神様、握る
無事具材を手に入れて、私の指示の元おにぎり握りの準備が始まった。炊きあがるまでに具を皿に分けたり、海苔を切ったり大きな皿を用意する。
「リュディさんは、その大きな白いボール……半円状の器にこれを使ってご飯入れてください」
引き出しから木のしゃもじを発掘して、先端を水に濡らしてからリュディさんに手渡す。まだ切られていない具材をまな板の上に並べる横で、炊き上がったばかりの米の蒸気が上がった。いい香り、炊きたての匂い嗅ぐだけで幸せになれる。
「マールさんは小皿にお塩乗せてください」
「畏まりました」
手際よく動き始めるマールさん。どうやら台所に何があるか熟知しているみたい。料理を作ることもあったのかも。
その間に私は焼いただけの塩鮭をほぐしたり、ツナ缶があったのでマヨネーズで和えたり、おにぎりに合うと思って豚汁も作っている。炊き出しみたいなのと、なんか、うん、異世界に来てもやってることが変わらない気がする。
「ご飯を入れ終わりました」
「じゃあ、急いで握りましょう」
具材を手早く切って、やけに大きな鍋に具を入れて軽く油で炒めて水を注ぐ。なんとインスタントの出汁まで送ってくれて、いたれりつくせりである。
考えてみれば、出来上がった料理そのものを送ってもらえばいいんだけど、作るのも楽しいからね。
「握る、ですか」
「そうです、温かいうちに握るのがいいんです。こうして」
小さなボールに注がれた水に手を入れてから、まだ湯気の上る米を手に取る。おにぎりがこの世界にはないようなので、あまり大きすぎない拳よりも1回り小さいサイズに握る。うん、やっぱり暑くない。あちっ、と叫びながら握ってたけど、神様の力はこんなところで発揮されているようだ。
で、真ん中に窪みを作って、塩鮭を入れて三角形に握る。
「見事な形ですね」
驚きながら真剣に見つめるマールさんの手は、すでにデモンストレーションを開始している。
「三角でも丸でもいいんですよ。あと直接手で握らなくてもいいんです。むしろ今は手で握らないかな?」
衛生上、直接手で握るのは良くないという風潮があるので、会社に持っていく時はあの透明なラップに包んでから握っている。近所のおばちゃんに言わせてみれば、直接握る方が美味しいらしいけど、主張は様々なのでとりあえずラップ使用にしていた。
今回届いた荷物の中には、ラップ類はない。なくても問題はないと思う。神様の力できっと綺麗、わかんないけど。
それでも握る前に手は綺麗に洗っているし、ちょっとした細菌で神様の体は悪くならないと思うよ。
「で、握ったらひたすら皿に並べて海苔をこうやって巻いて完成!」
折角なので贅沢におにぎりを包み込むように海苔を巻いた。コンビニに並んでいるおにぎりのような感じだ。手作りなので少し不格好なだけで。
「食べる時に巻いてもいいし、最初に巻いてもいいし。海苔がしっとりするかパリッとするかだけなので」
「様々なこだわりがあるのですね、三角形は……」
「三角形は少し手をこうして……」
早速握り始めるマールさんに教える。うん、筋がとってもいい。慈愛の神様におにぎりの作り方教えるのはどうなのかなと思ったけど、気にしたら負けだと思うことにする。
リュディさんはうまく三角形にできなかったみたいで、丁寧に丸く握っている。あまり強く握らないように、でも弱すぎると崩れるからと教えるのも忘れない。
こうして大量のおにぎりが完成したと同時に、豚汁もしっかりと煮込み終わった!
