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佐藤天谷の『違』世界事情  作者: 中棚彼方
5/8

4『肉塊少女と文学少女と』



 ────────────。


「────ブフェッ……………………………………ぬ?」


 出口を求めた空気がようやく吐き出される。

 無酸素運動の後のようだ。

 息苦しかったのは今まで呼吸を忘れていたかららしい。

 瞼が震える。視界がとても暗い。



 時分は逢魔が時。場に人の手があればそこに人工灯が合って然るべきではある。しかし破壊された室内にそれを求めるのはナンセンスか。

 以前脱衣室だったこの場を照らすのは今や向かって正面奥の廊下の先、リビングの扉から覗くLED灯の光だけだ。今はそれがとても遠くに感じる。



 いや、訂正しよう。背後の状況は振り返らないと分からないが、確かに他にも照らすものはある。


 天井の一部が崩れた所から内に入ってきたそれは、淡い薄明光線。

 その根源は『月』

 ()()もそれを見たがっていた。

  

 天谷の目の前に君臨すべし輪郭はおかげでまあ鮮明だ。

 ああ。

 魔法陣だ。


 半透明のでかい魔法陣が目の前にある。

 半透明の魔法陣から奥に向けて何か生やしてる。

 現在地からでは中身が真っ黒いことしか分からない何かが生えてる。


「(いや邪魔くさ……うお動いた)」


 たった今の天谷の思考を(おもんばか)ったとばかりに天井に向け移動していく魔法陣と黒いアレ。


 上昇する過程で黒い物体の外装が薄明光線により露わになる。


「(腕……いや籠手か?何で今このタイミングで?

 ……え、てかそうぬるっと動くの? て待ておぃどこ行くねん。そう動くと天井が、おい天井メキメキしてる。ああ上に、上にああバキバキ逝ってるってやめろやめろストップ壊れるイヤーッアギャーッ!!?」


 スマートフォンでスワイプしスライドするアプリも斯くやのその気安さは、しかし新たに生まれる破砕音とバラバラと崩れ落ちる天井の成れの果てがこの謎魔法陣と生えてる何かの実体を物理的に証明してくれた。

 そんなQEDは御免被りたかった。

 これを気にリフォームするのはどうか。

 夢心地と言う名の現実逃避。



 上にスライドしていく魔法陣、止まらぬ破砕音。さながらサイドブレーキを外した下り坂の重機のような力強さでゆっくりと上昇していく。さっきから止まれと願っているのに問答無用と下り落ちるように上昇していく。

 そろそろ二階に到達しそうだ、天谷はここいらで我が家の最期を幻視した。天然の吹き抜けとは恐れ入った。大した突貫工事である。


 アゲアゲな黒い中身の外装は果たして『掌』のように見えた。鉄とも鋼とも金とも銀とも言えるような言えないような、綺羅びやかで豪奢で頑強な、さながら『騎士の掌』といったところか。拳を握り込めば幅は自身の背丈を越すだろう、大層な巨腕だ。少なくとも膂力(?)は重機にも劣らないらしい。


 その巨腕が視界を開いた先。


「えぇ……」


 こちらもまた非常に肉肉しい巨塊を腕半ばから生やした美少女がいた。

 寧ろ美少女が生えてきてる様にすら見える。


「沙耶○唄かな?」


 ()(かく)美少女が肉を『掌』に鷲掴まれて上に行くに連れ宙吊りにされようとしている。

 力を抜いてるのか為すがままに垂れてる光景は小さい女の子がお供に連れてるお人形さんのようでシュールだ。

 ハートキャッチ美少女(肉)


 もうそのまま『掌』ごと月の彼方まで全部飛んでってくれないだろうか。我が家の荒れ具合も相俟ってもう凄く面倒くさいし早急に布団に(くる)まってゆいゆいと添い寝したい。抱き枕カバーでもこの際妥協する。


 同時に天谷は今に至る迄の過程を思い出しつつあった。

 こちらの配慮を蹴落とさんばかりに脱衣室を開けたら目の前に立ち塞がった挙句散々傷めつけられるわ辱めを受けるわ、挙句たった今部屋は破壊されようとしている。『掌』は知らん。


 許されざる所業だ。

 有罪(ギルティ)だ。

 例え乳首を舐めてきた相手だろうとそれは譲れない。某ABCのAをかっ飛ばしてBに胴体着陸するその度胸は褒め称えたい。しかしその末に家まで潰れたら堪ったものではないのだ。即有るべき滑走路へ返還願おう。そして落ち着いた暁には今度は互いの了承の元喜んで搭乗しましょうとも!

