神様、空腹になる
ぐう。
多分夜と思われる時間に、私の腹が盛大に鳴った。
いつもそうなのだ。夜の10時にお腹が空く、夕飯をきっちりと食べているのにも関わらずだ。
なので私はいつも少しだけ夕飯用のスープを残して、夜に食べて布団にもぐりこむようにしている。
その習慣が抜けてない、これがマールさんの言っていた「人だった頃の名残」なんだと思う。
ただ体がお腹空かないのに、お腹鳴るってどういう原理なんだろう……?
あとで聞いておこう、私にとっては死活問題だ。
ベッドからそっと降りると、薄暗かった寝室が明るくなる。自動センサーみたいで面白いけど、神様の世界に電気は通ってないと思う。
勝手に抜けてもいいかな、一応声出してみようかな?
でももしかしたら夜で寝てるとか、いや睡眠っていう概念もないから……あーもう!
わけがわからなくなって、頭を思い切り掻いてしまう。
とにかく!
私は!
お腹が空いた!
心の中で盛大に叫んでから、私は部屋の入り口と思われる場所から飛び出した。
「うわー……」
思わず声を上げてしまう。
人が10人ぐらい通れそうな廊下もまた真っ白で、質感は大理石っぽいものだった。
足の裏冷えないかな、そもそも裸足だったのにと足元を見たら、なぜか竹で編まれたような靴を履いていた。
古代ギリシャの人が履いてるような靴のような感じかな?
ベッドから降りただけで自動的に靴が装着されるとか便利便利♪
ん? もしかして……。
私はふとした考えが浮かんで、強く念じてみた。
すると白いローブ姿から、着慣れた黒のジャージ姿に変身した。
うわー! おもしろーい!
高校から愛用しているジャージで、社会人になっても部屋着寝巻きとして大活躍!
懐事情もあるから仕方なかったんだけどね。
全く同じものではないし、どことなく新品な感じがする。
あーでも落ち着くんだよね、肩が凝らないし。
ただ神様的にはどうなんだろう、ジャージを着た神様。
ま、誰も見てないからいいか。
しかしこのずらっと並んだ扉のどこを開ければ、食べ物にありつけるんだろう。
台所とかあるのかな?
とりあえず一つ一つ開ければいいかな!
目の前にある白いドアを静かに開けた瞬間。
――私の思考が暴走した。
「この匂い、味噌汁ーーー!」
頭が冴え渡って、私は匂いの中心へと走り出していた。
ああ、もう仕事終わってからのこの匂いがたまらなく大好きで。
朝作って、夜飲むのもまたいいんだよね。
「誰です……うわっ!?」
「んぷっ!」
何かに体当たりして、私は足を踏ん張って立ち続けた。
ご飯に我を忘れてしまった、いけないいけない。
どこかわからない場所で暴走するとは。
これは私の悪い癖で、とにかくお金がなかったので食べるのだけが毎日の楽しみだった。
ちょっと食への執着心が強いのだ。
少し、人より少しだよ?
「ごめんなさい、ぶつかって」
「カスティア……さま?」
全く呼びなれてない名前に、私は首を傾げながらぶつかった人を見つめた。
さっきまで私が寝てた格好と色は一緒だけど、ズボンとシャツ姿のシンプルな服を着た男の人だった。
真っ黒な短い髪に、宝石みたいな緑の瞳が印象的で優しい感じがする。
どことなく懐かしい気がするのは、私が神様の頃に出会った人なんだろうな。名前も知ってるみたいだし。
「ここは、その」
「台所です。本来この世界には不必要なのですが、元人のために作られたものですね」
いわれて周囲を見渡すと、ちょっとお洒落なダイニングキッチンに立っていた。コンロっぽいのもあるし、冷蔵庫らしき長方形の箱もある。
これ異世界なんだよね?
「使い勝手がいいと取り入れられた台所で……申し遅れました」
「あーっ!」
男の人が片手に持っている茶碗を見て、私は叫んでしまっていた。
懐かしい汁茶碗、木目が綺麗で湯気が立ち上っている。
あ、あ、懐かしい匂い。
「先にどうぞ」
くす、と笑いながら男の人は私に茶碗を差し出す。
「良いんですか!?」
「ええ、構いません」
差し出された茶碗を受け取って、ゆっくりと匂いを嗅ぐ。
味噌の匂いだ、落ち着くー。
ひとまず一口。
うん、おいしいし甘い!
玉ねぎのお味噌汁だ、あまーい味が溶けて体に染み渡ってくる。
行儀悪いって言われるけど、これにご飯入れたら最高!
「美味しそうに食べられますね」
「美味しいですから。あっと、ごめんなさい」
味噌汁に我を忘れてしまった。
この神様の国とやらにきたら、味噌汁とか食べられないと思ってたから、感激しすぎて暴走しましたごめんなさい。
「改めまして」
男の人は膝をつき、深く頭を下げた。
「私の名はリュディ=イスターシア。カスティア=イスターシアに仕える僕にして、統べる神を補佐する者。今後ともよろしくお願いいたします」