一章 第一話『森家の呪縛』
うとうとしていたことに菊介は気づいた。時計をみると三時半になる。最近では森財閥の仕事の多くは長男の楓に任せていることが多い。
もっぱら最近は森家にかかわる雑事を処理することが増えている。
「それにしても母方とはいえ富田の直系ではない家まで潰す必要があるのか疑問があるな。我が家の呪いか・・・。」
森家の分家筋のさらに分家筋には富田家が森家に呪いを仕掛けたことになっている。しかし実際は違う。
幕末に加賀藩と富山藩の富田家を取りつぶさせた際に、富田家の資産と富田家が管理していた藩の資産を抑える役目を森家は受け持っていた。しかし、実際のところ、その資産のほとんどは藩には返還せずに森家のものとしてしまった経緯があった。
そのためこの事実が広まれば前田家からも睨まれることになるし、なにより外聞が悪くなる。簒奪家は相手にされない恐れがあるのだ。
特に日本の上流社会において明確に天皇家の血筋の家系から資産を強奪した事実が明るみに出れば、それは、百年、二百年たとうが、森家の名声が地に落ちる可能性がある。
だからこそそれを無かったことにするために森家は富田家を断絶に追い込むべく約二百年、共犯者の辻家とともにその存在の抹消を謀り続けてきた。
菊介にしてみればそんな馬鹿なことにいつまでも付き合わされるのは御免こうむりたいのが本音である。
富田家の者もいまはもう没落してほとんど力をもっていないに等しい。
しかし、懸念する事柄があるのも事実だった。それが幕末に富田家を接収したときに手にいれた『因果の書』のことである。
この『因果の書』というのはいわゆるオカルトまがいの内容がかかれている書物にみえる。しかし同時にこれは天皇家から伝わる呪術や典礼の意味を示した書物で、他人の運命をうばいとりじぶんのものとする方法の理論が書かれた書物なのである。
森家がここまで大きくなれたのはこの書物の内容によるところが大きいと先代の宗家は口を酸っぱくしてまで菊介に教え込んでいた。
菊介としては半信半疑ではあるが、森家の血筋の人間の多くがこれを信じている。
一部では幸運を奪う方法だと伝わっていたりする。
(強大な運命をもつ人間から運命を分けてもらえば大成するか・・・。だがそれはもとの運命の持ち主ほどの働きはその幸運からは得られない。)
森家が衰微していっていることに菊介は恐れを抱いていた。バブルの時期に大きな失敗をしたのも痛かった。しかし、『因果の書』の理論を実践することで森家には非常に強い運命をもつ集団となり、行政府の長になった人物すら輩出した。
しかしほかの分家の連中が目を付けていないこの『もとの運命の持ち主ほどの働きはその因果律からは得られない。』という一文が北陸地域全体の衰微に影響を与えているのではないかと菊介は考えていた。
(もとの流れからのロスする分をどうにかできないかだな。それをどうにかできれば、森家は浮上できるかもしれない。上流社会での扱いの軽さから逃げれるかどうかだな・・・。)