7『裏の裏』
──友達。
同胞、同僚、同士、同志。
仲間、輩、相棒。
親友、盟友、朋友、戦友、友垣。
竹馬の友、金蘭の友、管鮑の交わり。
Alter ego、Brother、Soul mate。
意味は知っている。
状況を問わず志を絆した者達の名称。
地位、階級、家族関係、年齢に拠らない対等。
同胞──はらからなら居る。姉が二人。
異母兄弟を含めれば、もっと。
しかしそうではないのだろう。
血統の繋がりが無くて仲の良い人。楽しい時を共有し、自然と距離が縮まり、手を取り合い時には喧嘩だってあるだろう。それすらも何の隔絶に至らない人。
友。
いただろうか? そんな人。
偶像を見るような目を向ける、羨望と畏れを隠そうともしない民。
壊れ物、腫れ物のように、安全な遠くで此方を見る騎士、従者。
恐怖し、気味が悪そうに距離を置く姉妹に父母。
この呪いのような力と美貌を利用しようと、我が身にしようと、政争の道具にしようと、手籠めにしようとする政敵の形を模した異形共。
自然と唯一の拠り所となった、生きとし生ける者、生けぬ物、遍く夜を銀光で道を照らす神、ルーナ、セレーネ。
皆、友ではないのだろう。
その強さ、美貌、在り方は、疎外されるには十分だったのだろう。
今の自分は、その環境に身を十六年置き続けた証左だ。
誰一人としてたった一人の少女と、或いは人間として見ていた者はいない。
それが当たり前で、それを理解している。
理解し、貴き血が動力の機械人形になった。
だから、それでも、力ある自分がそんな者達を、神を守れるようにただ直向きに強く在ろうとした。
しかし。
『助けたい、友達を』
出逢ってから少年の行動を全て見ていた。
言うことの聞かない、動く事も儘ならない。
周りは鬼哭啾啾。自分はそんなおどろおどろしい空間に雑多に並んだ檻の中にいて。
『殺すか否かは正気に戻せるか否かを先行してからだ』
その躊躇いを。
『丸で借り物の力を無理矢理使ってるみたいだ、な!!』
その慧眼を。
『言ってみるもんだ、言質も取った事だし、余計にアンタを殺すわけにはいかなくなった』
その決断を。
『おぉーこれで此処ら一帯を更地に変えられるし及第点…………………………ていうとでも思ったかふざけんな!』
……ちょっと茶目っ気な所も。
『悪い部分を切り取る。お医者さんみたいにな』
全て裏付ける、強さを。
少年が後に伝えた全ては、それを伝える前に行動で示していた。
誰にも守られた事のないこの機械人形に、なぜ、そうまで。
なればこそ、何だろう。
飢えた心に、暖かなコーヒー。
『助けたい、友達を』
はて?
いただろうか、そんな人。
今、誰にも踏み込まれる事のなかった少女の芯に、小さな熱が灯ろうとしている。
小さな、もらい火のような、色鮮やかな火花が。
▼▼▼
──トモダチ。
ソレは知らない。その存在を。
神によって造られたソレは、創造した者の意志によって必要な知識以外を排斥された、故に知らない。
あるのは飢餓、そしてそれを満たす手段。
後天的に手にしたその手段を行使しなければ、万物の生命の規律に従って自身は衰退し、軈て消えゆくのみ。
あまりにか弱く、獣の様な己に生きる道は唯一つ。
喰らって、消化し、糧とする事。
それが、気持ちいい。
なぜ気持ちいいのだろう。
無色透明だった飢餓には理解できない筈のそれ。
誰かがそれを思っている。
その誰かの残滓。
白紙の絵画へ絵具を描き殴る様に。白いから、透明だから何色にでも染まる、染まってしまう。
だからソレには理解する必要がない。
最初からそうなるから。
誰もそれを咎めない、咎められない。強すぎるその絵具を、極熱を、止められる者はいない。
それは例え数日前に取り込んだ女の『爛魂』だろうとも。
時が至れば、逆に染めてしまうのだろう。
しかし何故だろうか。何でも取り込めるソレは、だからこそ知らないモノに疑問を呈する。
トモダチ。
なんだろうそれは。
十全に取り込めず、心奥が掴めないあの女が言っていた。
もしや、口を潤し喉を伝った、温く黒いあの液体。
軋み、己すら知らず悲鳴を上げる芯を融かした、知らない苦味。
女から伝わり同調した、あの知らない温もり。
あれがそうなのだろうか。
或いは、あの男がそうなのだろうか。
だとするなら。
嗚呼、ならば。焦がれるようなこの熱情。
ただ欲しいと、ソレは思った。
どす黒い筈の芯に、嘗てのような無色透明な熱が灯る。
斑な、火炎のような、強い欲が。
▼▼▼
本来交わる筈のなかった者達が、たった一つを求め期せず相乗し合い、終着点へ至ろうとしている。
それは果たして誰かの思惑の内か、それを淘汰する埓外か。
その時は、刻々と近づいている。