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冒険者登録・レラの資質1

 ~レラ~

「ふわぁ・・」


 何と言いますか、エト様の奴隷になってからは驚きの連続です。


 あの馬車にも驚きましたが、クォージュの街に着いた時はその大きさ、人々の数と活気に驚きましたし、何より道行く人達がエト様に声を掛けてくるのに驚きました。


 門から商業ギルドまでの短い間に声を掛けてきてくれたのは、10人以上。

 それぞれが


「お~、水晶の兄ちゃん、暫くじゃないか」


「あら、水晶の旦那じゃないかい。今回は何処まで行って来たんだい?」


 なんて風に気さくに挨拶されていて、この街でエト様は随分と慕われてるみたいです。

 当然、そんなエト様と一緒に居る私にもやっぱり気さくに挨拶してきてくれて、この街の人達は良い人が多いんだなぁって感じます。


 そんな事を奴隷契約を行った商業ギルドで職員の方に言ってみたんですが――


『あはははっ、確かにここの連中は気の良い奴が多いけどね。でもこうなったのは半年前に水晶・・って言って分かるかな? エトの通り名の事だけど・・まぁ、アイツが来てからだよ』


 と笑って答えてくれました。


 それを聞いて一体エト様は何をしたんだろうと思っていたんですが、私の表情からそれを察したのか、笑みを深めつつ教えてくれました。


『大した事じゃな・・くはないね。亜人だとかって理由で差別してる様な馬鹿だとか、奴隷を扱き使ってる奴、後は礼儀のなってない連中を片っ端からブッ飛ばしたんだよ。いやぁ、アレは今思い出しても壮観だったなぁ。デカいガタイした荒くれやら、脂ぎった豚野郎共が一見優男な水晶に殴られ、蹴られて宙をまったり地面にめり込んだり・・・途中から周りがお祭り騒ぎになってたっけ』


 ・・・思ってたよりも大事でした、はい。


 結局、その手の人達は力の強さだったりお金持ちだったりを鼻に掛けていて元々評判が悪かったらしく、エト様に叩きのめされた事で大きな顔が出来なくなったそうです。

 商人の人は色々嫌がらせをしようとしたみたいですけど、エト様クラスの冒険者になると、持ちこんでくる素材が素材ですから他の商人の方達に逆に排斥されてしまったとか。


 そんな理由もあってエト様は街の人に人気みたいです。


 その後もてっきり宿に向かうのだと思っていた私は、エト様が家をお持ちだと言う事に驚き、家に着いてみればその大きさに驚き――


 本当に驚き尽くめの一日でした。


 そして今、私はお風呂に入っています。

 お風呂と言えば貴族様達だとか、裕福な商人位しか入れませんよ、普通。

 水を汲んだりお湯を沸かしたりとか、手間ですしね。

 水浴びをするか、お湯で濡らしたタオルで体を拭くのが普通ですし、私を始めユライデの皆もそうでしたから、お風呂があると聞いて驚き、主人であるエト様だけではなく、奴隷である私まで入って良いと言われてまた驚き――本当に驚きの連続です。


「えへへ~、お姉ちゃん、これ位の強さでいい~?」


「あ、うん。ありがとう、気持ちいいよ」


 私の背中を洗ってくれているクナちゃんにそう返すと、クナちゃんは嬉しそうに笑ってくれました。


 そう、これも驚いたのですが、この家に住み込みで働いていると言うバンザさん一家も皆気さくで良い人達で、奴隷の私に対して


『敬語はいらねぇよ。身分なんざ気にしねぇで普通でいいって。旦那は兎も角、俺らは何処にでもいる様なオヤジとオバサンだぜ?』


『そうそう、変に畏まったりしないで普通にね。私たちは勿論、エトさんも最低限の礼儀さえ守ってれば言葉づかいなんて気にしないわよ?』


 なんて言って下さって・・・。


 クナちゃんは幼い事もありますが、純粋にお姉ちゃん、って慕ってくれたみたいですし。

 何と言いますか、今まで私が抱いていた奴隷のイメージを良い意味で壊されてしまいました。


 どうしましょう。

 奴隷になる事で決めていた覚悟とかが解されて、目に少し涙が浮かんできちゃいました。


「? お姉ちゃん、どうかしたの?」


 涙を浮かべた私に気づいたのか、不思議そうに聞いてくるクナちゃん。

 慌てて涙をぬぐって、笑顔笑顔。


「ううん、何でもないよクナちゃん」


「そう? それじゃーねぇ、今度はこれ。これで頭洗うんだ~」


 体の泡を流してくれた後、クナちゃんが差し出したのは木で出来た蓋つきの入れ物でした。

 何だろうと思いながらも、クナちゃんが教えてくれる通りに頭からお湯を被って髪の毛を濡らし、入れ物の蓋を外して・・・中身を手に垂らしてみると、少しドロッとした液体が出てきました。