 とか考えてる間にも彼ら(?)はどんどん上に上にと上がっていく。

 我が家開通まで既に秒読みだ。遂に美少女の足が床から乖離してしまった。


「もうさ、ほんとどうすんのこれ、どう収拾付けたらいいの? おいアンタ、そうだよアンタだよ。元はと言えばアンタが原因だろ。取り敢えずそれ仕舞お? 話し合お? アンタそいえば腹減ってたんだよな? 悪いが腹の虫ががなり立ててたの聞いちまってな。ああ気を悪くしないでほしい。分かるぞ、その気持ち凄い分かる。腹減るあまり思わず内臓が腕から先走っちゃう気持ち凄い分かるぞ。こんなんだったらやっぱりコーヒーだけじゃなくて他も走ってでも用意しとくんだったな。安心してくれ今から五分くれたらカップ麺の一つは買ってきて 」


「アハァ」


「やるぉっ?」


「アァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 事更に寝て一日をリセットしたい衝動に駆られる。

 しかしそうは問屋が卸さない。

 遂に食欲が限界を超えたらしい。発狂するほど腹が減るとは果たしてどんな状況か。断食した事ない天谷には想像がつかない。


 美少女の発狂に呼応して周囲の空気が変わるのを天谷は感じる。

 状況は直後変動した。


 美少女を捕らえる『騎士の掌』。

 それ諸共(・・・・)肉の塊を雄々しく振り回し天谷に向け叩きつけてきた。途中の障害物は全て関係ない。狙いの天谷まで曇り無き一直線だ。

 美少女の肉の巨塊は『騎士の掌』の力を上回っていたようだ。

 そこは下回って欲しかった。現実(ノンフィクション)は非情である。


 天谷の反応は早い。

 振り下ろされる直後少女の浮いた足元──床を助走無しでスライディングした後華麗に前転、事無きを得る。

 直後後方では破砕音が鳴り響いた。ドゴォではない。

 バキバガバゴォッッッ!!だ。最早修理ではなく新築からになるだろう。頭金はあれど打ち合わせ無しの解体工、無性に泣きたくなった。


「んもおおおおおいい加減にしろよぉ巫山戯んなてめぇ損害賠償だぞ責任取れんのかよあのアホロリ女神なんてもん寄越しやがってんだ飯食えないからって癇癪起こすのはガキとデブの特権だろぉぉぉぉおおお!!?」


 偏見である。

 届いてるのか否か。

 回りがまともな反応をしてくれない手合いだとさっきから独りで喚いてばかりだ。ここに常人はいないのか。いない。



 滑り込んだ先は美少女の背後、廊下。

 勢いそのまま喚き散らしながらリビングに転がる様に入室。

 即座に周囲の状況を確認する。


 あの脱衣室のバラし具合とは反対に荒れた様子は見えない。

 台所には二日三日ほど溜めたシンクの食器、美少女が寝ていたソファーの上には畳まれた毛布と中身が空のコーヒーカップ。

 ちゃんと飲んでくれたらしい。

 少し嬉しい。


「アハァ」


 声が聞こえて間を置かず前方に飛び込む。

 勢い余って目の前の壁にぶつかってしまう──寸前右手を伸ばし緩衝を施さんとする。

 ズボッと右手が壁に沈んだ。

 コンクリートではない部屋の内装は思いの外脆い。

 散々である。


 そして三度(みたび)のゴッ! と景気の良い破砕音。

 転がった末背後を向いたら既に美少女は立っていた。

 入口のドアと壁と天井は崩壊。縦に腕を振ったのが綺麗に切り抜かれて消え去っている故に判りやすい。上から色んなものが美少女に降ってきてる。

 バツンっと玄関の方から嫌な音が聞こえた。同時に我が家から明かりが消えた。

 今の一撃が屋内の電気配線も切断して分電盤の中のブレーカーが落ちたらしい。

 もはや頼りは月光の灯りのみだ。

 月の薄明光線に照らされ『騎士の掌』ごと腕を振り抜き床を打ち抜いた態勢で、美少女はそこに君臨する。


 仮にあの『騎士の掌』が自身の内なる第三の力だったのだとしたら何とも情けないと思わずにはいられない。その図体の大きさは飾りかよと。せめて奴を食い止める重石にはなって欲しいくらいではある。というかこれでは最初と立場逆転しているではないか。

 だがしかし、それとも。


 あの美少女兼肉の塊は()()()()に強力で、文字通り手の付けようの無い存在だとでも言うのだろうか。

 願わくば只の腹ペコ美少女であって欲しい。


「(どうせ違うんだろうけど)」


 それにしてもこんな非日常な出来事に対して比較的冷静な自分には感服物だ。日がな毎朝(くだん)の『血塗れ先生』に追い回された過去が幾分影響しているのかもしれない。或いはそれ以外の非日常も。

