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洗礼・レラの初陣

遅くなりまして申し訳ありません。

 ~レラ~


「装備の確認は終えたな? ならば、行くぞ」


 そう言って、いつも通りの恰好になったエト様がそう言ってドアを開きました。

 後に続いて歩き出しながら、私はもう一度とばかりに、自分の体へ視線を向けました。


 ヴェイルシェードと言う爬虫種の魔獣の皮で作られたブーツに、ブレイヴァッツの皮をなめしたもので作られた長ズボン、ティアシルクと言うランダスラムの繭からとれた糸を編んで作った布で出来たワイシャツにベアヴォーフ・ウルフの毛皮で出来たローブを羽織り、魔法の鞄をたすき掛けに。

 右腕には私の魔法資質である月・命・風を象徴する魔宝石を嵌めこんだ腕輪を着けて、準備は万全です。


 ・・・装備一式の御値段を思い出すと、ちょっと震えが来そうですけど。


 だってこれ、私みたいな駆け出し冒険者――それも奴隷身分の人が身につけられる物じゃないですよ!?

 ギルドで見かける他の冒険者さん達を見ても、明らかに上ですよこの装備!?

 私以上の装備をしてる人って、エト様位しかいないのではないでしょうか?


 しかも、その理由が職業と身体能力から来る適性値の違いだけなんです。


 つまり、装備の質って意味だと、私とエト様は変わりがないって事で・・・・。


 い、一介の奴隷風情にポンと渡して良いものではないと思います、はい・・。


 えっと、つまり何が言いたいのかと言いますと・・・。

 すっごく見られてます、私。

 

 まぁ、クォージュでは有名人なエト様が連れて来た奴隷って事で注目されていた所に、冒険者として登録したと思ったらこんな一級品の装備をしてる訳ですから、目立つのは無理もないのは解ってます。

 解ってはいるんですが、そこはそれ、と言いますか・・。

 只でさえ初討伐って事で緊張してる所に、そんな視線を向けられると・・・。


 無意識の内に体が縮こまってエト様の影に隠れる様にしていると、立ち止ったエト様が振り向きました。


「理由は解らんでもないが・・・そうやっている方が余程目立つぞ? 所詮が好奇心から来る視線だ。気に留めず、堂々としていればその内収まる」


「は、はい・・。それは解ってるんですけど、その・・」


 えぇ、はい。


 わかってはいるんです。

 わかってはいるんですけど、やっぱり気になるものは気になるんですよ。

 ちょっと前までユライデに居た私は、まだこのクォージュの街の人の多さには慣れていませんし、その人達が理由はどうあれ視線を向けてくるとなれば、余計にです。


「だとしても、だ。流石に今の状態はな・・・」


 そう言われてふっと気づきます。

 小さくなって影に隠れる様にしながら、エト様の羽織っているマントの端を掴んだまま立ち止まる私と、そんな私に少し困った様子で立ち止まり、宥める様に私の頭に手を置くエト様。


 うぁぁっ!?

 こ、こここ、これって客観的に見たらもの凄く恥ずかしい光景ですよね?