「うーん、美味しそうだけどリナアルド様の前に……わっ!?」
出来上がってどうしようかと考え始めたと同時に、視界が一瞬で変化した。
「お疲れ様です、ミル様」
ついさっきと変わらない態勢で、リナアルド様は待っていたようだった。神様だから一瞬で移動させることもできるんだね、きっと。すごいなぁ、どこまで神様はいろんなことが出来るんだろう。
なぜか長方形の白いテーブルが置かれていて、そこに大皿にもられたおにぎりとスープの器に盛られた豚汁が並んでいる。盛り付けていなかったのに、一瞬とかすごすぎる。
「御二方もお疲れ様でした」
「いえ、とても有意義な時間を過ごすことができました」
「……三角形に握るのは難しいのですね」
少し残念そうなリュディさん。大丈夫、おにぎりは数をこなせば握れるようになるから! 三角形にする必要もないし。落ち込みすぎだと思います。
「どうやって食せば良いのですか?」
「そうですね……」
リナアルド様はそもそも食事をしないので、知識として理解していても必要ではない。
それなら、と私は鮭の入ったおにぎりを手に取った、一応何が入っているかわからなくなるので、てっぺんに鮭を少し埋め込んでおいたのね。それを二つ手に取って、一つをリナアルド様に渡した。
「これは道具は使うのですか?」
「いえ、これはこう食べます」
ぱくっ、と慣れた手つきで、私はおにぎりを思い切り齧った。
あ~~美味しい!あまーいお米と、この鮭の塩っけがたまらない。少しだけお米から塩の味がして、海苔もしっとりしてて美味しい。ぱりぱりもいいけど、この時間経った海苔もいいよね。
「こう、ですか」
目を閉じたまま、リナアルド様は小さな口を開けた。
「もう少し大きく口を開いて、がぶっといきましょう」
「わかりました、ん……これが、おむすびですか」
口をゆっくりと動かすリナアルド様。物凄く遅いけど、よく味わっているようだった。
「これがあなたの美味しいという味なのですね、覚えました。ありがとうございます」
「そんな、私が食べたかっただけなんで。あ、リュディさんとマールさんもたべま……あれ」
また風景が変わって、調理をしていた台所に戻っていた。
「リナアルド様、まだ豚汁があるんだけどーー!」
「おにぎりで満足されたようですね」
良かった、とリュディさんは胸を撫で下ろしている。元々食べないみたいだから仕方ないけど、豚汁の味も知ってほしかったなぁ。
「ミル様、冷めないうちにいかがですか?」
「あっ」
そうだ、豚汁は冷めてない方が美味しい。
面倒くさいので立ったまま豚汁の入った器に手を伸ばした。
「う~~ん、美味しい!」
玉ねぎの甘みと生姜の甘みがたっぷり出てるし、豚肉の脂身もいいな。にんじんの甘さもいいし、ごぼうの独特の風味も肉の味に負けていない。こんにゃくとか里芋があってもよかったなぁ。
「これは食べたことのない味ですね、美味しいのですが」
「それは旨みっていうものが入っているからかもですね。この世界にはないですよね?」
「ええ、旨みというものはありませんが、スープはあります。ですがスープとは違う、どことなく心休まる味……」
しみじみと語るリュディさんの感想は、外国人が初めて味噌汁を飲んだ感想に似てる気がする。
「おにぎりも美味しいですね。しょっぱくけれどまろやかで、食べたことのない魚の味もします。お米とよくあうのですね」
「それはツナマヨネーズですね。他にもお肉入れてもいいので、おにぎりの具は自由自在です!」
ツナは邪道だっていう人もいるけど、私はツナが大好きです!
どうやらマールさんはツナマヨ入りおにぎりが気に入ったみたいで、二個目も同じのを食べている。口にあったみたいで、幸せそうな表情に私の心もほっこりする。
やっぱり美味しいものを食べている人の笑顔って、とってもとっても素敵だよね。
まだまだおにぎりは残っていたけど、冷めても美味しいからまだ後で食べよう!
「それではミル様、一休みされましたらお教えしたいことがあるのですが」
おかかのおにぎりを食べながら、リュディさんは私に伺いをたててくる。
「はいっ、食べてばっかりなので神様としてのお仕事を教えてください、先生!」
「その呼び方は控えてください、ミル様。私はあなたの下僕ですので」
「仕方ありませんよ、お父様。ミル様にとって教えていただく相手は教師になってしまうようですので」
三個目のツナマヨおにぎりを食べながら、マールさんは諦めるようにリュディさんに言ってくれる。
そんなに気に入りましたか、ツナマヨおにぎり。
「マール、分別をだな」
「お父様、ミル様がそうお考えなのですよ。徐々に呼称など変えればよい話ですし、それを言われるのであれば、ミル様に敬語をやめていただかなければなりません。ミル様は統べる神であり、命じる側の神になりますから。それをミル様は望まれますか?」
「神に誓って望みません!」
堂々と神様に、誓うって思わず言っちゃったよ!
「ミル様」
「お父様、ミル様の冗談というものです」
なんかマールさんの、私に対する理解の早さが怖い。その通りです、どんどん言ってください。
「申し訳ありません、ミル様。私にはまだその察することが……」
「私こそごめんなさい、少しずつ慣れていくのでよろしくお願いします! リュディ先生!」
先生と二回言われたリュディさんは、一瞬困ったような顔をしたけど、マールさんの視線で優しい笑みを浮かべてくれるのだった。