特殊任務
サヤカを殺した男、俺を瀕死に追いやった男、アンダグ、そいつがマフィアの抗争に巻き込まれ死んだことを告げられて早3日経っていた。俺はろくに食事も取らず自分の部屋に閉じこもっていた。
「由貴さん…由貴さん起きてますか?返事くらいしてくださいよ」
チェルはすでに完全復帰し、いつも俺の様子を見に来る。でも、俺はそんなこと気にしてる余裕はない。俺はどうにも引っかかっていたからだ。あの手練が、マフィアの抗争に巻き込まれたぐらいで死ぬはずがない、と。
そんなあるとき、総隊長、ミゲル・リンドウからKAIMの全ユニットに緊急指令が降りてきた。内容は、あるマフィア組織の大規模なテロ行為を未然に防ぎ、そしてその団体の殲滅だった。
「めずらしいな、マフィアの殲滅なんて」
「あぁ、最近はずっと目立った殲滅作戦なんてなかったのに…お?ようやくリーダーのお出ましだな」
俺は指令を受け、ユニット8の指令所に降りてきた時に懐かしいメンツに再開した。
日村俊哉と、ジョセフ・マリーナ。6年前共に戦った仲間たちだ。そして、頼れる兄貴分たち。
「ちょっとやつれた?6年ぶりだね由貴。」
「すぱぁ…てめぇちょっと見ないあいだに幸薄そうなツラになったなぁ、お?こっち側来るかあ?ははは!」
「…としさん、ジョセフ…!!」
「まぁ、感動の再会は後だよ、先に指令を受けてしまおう。かなり緊急みたいだしね」
「はい!」
俺はそう返事し、指令用端末を開く。
モニターにミゲル・リンドウの姿が移り、ビデオメッセージが再生される。
「全ユニットに通達があったとおり、14日0800より、あるマフィアの殲滅作戦を行ってもらいたい。ユニット8には逃走を図るものたちの処理を願いたい。作戦の詳細については……」
「…残党狩り…ってことすかね」
「みたいだね。どうする?残党狩り程度ならそこまで戦力を割かないでいいようなきはするけど」
「いえ、頼れる少数精鋭のフルメンバーで行きましょう。小隊は俺、としさん、ジョセフを隊長にして3つ、編隊は3人1組で。主先行は俺、あと詰めは二人の小隊でおねがいします。俺はチェルとユリカを連れて行きます。としさんはアイナともう一人、ジョセフは更にバックアップ特化で」
「了解」
「おっけーリーダー」
日村俊哉、通称としさん。年齢は俺の一つ上で、白兵戦に特化した人材だ。何より銃器の扱いがうまい。
ジョセフ・マリーナ。機械に強く、戦略に長けてる人だ。そして俺、遊撃特化のオールラウンダー。これでユニット8の作戦に失敗はない……はずだった。
翌日0745、俺たちは事前に指定されたポイントにだんじり(各ユニットにひとつ与えられる母艦の役割を果たす2Tトラックサイズの特殊車両)を用意し待機していた。
「……」
「…ふぅ…」
俺とジョセフはだんじりの外で6年ぶりに並んでタバコを吸いながらその時を待っていた。
「こうやって並んで一服は6年ぶりだな」
「あぁ、懐かしいな、二人で色々任務をこなしたのが、昨日のことのようで遠い昔のようにも感じる」
そう、俺とジョセフは同期で、訓練時代のツーマンセルでいろいろな実地研修に参加していたのだ。
「…お?俊哉から偵察の画像が送られてきた。」
ジョセフはノートPCを片手にその結果を閲覧していた。ちなみにジョセフはとしさんの2つ年上なので、としさんを名前で呼び捨てている。
「おい、見ろよ、これがマフィアの何人かを撮影したやつだ、武装はサブマシンガンがほとんどだな」
「あぁ……?!」
「ん?どうした由貴」
「いや…なんでもない」
見間違いだったのだろうか、確かに今見た画像の中にアンダグの姿が映っていた。他人の空似ではない、俺がやつの姿を見間違えたりするものか。
「…いますぐとしさんに連絡を、偵察は終了。直ちに帰還し、だんじりで待機。前線指揮はジョセフに一時的に譲渡。俺が偵察に向かう」
「は?!おい!!」
俺はいてもたってもいられず、偵察を指定した場所まで走っていった。
少し走り、すぐに目的の場所に到達した。
「…あれは…たしかにアンダグ!!」