 ああぁ・・。

 やってしまいました・・。




 ~エト~

 先程の一件の性か、やや俯き加減に歩くレラを横目に俺は小さく息を吐く。

 まぁ、問題と言うには小さな件ではあるが、ある意味では良い切っ掛けではなかろうかとも思う。


 家を出る時点で解ってはいたが、初討伐と言う事もあってレラの緊張はかなりのものだ。

 門へと歩く間も動きが硬かった事を考えれば、今の恥じらいに顔を赤らめ、俯いてはいるものの力の抜けた状態は行く分もマシであると言える。


 ・・・流石に、門を出た後にまでこの状態を引き摺る様なら問題だが。


 その当たりの感情の制御もまた、冒険者として必要な技術でもある故、訓練だと思って見守るとしよう。


 そう決め、足を進める事暫し。


 東の門に到着した俺達は、それぞれがプレートを衛兵に差し出して確認を終えた後、漸くの事で郊外へと出る。


 感覚的なものではあるのだが、門によって隔てられた内と外では、何処となく空気が違う。

 機材もない今、組成云々の話をする気もないが恐らくは『門』を潜る事で、安全圏と危険領域がキッチリと分けられている、と言うのが常識として根ざす世界故だろう。

 門の内側、街中では誰しもが無防備――これは魔獣の類に対して、であってスリや荒くれ相手の警戒とは異なる――であり、最低限必要な防犯上の警戒を除けば空気全体が緩んで見えるのに対し、一歩外に出れば何時魔獣による危険が襲いかかるか解らないと言う状況から、空気自体が引き締まって見える。


 とは言え、これは飽くまで個人的な感じ方でもある故、人によってはどちらに居ても変わらないと言うものもいるのだろう。


 最も、そう言った輩はどこかしら欠陥があると見て間違いなく、ここ半年の経験から見ても冒険者として大成する事なく命を落とすか、冒険者として問題ありと見なされてランクを落している。

 メリハリと言っても良いが、気を抜くべき所では抜き張るべき所では張る、と言う事が出来なければ精神的にもまず持たないし、そもそもが依頼人からの信頼にも関わってくる。

 護衛を頼んだは良いが、いざ街を出てもノンビリと呑気に構えて警戒のけの字も見えない護衛等、居た所で心底安心出来る輩が何人居るかは疑問であろうし、街中であるにも関わらず常在戦場と言わんばかりに威圧感を撒き散らす輩の近くに等、好んで寄り付きたい者は居まい。


 前者であれば『護衛』と言う依頼の根幹である、『対象を安全に、安心出来る状態で送り届ける』と言う前提から外れているし、後者であれば『力を持つ者は己を律して然るべき』であると言う冒険者としての暗黙の法則に外れる。


 自由民として一種、通常の職に就く人間とは外れた冒険者であるからこそ、その辺りは重要視されるのだ。

 規則と忠誠によって剣を手にした軍人とも、教義によって剣と振る舞いが定められる神官戦士とも異なり、己の意思のみで刃を握る冒険者は一種の外れ者だ。


 無論、法と言う縛りはあるが、その手にある力の方向を決めるのは飽くまで本人の意思のみであるからこそ、誰よりも強く己を律する義務がある。


 そんな冒険者が、さも『強い奴が居たら戦いたい』とでも言わんばかりに日常生活から威圧を放っていれば、周囲にいる人間からすれば迷惑も甚だしい故、まずもってギルドへの苦情が寄せられる事になる訳だ。


 そう言った面もあって、基本、大成した冒険者と言うのは街で過ごす日常と、郊外で過ごす日常。

 この二つの日常を意識して切り離し、それぞれに応じた態度が採れる者事が前提になっていると見ていいだろう。


 翻って、今回の件はそう言った点に対するレラの認識への判断材料にもなる訳だ。


 彼女の性格やユライデ出身と言う点から見て、多くの人の視線を集める事に恥ずかしさを覚えるのは無理からぬ事ではあるが、だからと言って命のやり取りが前提になる郊外にまでそれを引き摺れば、待っているのは確実な死である。


 故に、ここで感情の切り替えが出来ない様であれば、少なくとも今日の討伐へは参加させられない事になる。


 暫くの間――街中と郊外での感情の切り替えの必要性を教え、その為の訓練を終えるまで――は、今まで通りに薬草採取と魔術訓練に加え、感情面での訓練の一環として今度は他のFランクの通常依頼もこなさせる事になる。

