神様、魔法の言葉?で目覚める
「ご無事ですか、カスティア……いえ、ミル様でしたね」
恐怖に震えている私に、救いの光にも似た優しい声が浴びせかけられる。
私以外の声がするだけで、こんなにも安心するなんて知らなかった。
きっとこの世界に来なければ、知ることのなかった感覚だ。
「ミル様」
その声の主は、私の前に降り立って、私の頬に手を当ててくれる。包み込むような優しさと温もりに、思わず目を細めた。
もうこのまま、全てを委ねてもいいのかも。すごく、ものすごーく安心する。
「ミル様」
このままお風呂の中にいるような、温かい空気に包まれて眠ってしまいたい。
心地よい空気に流されるがまま、私は目をさらに深く閉じてーー。
「ミル様、瞳を閉ざすということは、この世界の問題点から目を反らすという行為になりかねません。二つの眼を開くのです。大丈夫、この世界はあなたを殺さない、あなたの命を奪いません。だから安心して目を開いてください」
そう言われても、目を開く気にはなれなかった。
怖い状況に陥って、そんな中で安心できる場所を発見してしまったら、その場所に依存してしまう人は多いだろう。
私も同じなんだ。
あなたの胸の中で眠りたい。
「お目覚めください、ミル様!」
もう、なんか眠ったら死んじゃいますよって雪山で言われてるみたいだね。雪の積もった山に登ったことないけど、テレビでしか見たことないけど実際はこんな感じなのかも。
一向に目を開けようとしない私に対して、声の主は呆れたように嘆息している。
「…………焼き鳥」
!
一瞬で脳裏に浮かんだ焼き鳥の映像に、私はカッと目を見開いた。
「タレと塩1本ずつで!」
「目を開けていただけましたね」
はは、と乾いた笑いをしたのは声の主で光のない世界の中で、唯一淡い光を放つ男の人だった。透き通るような青い髪は透明度の高い海にも似ていて、短く切られていたけど、体を動かせば水面のように揺れる。瞳は葉っぱに似た緑色で、なんだかとっても目に優しいカラーリングをしている。でもなぜかガンツさんのような冒険者風の格好で、軽そうな皮鎧と重そうなロングソードを腰に下げていた。しかも二本。
そんな人が発した単語が「焼き鳥」。この世界にもあるのかな、焼き鳥。食べたいな焼き鳥。お酒飲まないから、ご飯に乗せて焼き鳥丼もいいよね。錦糸卵とか乗せたら喜んじゃうよ、焼き鳥。
「ミル様が目覚められれば、食べることは可能かと思います、予想ですが」
「確実にお願いしたいです!」
「そうですね、この世界には鳥を調理する文化がありますので、ミル様が再現することは可能かと。ちなみに鳥の種類は鶏です」
「完璧です!」
目を輝かせて、私は元気よく親指を立てた。焼き鳥再現可能とか、それって鶏肉が手に入るわけだから、親子丼とか鳥料理の幅が広がる。
ん~~楽しみすぎる!
「本当にミル様は、食べることがお好きですね」
「うーん、ちょっと違うかな」
少し無理に笑いながら、私は説明していた。
「毎日一生懸命生きてる中で、食べるのが楽しみのひとつだったから。お金が無いから、どこかで食べることもできなくてね。だから食べたいのはなるべく作ったし、いつの間にか作るの好きになったんだ。私の趣味みたいになったし、1日1回作らないと落ち着かないの」
だから、私は出来上がった料理じゃなくて材料を電子レンジにお願いしたんだ。作るって過程も好きだから。
「食べるのも作るのも好きなだけだよ」
「わかりました。それならば早く戻りましょう、どうやらすでに焼かれた鶏肉が届いたようなので、冷めて固くなる前に戻られては」
むっ、それは一大事だ。
温め直しは出来ると思うけど、冷めないうちに食べておきたい。光熱費の節約になるし。
……神様の世界に光熱費とかないよね。もう、節約が見に染み付いちゃって、これもう少し控えられるかなぁ。そのままでもいいかもしれないけど、節約っていう行為も楽しんでたから、すること自体は嫌いじゃない。
「確か焼き鳥と共に酢飯というものと、松茸とやらの汁物ですか。それと白菜の漬物が……」
「なんて豪華なんですか! なんて贅沢なんですか! 神様がバチを」
「ミル様、ミル様。私たちが神様ですよ」
はっ、そうだった。
言葉のあやというか、もうそんなに笑いを堪えなくてもいいんだからね!?
「では料理が冷める前に戻りましょう、リュディ様が大層心配されておりましたよ。……食事の前にお説教があるかもしれませんが、ご容赦下さいね」
「……はい。ええと」
まだ名前聞いてなかった。
「申し遅れました、私の名はリュカ=イスターシア。大地に生きる全ての心あるものの閉ざされた扉を開き、意識の中へと入り込むことのできる扉の鍵。形ある扉だけではない、無機物ですらも開くことのできる神になります」
「全てを開く……その力で私の心に入ってきたんですか?」
「はい。現在ミル様のお体は寝室にて寝かされています。一向にお目覚めにならないので、リュディ様が私を呼ばれたのです。神の心の扉を開くことを可能としているのは、私と命じられる統べる神のみ。そしてリュディ様は私に言葉を託されたのです」
「それは?」
「焼き鳥です」
うん、目覚めるには効果てきめんだった! 食べるのが大好きな私の対応として、リュディさん間違ってないよ!
いつの間に日本の料理名覚えたんだろ、いやまってこの世界に鳥を焼く習慣があれば知ってる? でも焼き鳥って単語ではないと思うんだ。
「他にも聞き覚えのない料理名を教えていただきましたが、焼き鳥だけでも充分でした。いつか……食べたいものです」
「え、リュカさんは食べ……ええと、食べないんですか?」
しまった、ずっとタメ口で話しちゃってた。失礼しました。
「砕けたままで構いませんよ。リュカとお呼び下さい。マールもマールで構いません。リュディ様はさすがにくずしにくいでしょうし」
リュカさんの言う通りで、リュディさんにはどうしてもタメ口も呼び捨てもできなかった。リュディさんが堅苦しい接し方するせいもあるんだけどね。
「神になれば年齢は関係ありません。ですが、ミル様の心に入り込んだ時、どうやら年齢差というものを重んじているお考えが見えましたから、徐々に慣れていただければと思います」
「そう言って貰えると嬉しいです。それで、そのリュカさんは食べないんですか?」
「実はまだ仕事がありまして。下界に降りて冒険をしながら、生き物の手助けを行っていたのです。ミル様が昏睡状態になられたので。たとえ人が目の前で死のうとしても、ミル様に……いえ、統べる神が危険であれば最優先に神々は助けなければなりません。なぜならば」
「私が死んだら、世界が死に向かって歩き出すからですね」
歯を強く噛みながら、私はなんともいえない顔をしていた。
目の前に死にかけた人がいても、統べる神様に危険が近づいていたら助けないといけない。
それは仕方ない話なんだよね。
だって神様が死んだら、大災害になってしまうから。遅かれ早かれみんな死んでしまうかもしれない。
でも、仕方ないよねってまだ心が受け入れられなかった。
「はい。ですからミル様には危険な場所に赴くのは控えてほしい。……これ以上は、リュディ様にお聞き下さい。下界になぜ降りるのか、理由などをこれから教わることでしょう。今は」
焼き鳥をご堪能下さい、と耳元で囁かれた瞬間、また視界が閃光に染まって意識が途切れる感覚を私は味わってしまうのだった。
魔法の言葉、それは焼き鳥!
ネギまが塩でもタレでも好きです。