今回任務の目的地となっていたのは郊外の森の中にある屋敷。そこが殲滅対象のマフィアの隠れ家となっているからだ。俺たちは突入部隊の反対側に待機し、逃走してくるものを狩るのが任務だ。そして、偵察を指定した場所は屋敷の裏からつながる獣道の少し開けた場所だ。その場所は周囲の一部が山になっており、その上から偵察するという形をとっていたのだが。
どうする?と自分に問う、このまま突入して敵を殲滅するかどうか。だが、下手すると殲滅作戦のリザルト(組織状態)に響いてしまうかもしれない。だが。
「……殺す…!!」
俺は目の前の敵を消す以外を考えれなかった。としさん達とは道中すれ違わなかった。だから彼らがどこにいるかなんて知る由はなかったが、とにかく単身突撃をかけた。
「…!!」
俺は携行していた消音銃で他に4人いた雑魚をヘッドショットで仕留め、すぐにアンダグに駆け寄る。
「アンダグぅぅぅ!!!」
「な、なんだ?!」
俺はあらかじめ用意していたコンバットナイフで急所をひと突きしたが、あまり手応えはなかった。
「お前もサイボーグか!!」
「お前…見覚えあるぞ、6年前に女を殺したとき食いかかってきたガキだ!」
「……らあああぁぁぁぁっ!!!」
俺は我を忘れた勢いでアンダグを滅多刺しにし、サイボーグのライフラインとなる脊髄ユニットにまで手をかけたところですこし冷静を取り戻した。
「はは…ひぃ…それをちぎられると、俺は死んじまう…」
「……なら答えろ、6年前のあの日、なぜ俺たちを手にかけようとした!!」
「ひ、言ったらクライアントにころされちま…」
「なら今ここで殺されて死ぬか!!」
脊髄ユニットを握りながら脅した。
「ひっ…言うよ!ミゲルリンドウだよ!あの男に命令されたんだ!ここのマフィア組織だって、リンドウにいいように動くように飼いならされた使い捨ての組織なんだよ!!」
「なに…?!」
マフィアを許さず、世界の平和を望むはずの男が、一体何を企んでいるというのだろう。「どうしてリンドウ氏がそんなことをするんだ!マフィアを飼い慣らすだなんて…」
「金だろ…今カイムという組織はたくさんのスポンサーが付いてる。金の動きはすざましいだろうが、まだ足りないって言うんだろう…俺らマフィアを使って、よりカイムを売り込んでってるんだろう」
「なら、何故その飼ってるマフィアを殲滅する必要があるんだ」
「ボスが掴んじまったんだよ…リンドウのやばい情報を…俺も詳しくは知らないが…なぁ、頼むよ。俺はもう抵抗しねぇ、命だけは…」
「……」
俺は考え込んでいた。何故、何故と。このような状態になっていることについて考えた。「……お?カイムさんよ?」
「……」
「ちょっと…ショック受けすぎじゃねえか…っ!!」
アンダグはナイフを握り締め振りかざしたが、俺はそれを意に止めず無力化した。そのまま。
「あぁ…ぁ…やめろ、やめてくれそれ以上は…が…」
「お前にかける情けなんてない」
一言つぶやきながら俺は脊髄ユニットを握りつぶした。
「俺は…これからどうすれば…」
世界平和を本気で願ってたわけじゃない。ただ、自分の大切な人が平和で幸せに暮らせる世界、そんな世界を作りたくて頑張ってきた。そして、それを壊された時から俺は壊したやつをこの世から抹殺するためだけに生きていた。そして、また新しい大切を見つけることができた。
それなのに、俺は俺と彼女の居場所を否定されてしまった。特に、彼女…チェルにとってこの事実はおそらく耐え難い苦痛になるだろう。
「とりあえず、奴らを無理に殲滅する必要はないな……」
俺は携帯端末からユニット8のだんじりに待機しているジョセフを呼び出す。
「俺だ、ユニット8に撤退の命令を出してくれ。任務は終了だ、俺もすぐもどる」
「なんだと?どういうことだそれ。しっかり説明しろ」
「帰ってから話す…あと、全員指令所から2日ほど出ないようにしてくれ。責任は俺が持つ」
「おい待て…」
俺は言い切る前にジョセフとの通信を断つ。そしてそのまま本隊の場所へと向かった。気持ち程度の足止めのトラップを残し、あくまでもユニット8は仕事をしたということにして。
1時間ほど走った所で、本隊に合流し、リンドウ氏に面会のアポイントを取る。
「おぉ、ユニット8リーダー、伊座凪由貴、よく来た…と言いたいところだがまだ任務中だ。持ち場を離れるとは関心しないな」