 そしてその場合は、俺は同行しないので別行動になる。

 主と奴隷と言う立場の問題と、常に俺の傍に居たいと言うレラの希望によって計画を立て居たが、こればかりは仕方がない。

 郊外に出る様な依頼なら兎も角、門内で行う依頼には上位ランカーの引率は認められていない事に加え、俺自身もそれらの依頼にまで付き添う程に過保護な積りもない。


 飽くまで薬草採取に同行しているのは、レラの護衛と言う意味合いもあるが、それ以上にレラを戦力として育てると言う意味合いも強い。

 魔術を知識としてしか知らない俺と、戦闘自体が初心者のレラでは連携云々以前の問題である。

 よって、そもそもの段階として俺は魔法を知らねばならず、レラは戦闘の機微と俺の動きを知らねばならない。

 それらを満たす為の行動でもある故、魔術や戦闘が関わらない街中でならば、経験を積ませる意味合いもあってレラ単独で当たらせる方が妥当である。


 閑話休題。


 取りあえず、結論から言えばレラは門の内外での意識の切り替えは出来ていた。


 とは言え、これは戦闘者としての切り替え・・・と言うよりは、危険な場所に出向くと言う事が無意識化にでも残っていた為だろう。

 即ち、門を出た瞬間から周囲への警戒が強くなり過ぎている事で、全身に力が入り過ぎ、尚且つ、精神的にも極限状態一歩手前だ。

 これでは、何かしらあればパニックを起こしかねないのだが・・・・、まぁ、致し方ないとも言えよう。


 魔術と言う力を手にしたとは言え、ついこの前までは無力な村娘だった身で、進んで危険に近づこうと言うのだ。

 緊張するなと言う方が無理である。

 何事もそうだが、物事を万全にこなそうと思えば熟練――要は『慣れ』が必要なのだ。

 調理未経験者が初めて包丁を扱う際、危なっかしい刃物遣いをしてしまう様に、今のレラもそうであると言う事だ。


 最もこの程度は予想の範囲内、その補助をする為に俺が同行しているのだから、ある意味では問題ないとも言える。


 その為に何をするか、と言えば、そう難しい事ではない。


 意図して会話を振ってやれば良い。

 周囲の警戒と言う一点に集中してしまっている意識を、会話を振る事で適度に分散してやる訳だ。

 難点と言えば、やり過ぎて――会話に熱中してしまうと、本来必要な周囲への警戒が疎かになってしまうと言う点にあり、その境も個々人で異なる事を考えると少々匙加減が難しい。

 幸い、と言うべきか、レラの場合は誰かと会話を交わしている時であっても、周囲へ意識を向ける事は忘れてはいない。


 まぁ、会話に熱中するあまり、周りを見る事すら忘れる様な人物は、そもそもの前提として冒険者に――と言うよりも、社会生活に向いていない。

 当然、冒険者を例として上げるにせよ、最初の適性検査の時点でその辺りは調べられており、その傾向が見られた時点で淘汰される事になる。


 後は日ごろの生活を省みて、レラが適度に緊張を保つ事が出来る程度の会話に留めれば良い。


――最も、数少ない友人曰く『無口』『口下手』である俺にとっては、苦手な部類なのは確かなのだが・・・、まぁ、致し方ない。


 付き合い自体がそう長くない事もあって、レラが好む話題と言うのもあまり思いつかないが、遅まきながら『互いを知る』糧として会話を交わすのも良いだろう。


 そう思って会話を振ってみたのだが、思ってみたよりも上手く行ったと言える。

 恐らくは、レラが聞き上手、話上手、であるのだろう。

 周囲の警戒を忘れない程度と言う制限もあるので、自然、ポツリポツリと言葉を交わしていく程度ではあるが、今まで俺が知らなかったレラを知る事も出来ていた。

 余り濃い味付けの料理は苦手だとか、草花ではラベラの花が好きだ、等であるが。

 代わりに俺の方も甘い物が苦手、花よりは木々の緑の方が好みだ、等と答えつつ、探索を進めていく。


 短い会話が功を奏し、適度に力の抜けた状態のまま、周囲に意識を向ける事が出来ている様だ。


 これが自然に出来る様になれば、初心者は卒業と言って良いだろう。

 会話や作業をしながらも、この状態を維持出来て漸く冒険者としては合格点ではあるのだが、今は一歩踏み出した事を祝うべきだ。


 閑話休題。


 門を出ると同時に限定励起で晶喚した一体の晶狼――レラと同じく風の属性を持っている――をレラの護衛兼前衛役として彼女に付かせ、俺は僅かにレラの後方に位置したまま探索を進めているのだが、今日の森は随分と静かだ。


