け方も同じなんだけど。

  書かれている文字は見たことがない、きっとこの世界の文字なんだと思う。ただなんとなく読めるのは、私が神様だからかな? 馴染みがなくても読める、ただ書けるかはわからない。

 

「これ電子レンジですよね?」

「年単位で形状が変化するものでして、箱自体は神の世界が生まれてから存在するのですが、ここ数年はこの形ですね」

 

 意外とアバウトなのね。

 しかも白猫ってあれかな、なんだろう黒い猫の有名な宅急便から名前をもらったのかな。

 ……多分、考えすぎ。きっとそう。

 

「この箱は別の世界の物が取り寄せられます。制限や制約はありますが、アイテム類は大体可能かと。カスティア様の世界を統べる神に願ったのですよ」

 

 そんなことできるんだ、便利だなぁ。

 

「じゃあこれで味噌汁を?」

「ええ。故郷の味が恋しくなられるかと思いまして。ただ何か私にはわかりません。ですので、カスティア様の故郷の味を依頼しました」


 それで味噌汁が届いたんだね。

 凄いなぁ、よくわかったね。

 他にも好きな料理はあったけど、やっぱり味噌汁って落ち着くんだよね。ほっとするし、日本人だなぁとつくづく思う。

 

「これって頼めばお願いできるんですか?」

「そうですね、無料とはいきません。こちらも相応のアイテムを差し出さなければなりません。依頼してからあちらから提示される形になります。逆もまたありますが、返却される場合もありますし」

「リュディさんは何と交換したんですか?」

「それは……」

 

  困った顔をさせてしまった。

 私のために差し出してくれたわけだし、返せるなら返したい。

 

「無理に答えなくていいですから! ありがとうございました、味噌汁!」

「喜んでいただけて良かったです。それでは寝室に……」

「私も何か頼んでみてもいいですか?」

 

 できたら白飯が欲しい。炊き上がったのでもいいけど、調理器具があるならきっと炊ける!

 できれば10kgぐらい欲しいな。

 

「必ず取り寄せられるか、確約はできませんが」

「なんでも挑戦してみましょう。どうすればいいですか!?」

 

 詰め寄ってきた私に、リュディさんは驚いて1歩下がってしまう。

 とりあえずやってみないと気がすまない。

 

「ではこれを」

 

 するとリュディさんの手から、突然白い紙が現れた。わーすごい。

 着てる服が変えられるぐらいだから、多分大したことじゃないかもしれないけどね。

 A6サイズぐらいの紙を渡されると、そこには名前と欲しいアイテムを書いてくださいと書かれていた。

 

「ペンは必要ありません。指で書いて下さい」

 

 なんかタッチパネルみたいだね。

 言われた通り私は名前を書こうとして、手をピタリと止めた。

 

「名前かぁ」

「カスティア様?」

 

 カスティアという名前に、まだ少し抵抗があった。

 カスティアだったかもしれないけど、石動 美瑠という名前のほうが馴染みがある。

 

「転生前の名前でも構いませんよ」

「でも」

 

 優しくいってくれるけど、リュディさんどことなく寂しそうだよね。

 どれだけカスティアという人を大事にしていたか、声音だけでもわかってしまう。

 

「いいのです、これから思い出されることですから」

「じゃあ約束します」

 

 私はリュディさんに向き合って、高らかに宣言した。

 リュディさんにとって大切な名前かもしれないし、大切な人だと思う。

 でも今は違う記憶があるから。

 私がこの世界に少しでも早く馴染むための、けじめの言葉。

 

「記憶を完全に取り戻したら、私はカスティアと名乗ります。だからそれまで、この世界に馴染むまでミルと名乗ります。それを忘れないでください、リュディさん」

「――かしこまりましたカス……いえ、ミル様。全ての神にお伝えしましょう、貴方様の名を」

 

 こうして私は、記憶が戻るまでミル=イスターシアになった。

 

 

 

次回は飯テロの予定です。

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