 人間生きてれば何が役に立つか分からないものだ。もし次あった暁には先生にお礼の一つでも交わそう。また開口一番ビームを放たれそうだが。


「アハァ、何故逃げるんでしょうかァ? あ、分かった。怖いんですかぁ! 恐怖ですねぇ! 尚良しぃいいいひひいひますぐ食べさせてくださいよォッo逃げっoooてooおoooおoおぉぉぉボボボボボボボホ殺すぞぉっほ?」


「(怖えええええ)」


 こっちはこっちで口から毒電波を出してくるし、マネキンの方がまだ可愛げがある挙動がキモい。前門の美少女、後門のビーム。逃れる術は無い。

 もう会話が通じる相手とは思わない。大人しくしてもらうにしろ何にしろ一度無力化するしかない。

 それ(・・)が自分(・・・)には出来るから(・・・・・・・)、やってやろうじゃないかと。

 天谷は覚悟を決めた。


「殺すか否かは正気に戻せるか否かを先行してからだ」


 まず、手を伸ばせば届く範囲にあった3人掛けソ(・・・・・)ファーを片手(・・・・・・)でぶん投げた(・・・・・・)


 通学時使用する道路──に面した大窓に向けて。




 ▼▼▼




 堀江千絵(ほりえちえ)は気落ちしていた。

 何てことはない。今日の『pass測定』で自身が思う最善の結果を出せずに終わってしまった故にだ。

 しかしそれもある種当然だったのかも知れないとも思う。

 『pass』とは運動とは似て非なる事象、力だが、裏を返せば似ているに違いはない。

 つまり体力の有無は『pass』において必須要項なのである。

 運動神経がいい人間は『pass』との相性がいい、それは逆もまた然り。

 後者に並ぶ千絵の反省点はそこに尽きる。


「……やっぱり、ジョギングくらいはするべきなのかな……」


 改善策は当に分かっている、必要なのはもう一押し。

 よくある話だ。

 思春期の少女に正しく自身もまたそれに当てはまる。

 先日体重計に乗った時の衝撃は忘れられない。

 五キロ、そう。

 中等部を卒業してからの春休み期間を超え、今に至り5kgの増だ。

 ある意味『pass』以上の懸念事項。


 自称他称文学少女で押しと陽キャに弱い掘江千絵は『pass』もそうだが春休みに増えた体重に頭を悩ませている。


 今日はそれ等を払拭する意も込めて別天津(ことあまつ)学院の図書室で時間を潰した帰り道、何時もより遠回りして自宅への帰路に立っている次第である。

 これで中々行動力と実行力はある堀江千絵。伊達にクラス内で入学後2週間経った今文学少女の二つ名は賜っていない。周囲に認めさせる読書への執念は彼女の往来の一つに集中できる気質によるものだ。お陰で見事に5kg増やした訳だが。


「……ちょっと時間掛け過ぎちゃったかな……、もう暗くなってるし……。……うん、ここは早歩きで……」


 ポソポソと小さな独り言と裏腹にフンスフンスとうろ覚えの知識を身体の動きで現す。身体は元気だ。声の小ささと独り言はこれまた往来の性質。文学少女を地で行くスタイル。一度陽キャと触れ合えば化学反応が起こる弱小種族。衆目が無い場所は我がテリトリー。