 悪い意味での静かさではないのは確かなので、緊急時にクォージュの守手となる冒険者としては有難いことではあるのだが、レラに戦闘経験を積ませると言う意味合いからみると、少々都合が悪いとも言える。

 このままでは、一体も獣と出くわさずに時間切れと言うのもあり得るからだ。


――まぁ、それはそれで冒険者の常とも言えるのだが・・。


 緊急討伐依頼でもない限り、例え生息域の情報が提示されていようと、確実に目標に出くわす事が出来るとは限らないのが冒険者と言う職業だ。

 人間種とは形態が違うとは言え、魔獣種にも思考と言うものがある以上は当たり前の話ではあるのだが、『数日前にそこにいた』やら『大体この周辺に生息している』と言うのは、飽くまで探索地を絞る為の前提条件に過ぎない。


 自然、探索に出向いたは良いが目標を発見できず、一日を無為にする事とて少なくはない。

 最も、探索と言うのはそう言った時間を積み重ね、痕跡を探す事で対象に近づいて行くと言う行為に当たるので、それに耐えられないと言う輩はそもそもが冒険者と言う職業には向いていないと言える。

 故に、このまま戦闘を行う事無く時間が過ぎたとしても、レラの訓練に関しては完全に無駄になると言う事はない。


 警戒を維持したまま、何も起こらない時間を過ごすと言うのは想像以上に大変な事なのだ。


 人間、誰しも集中力には限界がある。

 深く集中し過ぎればその分早く消耗するし、その結果、有事に力が発揮出来ないと言うのもないではないし、逆に長時間に渡り何事もなく過ぎた結果、警戒を緩めた直後に戦闘に陥ると言うのも少なくはない。

 適度に精神を張り詰めた状態を維持しつつ、適度に緩めると言う一種、矛盾した精神状態を身につけると言うのは、才能もあるだろうが何よりも経験がものを言うのだ。


 その点から考えるなら、まぁ、問題ないと言えるだろうか。


 とは言え、ただで戻ると言うのも余り面白いとは言えないのも確かである。


 故に、レラに簡単に周囲を警戒する方法について教えていく。

 人間の死角や、油断しやすいタイミング、戦闘を意識した道どりの仕方や足場の選び方等、この世界で旅をするには当たり前とも言える初歩の技能だが、数日前まではユライデの村から出た事がないレラには、それらが全て欠けている。


 この辺りの感覚に関しても結局は経験と言う事になるので、今回はまぁ、そう言うものがあるのだ程度の認識で構わない。

 それを記憶の端にでも留めておけば、今後の探索の際に生きてくるだろう。


 と、そんな事を考えていると内に、どうやら獲物が来てくれたようだ。


 俺の気配感知は大体10n(10ナトル=10メートル)前後と言った所であり、その範囲内――大体右前方9n程の位置に小型の獣の気配がある。

 追記しておくと、魔力を持った魔獣と通常の獣とでは気配の質が違い、この辺りの判別は俺ならずとも熟練の冒険者なら区別がつけられる。

 その反応から行くと、今回の反応は通常の獣。

 気配の大きさからして、恐らくはブッシュラビット辺りだろうと予測する。


 地球で言う所の兎を、そのまま大型犬サイズに巨大化させただけの獣だが、その大きさもあって草のみならず、小型の木を食い倒す事もある為に討伐依頼はギルドに常駐依頼と言う形で出されている。