「しっかりと残党を逃げれないようにトラップをしっかり貼っておいたので大丈夫です。それよりも、少し小難しいお話が」
「ふむ、いいでしょう、周りを少し下がらせよう…で、話とは?」
「そうですね…まずは今回の目標になってるマフィアについてなんですが」
「ん?」
「一体どんな情報を掴んだというのですか」
「なんだと、なぜそんな話を知っている?!」
リンドウは少し慌てたように言った。やはり何かあるのに間違いはない。
そんな時にリンドウの端末がなる。
「なんだ、レイジング・ブル」
「隊長、ベイター・ボンズを取り逃がしました」
「何をやっている!有無を言わさず殲滅しろといったはずだ!早く捉えて殲滅しろ」
「りょ、了解しました!」
ベイター・ボンス、その男がおそらく今回の鍵を握っているのだろう。
「あの男を殲滅すればよいのですね…」
「まて伊座凪、お前はそこに行く必要がない」
リンドウの表情が普段表で見せる慈愛に満ちた表情なんてものではなかった。嫌悪と憎悪に満ちたような、醜悪なツラをしていた。
「…そうですか」
俺はそう言いながら体内のサイボーグ機関を一気に温めていく。おそらく下手すればオーバーロード、身体の生の筋肉だけで動かなくてはならない羽目になるだろう。ちなみに生の筋肉は普通の人間だった頃の60%ほどしかなく、身体の全体的な重量は倍になっている。となると、下手すればこの場で処理されかねないかもしれないが。
「行くしかない、直接確かめるしか…!!」
そのとき、身体の準備が整った。バッテリーも大きく消費する心積もりで、躍動させた。
「近衛集!!伊座凪を止めろ!!」
「は、はっ!!」
少しあっけにとられながらリンドウの近衛集は俺に発泡してくるが、避ける。
俺は銃弾の雨を避けながらひたすらに走っていき、1分と経たずに追跡不能距離まで逃げた。そして追った。
10分しないうちにレイジング・ブルの部隊に追いつく。
「な…伊座凪?!走ってオフロードバイクに追いつくのか!?」
「は…そんなことより、ベイターはどこだ」
「今2km先を走ってる特殊リムジンのなかだ!」
「そうか、礼をいう、あとは任せてくれ」
そう言って、俺はオフロードのタイヤを携行しているナイフで裂いた。
「うわ…なにすああああああ」
レイジング・ブルを遥か後ろに吹き飛ばし、俺は更に加速する。時速150kmほどであれば、おそらく5分と経たずに追いつけるだろう。
そして、追いついた。
「…はぁっ!!」
俺は本気で跳躍して、リムジンの屋根に着地して張り付いた。
この時点でバッテリーは残量が27%。俺は少し焦りを感じながら屋根を、ずっと使用していなかった高周波ブレードを取り出し、切断した。
「ベイター・ボンスだな、手荒な真似をしていることについては謝罪するが、俺は敵じゃない。お前が入手したとされるミゲル・リンドウの情報をしりたい」
「?!お前は……追っ手は」
「俺が排除した」
「そうか…だが止まるわけにはいかない、このまま冥土の土産に聞かせてやる。やつはな、世界征服を企んでるのさ、すべての武力組織を統率し、世界の金の動きを自分のモノにしようとしてやがるのさ。一部のマフィアってのはやつの駒さ。大金で雇われ犯罪を犯し、下っ端を切り捨てて俺や幹部は金を稼ぐビジネスさ。そしてやつは…ついに自分の、カイムの組織の中の1部隊を敵役として切り捨てる計画も企てていた!」
「なんだと…」
「おそらく切り捨てられるのはリンドウの意にそぐわない奴らだろう…おそらく君のようなものが存在する部隊が切られるのだろうな。私はその情報を事前に入手し、その部隊に該当した者たちを引き抜こうと思っていたが、リンドウに感づかれてこうなって追われているというわけだ」
「お前自身は犯罪行為をしたことはあるのか」
「ないさ、元々私たちは極道だ。義理と人情で動いていた。私がリンドウに従ったのは彼に組織を救ってもらった恩があるからだ」
「なら俺があんたをどうこうする理由はない、うまく逃げ切るんだな」
「良ければ街の近場まで君を案内しよう」
「助かる」
俺はそうして、街に近いところまで送ってもらい、その後一人で指令所に戻った。
そしてその時既に、リンドウの策略は動き始めていたことに俺はまだ気づいていなかった。