「あっ・・何だか良い匂い・・」


 微かに香るこの匂いは・・・ラベラの花みたいです。

 ラベラの花は紫色の小さな花が沢山集まった花で、気分が落ち着く様な良い匂いがして私も大好きなんですけど、この液体からはその匂いがしてくるんです。


 その事に驚きながら、クナちゃんの言う通りにその液体で頭を洗ってみます。


 すると――やっぱり驚きです。


 体を洗う時に使った石鹸もそうですが、この液体も泡立ちが良くて私の髪の毛は見る見るうちに真っ白フワフワな泡だらけになってしまいました。

 洗う度に香ってくるラベラの匂いに良い気分になりながら、しっかり頭と髪の毛を洗って泡を流してサッパリ。


 何だか、見慣れた自分の髪の毛が今まで以上に綺麗になった気すらします。


 その後はクナちゃんと一緒に暖かな湯船につかって、少しお話。


 クナちゃんが教えてくれたのによると、あの液体は『シャンプー』と言ってエト様が作ったのだそうす。

 体を洗う時に使った石鹸もやはりエト様が作った物だそうで、ラベラの他にも幾つか違う匂いの物があって、今回はクナちゃんが一番好きなラベラのを持って来たんだそうです。


 それを聞いても『やっぱりエト様か~』なんて納得しちゃってる辺り、私も慣れてきちゃってます。


 そうやって話をしてる内に、クナちゃんの目が私の首の辺りに向いているのに気付きました。


 どうしたのか、と思っていると


「ねぇ、お姉ちゃん。その首の綺麗だね」


 と言ってきます。


 それを聞いて、成程と思いました。


 奴隷である私の首には、それを示す『隷属の円環』と言う魔導具が嵌めてあります。

 普通は皮や鉄で作られた首輪に主人の魔力を通した物を使うのですが、エト様はそれを自身の魔力を編んで作っていました。


 それ自体はそう珍しい事ではないのですが、エト様のお造りになった首輪はエト様の魔力の質によるものか、まるで水晶の様に透明で綺麗な――それこそ、何も知らない人が見れば奴隷の首輪ではなく装飾品に見えてしまう様な物で、これには契約を行ってくれた職員の女性も驚いていました。


 何でも、長年奴隷契約を行っている彼女でも、これ程綺麗な物は始めて見たのだとか。


 まぁ、見た目は兎も角中身はれっきとした『隷属の円環』ではあるんですけど――そこはやっぱり私も女の子。

 見るから奴隷の首輪なものより、見た目だけでも綺麗なアクセサリーに見える物の方が嬉しいですしね。


 エト様の人柄もありますし、首輪も見た目がこれですから、何も言わなければ私が奴隷だとは誰も気づかないんじゃないか、との事です。


 その後、首輪を羨ましがるクナちゃんに少し困りながら、暖かいお湯で体を温めてお風呂を上がりました。


 それからエト様やクナちゃん達と一緒に美味しい食事を頂いて、お休みの挨拶をして私に宛がわれた部屋に戻りました。

 どうやら私が来る前は客室代わりにしていたらしく、ベッドとテーブル、二つの椅子があるだけです。


 私の身分を考えるとこれだけでも十分な気がするのですが、エト様は明日必要な物を買いに連れて行ってくれるそうです。

 何だか境遇が良すぎてちょっと怖い気もしますが、エト様曰く『遠慮はいらん』だそうで――


 何でしょう、自分が奴隷だって事を忘れてしまいそうです。


 そんな事を思いながら、ユライデの自宅にあった物よりもふかふかで柔らかなベッドに潜り込んで眠ってしまいました。

 実は夜伽を命じられるのかとか考えて、少しドキドキしてたんですが・・それもなく穏やかな夜でした。


 ・・・ホッとした半面、女として魅力がないのかなとちょっとガッカリしたのは秘密にしたいと思います、はい。




 ~エト~

 帰宅から一夜明けた早朝。

 俺は庭の一角で日課の鍛錬を行っていた。

 軽いランニングで体を温め、各種筋トレ、型打ちと順にこなしていく。


 俺が扱うのは兄貴――阿鷺荒斗がその戦いの日々の中で作り上げた戦技『術種戦式』。

 その中でも剣術『緋凰』と体術『赤虎』である。


 術種戦式には他にも槍術『朱龍』、楯術『紅亀』があるのだが、そちらへの適性は俺にはなく、最も適性が高かった『緋凰』とそれには劣るものの適性があった『赤虎』のみを学んだのだ。