 これは言ってしまえば、生息数の調整の為である。

 兎と言う生物の常とも言えるが、このブッシュラビットもまた多産であり、あまりに増え過ぎた場合、下手をすると一個の森林が壊滅状態にされてしまう事もある。


 たかが森林と高を括る事無かれ。

 森林部と言うのは、薬草の類を始めとする有益な資源の供給源であるのみならず、他の獣や一部の魔獣種にとっても生活の場であり、ある意味、森林がまともに機能しているからこそ、魔獣種の大暴走と言った災害が抑制されているとも言える。


 実際、大昔の話ではあるらしいが、林業を生業とする村で木を切り過ぎた結果、そこを生息域とする獣の類が激減し、それが原因で魔獣種が村へ退去して押し寄せたと言う事件もあったと言うのだから、他人事と笑い飛ばすには少々リスクが高過ぎる。


 狩りさえすれば食用肉としての需要もあるのだから、買値自体は易いにせよ猟師や駆け出し冒険者向けの常駐依頼として出しておく方が無難であるのは確かだ。

 そんなブッシュラビットだが、その体躯の大きさの性もあるのか、小型草食獣に分類される割には、少々警戒心に欠けると言う特徴はあるものの、そこはやはり草食獣であると言うべきか、余りにも力量が違い過ぎる相手が居ると、即座に逃げてしまう。


 故に、俺と晶狼はレラに悟られない程度に気配を殺して行く。

 レラだけなら兎も角として、俺や晶狼がいたのではその気配に触発されて逃げてしまわれかねないからだが、さて、それにレラが気づくかどうか。

 加えて言うなら、そろそろブッシュラビットの存在に気付いてくれれば良いのだが・・・。


 レラの保有する魔術の中には、風を通して周囲を探る「領域」と言う術もあるらしいが、それを使うと言う発想が出来るかどうかが見ものである。

 本来であれば、一定期間ごとに「領域」を展開して確認する位はして欲しい所ではあるが、流石にそこまでは望み過ぎとも言えるので、急に口を閉ざした俺や今まで以上に足取りに注意を払っている晶狼の様子に気づくかどうかが分かれ目になる。


 と、ここでレラも俺と晶狼の様子に気付いたらしく、少し考えこんだ後、慌てて「領域」を展開した。


 この「領域」だが、攻撃魔術にあたる「風刃」とは異なり、詠唱を必要としないのだそうだ。

 所謂所の、『気を張る』様な感覚で使う事の出来る魔術であるらしく、練度による範囲の違いはあるものの、風を操る感覚さえ理解できれば展開そのものは容易いのだとか。


 そんな領域を展開したレラは、至近距離にブッシュラビットの――恐らく、レラの感覚ではブッシュラビットと特定は出来ていないだろうが――反応に驚き、慌てて臨戦態勢に移行する。


 ・・・危険が常の冒険者としては少々問題だが、本当の意味での初陣である事を考えれば、まぁ、及第点と言った所か。


 流石にパニックにでもなられようものなら、その時点で先が思いやられるものだが、一瞬慌てはしたものの、即座に臨戦態勢を取れるならば、後は経験次第でどうにでも修正は可能だ。


 そうなれば、次は当然戦闘である。


 最も、魔術適性を知って数日、魔術の練習を始めたばかりのレラにブッシュラビットとは言え、単騎で狩れと言うのは酷なので、良程通り晶狼に前衛をやらせるとしよう。


「レラ、その晶狼が相手の気を引いてくれる故、落ち着いて隙をつけ。留意すべきは魔術の使い方だ。前衛である晶狼を巻き込まず、相手だけに当てられるタイミングを見定めろ」


 俺の言葉に、レラはコクコクと頷いて答える・・・ものの、少々力が入り過ぎだ。

 まぁ、晶狼相手――特にレラの攻撃魔術と同じ風の属性を持つ晶狼相手なら、フレンドリーファイアが起こった所で問題ないのは確かなので、取りあえずは様子見と言う所だろう。


