プロローグ
「おかえりなさいませ、カスティア様」
聞き覚えも、そして呼ばれたこともない名前に、やけに重い瞼を私は強引に開いた。
体中が酷くだるくて、この間初めて飲んだ酒を飲みすぎた朝のように気分が悪い。頭痛とか吐き気とかじゃないんだけど、眩暈が酷かった。
でも私がいるのは船の中でも何でもない、高級なベッドに寝かされているんだと思う。
「あのー私は」
「今はただ静かにお休み下さい、今は」
視界が明るくなったと思ったら、手で覆い隠されてしまう。
凄く優しい男性の声で、なんだかとっても安心してまた、眠くなってき……た。
ああ、でもなんだろよくわからないや。
おかえりなさい、っておかしいよね。
だって、私は確か。
死んじゃったんだから。
意識を失って、私は真っ暗な空間にふわふわと幽霊のように浮かんでいた。
眠ったのに眠っていない、そんな感じがする。
「んーでも、おかしいよね」
声を出したら、耳から聞こえてきた。ああ、話せるんだね私。
私の名前は石動 美瑠。苗字をよく読み間違えされる、二十歳になったばかりの会社員だった。
両親はすでに他界してたから、施設に入って十八歳で出て一人暮らしをして過ごしてた。
彼氏はいない、それどころか彼氏を作るよりも生活の安定が先だったから。
死んだ日も若いからって理由で残業させられて、二十三時に夜道を歩いてたら後ろから刺されておしまい。
一瞬過ぎて刺されたのはわかったんだけどね、意識失うのも早くて死んじゃうんだなって冷静に考えてたみたい。
……冷静すぎて、二十歳どころか三十歳に見えるよねと先輩に言われたこともあるぐらいです、はい。
見た目もお洒落じゃないし、髪は真っ黒で一つに束ねてるだけ。どうしても美容院代が惜しかったから、結ぶしかなかったんだ。幸いメガネとかコンタクトはつかってなかったけど。
そんなわけで平凡な私が死んだはずだったのに。
「なんでおかえりなさいなんだろ?」
『その言葉の通りですよ、カスティア様』
冷静な男性とも女性とも思える、中世的な声に私は反射的に声を荒げた。
「だから」
カスティアって誰なんだって……あ!
私は納得したように、手をポンっと叩く。
「そっか、これ転生とかでしょ? 最近流行の」
『……命はそう簡単に使用できるものではありませんが』
少し動揺した声に、私は面白くなって笑ってしまう。
「でも、その通りなんでしょ?」
『ええ。けれど厳密には転生というべきか、私には計りかねているのですよ』
「どちらにしても私は、死んじゃったってことは変わらないから前向きに生きるしかないよね」
悲しくないわけでもないし、悔いがないわけじゃない。孤児だったけど友達もいたし、仕事の残りも大丈夫か心配だ。
あ、社畜じゃないからね!?
残業代がおいしいんだよ! いまどきくれるだけでありがたいもの!
『順応性が高い点は相変わらずというか……』
私のことを知ってるような反応、うん、順応性は高いほうです。だってそうじゃないと生きていけなかったし。
「高いには高いですけど、私のことなんで知ってるんですか?」
『ええ。あなたは……説明は私の口からは終わりです。あなたの周囲の者が教えてくれるでしょう』
「そうなんだ、ありがとう神様!」
この流れだと教えてくれるってことは、転生先の神様とかだよね。
『私は神ですが……いえ、いずれ会うこともありましょう。さあ、もう一度起きて下さい。それが新たなあなたの生活の始まりです』
笑いを含んだ声と共に、私は何かに引っ張り上げられた。
これが転生なのか、と思いながら私は願った。
もう少し楽な人生になりますように、と。
『楽ではありません、あなたは神の一人となるのですから』
「え」
何の爆弾発言してくれるんですか、神様。
いや、待って私が神様になる!?
神様ってそんなにいるんですか、神様ーーー!