 両腕をイッチニッと上げては下ろし、その度に大股で道路を闊歩する。

 暗がりの上り坂を歩いていると不思議な高揚感がその身から溢れてくる。 

 加えて自身と同年代の少年少女が大部分家でTVを見てるか何かしてる時に身体を鍛えているという行いが、千絵にとってほんの少しの優越感と全能感を与えてくれた。

 何だか清々しい気分だ。


「……フフッ」


 そう、陽キャだ。今自分は論理的陽キャの一端に足を踏み入れた。それも大股で。

 肩まで伸びた赤紫色の髪と瞳が今、爛々と輝いている。そんな気さえしている。

 そんな折。


 ガラスが砕ける音。

 千絵がアスファルトを踏み締める。

 大きな物体が鼻の一寸先を通過した。


「え」


 横のブロック塀にそれが直撃、その両方が砕ける音と(つぶて)が舞う。


 ゆっくりと散乱した何か──大きめのソファーだったものを見る。

 次いでブロック塀の砕けた跡を見る。

 最後にソファーが飛んできた方を見る。

 全裸の男が今まさに飛び出して来たところだった。

 ファビョった。


「に゛や゛ぁ゛ああああああああああああああああッッ!!!??」


 全裸が外に飛んだ直後、元いた明かりのない建屋から一際大きな音が立て続けに轟いた。千恵はそこで目前の異状に気づく。

 根幹たる支柱が折れたらしい。

 わずか数撃によりニ階分の重みを看過できなくなり二階が一階に雪崩れる様に倒壊する事となった。さながら出来損ないのダルマ落とし。


 間違いなく千絵は人生で一番でかい声を出した。赤子の頃など比べるべくもない。


 情報量が多過ぎる。

 でもまず全裸だ。

 全裸がこっち来た。

 全裸の男がこっち来た。

 何処に出しても恥ずかしい全裸だ。

 男の男たる男がぷるぷる揺れてる。

 逃げようとするも足がぷるぷるして立てない。


 どうもこうもしないからもう教科書や読書用の本が入った手提げカバンを放り出して両手で目を隠す他なかった。決戦兵器女のコ座り。

 気絶しないだけ勲章ものだ。

 ああ、全裸の男が、全裸の男がすぐ目の前に。

 指の隙間からアレが、見えてしまっている。


「──ぅわぁ、どうしょぅこれ。もうマジ無理……アイツとっ捕まえて『双星信徒(エンブリオ)』に全額請求──え」


「ふえ」


 目があった。目が合ってしまった。

 色んな感情が綯い交ぜになってとにかく困った顔を泣き散らかす顔。

 黒い瞳。

 見覚えのある顔。

 そうだ、学院にニ週間前──入学式の次の日に転校してきた男。

 名前は佐藤天谷。

 黒髪黒目、何を考えてるか良くわからない、今日の『pass測定』でアホみたいな挙動と記録を打ち出した男。


「あ、天た──佐藤君……」


「あの時俺の事怖いって言った子じゃん」


「ぴぃ」


 ブワッと全身から汗が噴き上がる。

 あの喧騒で何故聞き取れた。

 何だったら現在進行系で全裸野郎は怖いに決まってるが。

 千絵の脳が人生最高の回転率を稼働する。


「えひっ……えう、え、え、…………うええええええ」


 泣いた。

 キャパが足りなかった。

 でもしっかり指の隙間は空いていた。


「え、何で? そこ泣くところ? ちょっと待て落ち着こ『えええええええええええええええええええええええ』いや長えよよく息続くもんだな!? てかどこ見て……???????????????????」


 そしてようやく天谷は自分が全裸だったことに気付く。

 美少女七変化と我が家の倒壊は自身の湯上がりの肌寒さなど埒外にぶん投げた。おかげで今度は社会的死が鎌首を擡げてきた。

 取り敢えずあたりを見渡してみるも隠せるものが無い。この瞬間天谷は間違いなく身一つしか己を成り立たせるものがなかった。

 何より指の隙間から見つめる同級生の目線の先が常時下腹部に集中してたのが辛い。たった一日で二度美少女にチ○コ見られて辛い。

 切実且つしめやかに清水の舞台から飛び降りたくなった。

 そうこうしてたら最初にチ○コ見た美少女が瓦礫の山から粉塵上げて顕現した。

 心労でズタズタの全裸にはキツい手合だった。


「アハァ」


「それしか言えんのか」


「んお? オホォ ンホォ」


「それは然るべきとこで好きなだけ言ッて下さい。あー、堀江千絵さんだったっけ? 悪いことは言わないからここからいなくなってくれないだろうか。アイツはな、あれだ。ちょっと腹が減ってご機嫌斜めなんだ。アンタも八つ当たりは嫌だろ?」


「えぅ、名前覚えられてる……」


「気にするとこそこ!? 嫌そうな顔しないでホント俺だけこの状況全部ほっぽって現世から消えるよ、いいの!?」


「だ、駄目ですぅ。あ、足が」


 腰を抜かした堀江はそこでようやく視線を天谷から外し──腐乱したような穴だらけの肉塊を生やした少女が、限界まで口角を吊り上げて自分を捉えていた。


「えへ」


「ひ」


 恐怖が溢れる。

 肉塊が持ち上がる。

 振り下ろ──前蹴り。


 強烈に勢い付けて少女が真後ろの瓦礫の上部──元々2階の天谷の部屋だった場所に突き刺さる。

 全方位に撒き散らす粉塵。

 飛び散る様々な残骸。

 一足に飛んでその中から目当ての物を掴み取っていく。

 地に降り立った天谷が上からゆっくりと落ちてきた布切れを右手で掴み掲げた。

 チェックのガラパン。

 そして左手にはTシャツ、上下統一色の黒の詰襟学生服。どれもこれも砂礫まみれ。

 (むせ)び泣く堀江の目は天谷のチ◯コを捉えて離さない。

 ちゃっちゃと天谷は着替え始める。


「そう何度も同じ手は喰らわねぇってぶぇ」


 ガラパンTシャツヨレヨレのズボンを履いて上着を羽織ろうとした所で、瓦礫をぶち破って来た肉塊が天谷を弾き飛ばした。自分が投げ飛ばしたソファーの元にそっくりそのまま突っ込んで塀をさらに薙ぎ倒す。