 現代日本に生きる者が何を言っていると思うかも知れないが、あの世界とて戦いと完全に無縁だと言う訳ではない。

 裏側に一歩踏み込めば人浚いに人身売買、職業殺人者の類は秘密裏にではあるが横行しているのだ。


 中には、小説やアニメと言った創作の中にしか登場しない様な『異能』持ちも結構な数がいるらしく、兄貴もその例に漏れず異能持ちだった。


 どう言う経緯で裏に関わる事になったかは解らないものの、『宝珠』と言う異能の源泉を後天的に手に入れた兄貴は、表の顔である学生兼CHAIN総帥の他に、そう言った裏の連中を潰す事もしており、その規模が大きくなった結果としてCHAINは通常の企業としての一面に加え、日本で初めての民間のカウンターテロ組織としての側面も持つに至った。


 無論、CHAINの職員全員がそうと言う訳ではなく、戦闘者と呼べるのは極一部――兄貴とその親友二人を含む20名程ではあるが。


 閑話休題。


 兎も角、そう言った経歴を持つ兄だけあって、戦闘能力は異常と言って良い程に高かった。

 俺が居た施設が経営難に陥って廃園に追い込まれそうになった時、14歳で独立して出て言った筈の兄貴がフラリと姿を現し、CHAIN総帥の名の元に院を買収。

 CHAINの傘下施設として運営する事で孤児院を救ったのが切っ掛けで、俺は兄貴に憧れた。


 当時の俺の歳は八、兄貴は一八と年齢は離れていたが、とある偶然から会う事が出来た兄貴は『力が欲しい』と言う俺に苦笑しつつ、色々な事を教えてくれた。


 緋凰、赤虎はその中の一つだが、それ以上に大きなものは知識の大切さだろう。


『勉学は嫌いか? だがな、知識とは力だ。法律、経済、医学、それが何であれ、知識は己の行動の幅を広げてくれる。知識を学び、己が物とする事は時に『術種戦式』等より余程強力な力足り得ると理解しろ』


 そう言って忙しい合間を縫って行われた兄貴の教えは、勉強嫌いだった俺を勉学の徒に変えるには充分過ぎた。


 若干一四歳でCHAINを創設した稀代の麒麟児、世界有数の天才の名は伊達や酔狂ではなく、兄貴の知識はそれこそ桁が違った。

 俺が投げかけるあらゆる問いは的確な解答が即座に返され、解らない場所は理解しやすく教え導く。


 その分野を問わぬ深い知識と、それに裏打ちされた思考の速さこそが己の強みだと言う兄貴に憧れ、勉学と鍛錬に明け暮れたあの日々が今の俺を支えている。


 最も、天才である兄貴に比べ、不肖の義弟である俺はと言えばお世辞に言っても秀才止まりではあったが。


 それでも、そうして得た知識と技術が非日常の蔓延するこの異世界に置いても、俺に生存を許しているのは確かだ。


 一通りの型打ちをこなし、水晶刀・レヴグロウを腰の鞘に戻す。

 そのまま左半身を引き、腰元のレヴグロウの柄に右手を、鞘の鯉口に左手を添えた抜刀の構えを取り瞑目。


 思い起こすのは憧れであり、目標でもある兄貴の姿。

 そしてユックリと目を開けば、俺と同じ様に構えた兄貴の姿が幻視出来ていた。


 顔を隠す程に伸びた長い前髪の間から除く、氷のナイフの様な鋭い眼差し。

 身長こそ180後半になった今の俺より低い170半ばでありながら、一部の隙なく鍛え上げられた痩身は身に纏う黒衣と相まって凄まじい威圧感を感じさせる。


 右袖だけがない独特のコートを纏い、右手の甲にはもはや兄貴のトレードマークと言っても良い黒布と親指と中指、小指に嵌めた指輪から甲の中心の六角形のリングの頂点、反対の頂点から手首のバングルへと延びる鎖と言う拘束具じみたアクセサリーの細部までもがハッキリと幻視出来る。