 そう判断して口を噤み、歩を進めると予想通りに濃灰色の体躯を持つブッシュラビットが姿を見せた。


 その瞬間、晶狼が高い吠え声を上げてブッシュラビットの行動を制限する。

 ブッシュラビットはその種族的な特性として、各上の存在が相手の場合即座に逃げるのではなく、視線を合わせて隙を覗いながら小さく後退りすると言う行動をとる。

 これは言ってしまえば群れを生かすと言う考えから来る本能故だろうが、自らが被捕食者の側であると言う認識があるのか、最初に視線があった個体が囮になる事で、群れの他の個体が逃げる隙を作るのだ。


 まぁ、ブッシュラビット自体の走る早さと言うのも結構なものがある事を考えると、単に急激な速度変化をつける事で生存率を上げる為なのかもしれないが。


 兎も角、目を合わせた晶狼相手に隙を覗うブッシュラビット相手に、晶狼は小刻みに体を左右に動かして逃げる方向を迷わせる事でレラが攻撃できるタイミングを作ろうと動く。

 この辺りは無意識化で繋がっているとは言え、俺の思考を反映している訳ではなく、形状として狼の形をとった事による一種の本能だろう。

 厳密に言ってしまえば、群れで狩をする本来の狼のそれからは少々異なっているのだが、そこは晶喚による一種の変化だと割り切る他ない。


 そうやって膠着状態を作り上げた晶狼とブッシュラビットを見ながら、レラは右手を左の腰元にやりつつ隙を覗っている。


 事前にレラのタイミングで放ったとしても、余程の事がない限り晶狼は避けられるし、詠唱を切っ掛けに距離をとる事も説明してあるので、後は確実に当てられるタイミングを計るだけなのだが、練習こそしていたものの実際の獣相手となるとやはり勝手が違うのか、少しばかり時間がかかっている様に見える。


――いや、これはブッシュラビットの動きを覚えようとしているのか?


 俺――もっと言えば、兄貴が得意としていた相手の動きをパターン化して予測する、術種戦式の基礎に当たる思考法。

 兄貴の場合は桁の違う思考速度故に、俺の場合は長年の訓練故に一時的な思考加速が可能だからこそ可能な芸当だが、レラにはまだそれは不可能な筈だが――

 と、そこでレラがスッと目を細め、詠唱を開始。


「鋭き風、早き刃、絶てよ風刃!」


 言霊と共に右手を振り払うのと同時に、前衛としてブッシュラビットの気を引いていた晶狼が大きく横に跳び退る。

 結果、レラが放った風刃は、狙い違わずブッシュラビットの首筋を切り裂いていた。




 その後、三度程ブッシュラビットを遭遇し、レラはその内の二度、討伐を成功させた。


 失敗した一度に関しては・・・、まぁ、場所が悪かったとも言えるが、少々木々が入り組んでいた為、タイミングを計り終える前に障害物に視界を遮られて逃げられている。

 晶狼による行動制限自体は成功しているので、後はレラ本人が地形や周囲の状況によって立ちまわる事を覚えるしかない。


 それを置いても初陣にしては中々の戦果だなと言った俺に、レラは照れ臭そうに『風が教えてくれましたから』と答えた。


 魔術的性を教えてくれた神官曰く、極稀に極めて高い神からの祝福を受けている場合、五感以外の感覚として取得している属性が『囁いてくれる』事もあるらしいが、それを考えるとレラの魔術的性はかなり破格と言って良いのかも知れない。


 そんな事を思いつつ、初陣の成功祝いにカラの店にでも出向き、先程狩ったブッシュラビットでも調理して貰うかと言うと、嬉しそうに笑う。

 どうやら、ユライデに居た頃からブッシュラビットの肉料理はレラの好物だった様である。

 どんな料理法にして貰おうか、そんな話をしながら、この日は街へと帰路を取る事にした。


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