「なぜ?」


 再び瓦礫から這い出てきた少女が胡乱げな目を向ける。殴り飛ばした自分の右手に。


「な、ぜ喰えないのです? 今、わ、ゎたし、()()で触れましたよね?」


「知るか。その腐った部分切り落としてから出直してこい」


 ゆっくり起き上がった天谷がしっかり掴んでいた学生服を今度こそ羽織る。

 少女に殴られた(接触した)肌面が痛い。傷口をたわしで(なぞ)られているような粗雑な激痛。

 それをおくびにも出さず天谷はようやく構える。


 上体を横向き、足を前後に肩幅より開き、前足と同じ方の腕を前方に上げる。重心は体の芯よりやや後ろ。目は前方を見定め腰は緩く下へ沈ませ、上半身は天から吊り下げられるように。


 天。地。人。併せて三体。


 言わばそれは中国拳法における形意拳、三体式に似た構え。相違点は、両の拳が()を軋む程握り締めている事。硝子をやすりで削るような音が断続的に堀江の耳に届く。


 が、しかし。

 やめた。


 そこかしこから視線が路上に現れ出す。

 音を聞きつけた近隣住民。

 玄関の戸を開け覗く人、窓から隠れてこちらを見る人、携帯端末を耳に当てて何処かへ電話する人、一様に驚愕不安恐怖好奇を表情に浮かべて。

 共通して、皆目を逸らさない。


「(……遅すぎる)」


 外はもう暗い。4月の7時を迎える時にあれだけの轟音が響いていたらもっと早い時点でこうなっていた筈だ。なぜ今の今まで堀江千絵以外が姿を現さなかった。


 なにかの作為を感じる。


「(……見られていた、あるいは仕組まれていた。()()()())」


 誰が?

 第一に肉塊少女。次点は文学少女。大穴に女神幼女。

 ルーナは無い。何故ならそれをするメリットが無い。実は別の目的があって虚偽を吐きこの世界に連れて来ただとか言い出したらキリが無いから現状無罪。

 普通に考えれば実行犯の肉塊少女が有罪だが、なら何故この瞬間に人の目を集めた?喰えないと言っていたのは人体の事。ならばこれは人を喰う為?


 視線を前へ向けたまま堀江をチラと見る。

 身体を震わせ顔を青白くしながら天谷を見続けている。何か出来るようには見えないが演技の可能性もある。


「(……二人とも俺だけを見ている。周りを気にした様子はない。つまり二人にとっても範疇にない。……()()()()()()()()()()()()?)」


 そうだとするならば。

 善悪問わず仮に第三者が絡んでいたとするなら、その()()にとってもこれは埓外だということ。

 そしてそれには自分も賛成であるということ。


 ここ周辺でそれなりの広さで人の集まらなそうな場所を思い浮かべ、それを実行に移す。そこまでのビジョンが見えて──


 ドッッッ!! と唐突に肉塊少女の右下から魔法陣と共に現れた『騎士の掌』が、肉塊少女を掴んでロケットのように空に向かって射出された。


「えぇ…………」


 その場にいた誰もが吹き飛んでいった彼らの軌跡を唖然と見つめる。例外はいない。堀江すら身体の震えを止めて呆気にとられていた。


「(あれでも……、なるほど。便利だな)」


 天谷は今考えた事と『騎士の掌』の現れたタイミング、飛んでいった方に何があるかを理解した。

 次いでそのままだった構えを解き、放心していた堀江に近づきあれよあれよとお姫様抱っこでホールドする。


「という訳でちょいと付いてきてもらうぞ」


「……え、な、へ!? ななな、へぇ!?」


「シロだとは思うけど、一応怪しいからな。よーし行くぞー!」


「なんのこ──」


 堀江が顔を信号機みたいに真っ赤にしたり真っ青にした直後、おもいっきり地面を踏み砕いた天谷が『騎士の掌』と全く同じ軌道でぶっ飛んだ。



 残ったのは何が起きたのか理解出来ず視線をばら撒く一般市民。

 無惨にも陥落した佐藤家の城。


「……」


 行使された()()の残滓が、仄かに。



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