 対する俺も己の戦意を高め、相手の一挙動を見逃さない様に意識を集中する。


 そのまま対峙し、そして――


「・・やはり、まだ届かんか」


 レヴグロウを振りぬいた状態で俺は苦笑した。


 イメージの中では、俺の振りぬいた右手の刀でいなし、無手の左で俺の心臓に『空掌(くうしょう)裏当(うらあて)』を打ち込んだ兄貴の姿。

 純粋な身体能力だけなら俺の方が上だろう自負があったが、技術と経験の差はそれを覆して余りある、と言う事だろう。


「まだまだこの身は未熟、と言う事だな」


 こんな事を言うとバンザ辺りには呆れられるが、今以上に伸びる事が出来ると言うのは、やはり嬉しいものだ。

 そして未だ兄貴の領域に辿りつけていないと言うのも、悔しさもあるがやはり嬉しさが先に立つ。


 やはり俺にとって、兄貴は憧れなのだ。

 そう簡単に至れる領域であって欲しくない、と言うのはそう我儘な考えではない筈だ。


「・・さて、そろそろ皆も起きる頃か」


 レヴグロウを再び鞘に戻し、俺は家へと足を向ける。


 いつもの事とは言え、朝食前に鍛錬で掻いた汗を流し服を着替えねばならない。

 幸いにして風呂は『炎』の魔文字を刻んだ、魔力石を使用した一種のボイラーを作ってある為、沸かすのは容易い。

 鍛錬を始める前に準備はしておいた故、既に沸いている頃あいだ。


 内心で今日の予定を組み立てながら、俺は風呂へと向かった。



 朝食を終えた俺とレラがまず向かったのは、冒険者ギルドである。

 馬車での移動中に確認しておいたが、レラは俺と共に冒険者として行動する事を希望していたのだ。


「とは言え、こればかりは資質の問題もある。資質なしと判断された場合は、済まないがバンザ達と共に家の事を頼む事になるが・・」


「あっ、はい。そればっかりは仕方ありませんから・・。その時はお家の仕事を頑張ります」


 俺の言葉に頷いて返すレラに、俺は内心で一安心と言った所だ。


 この世界に置いて、冒険者登録は誰もが出来ると言う訳ではない。

 軍もそうだが、その手の戦闘職は基本的にある資質が必要とされる。


 それは、『魔力集積体質』である事だ。


 これは魔獣や獣を倒した際に発せられる獲物の保有魔力を体内に取り込み、自身の肉体を強化すると言う体質であり、そう珍しい体質と言う訳ではない。

 10人を集めれば2、3人はこの体質を持っている、と言う程度だろうか。


 まぁ、解りやすく例えれば、ゲームで言う所の経験値を得てレベルアップが可能な体質だとでも思えば良いだろう。

 無論、ゲームの様な解りやすいレベルアップにスキル習得等と言う物は存在しないが、それでもその体質を持った者は倒した相手の魔力を吸収する事で筋力や速力、自身の保有魔力や体力と言ったものを強くする事が出来るのだ。


 それが必要とされる理由はまぁ、それこそ簡単だろう。


 危険な魔獣種や場合によっては賊の類と闘うのだから、冒険者には力が要求される。

 この体質を持ってさえいれば、普通に鍛える数倍の速さで力が着くのだから、この手の職には必須と言う訳だ。


 それについての確認を含め、ぽつぽつと会話を交わしながら歩いている内に、目的地である冒険者ギルドに到着した。


 この世界の冒険者ギルドと言うのは一種の役場に近い物があり、ファンタジー小説に描かれる荒くれ共が集まる酒場を兼ねた施設とは印象が異なる。

 引き戸を開け、真正面設置されたカウンターは冒険者登録、パーティー登録、依頼受注、達成確認に分けられ、向かって右手に素材買い取りのカウンター、左手の壁は依頼内容の書かれた木札が掛けられた掲示板と言う作りだ。


 当然ながらギルド内での揉め事はご法度であり、場合によっては登録抹消もあり得る。

 多くのファンタジー小説と違い、この世界の冒険者と言うのは自由である半面、力を持つ者として自己を律する精神が求められるのだ。


 まぁ、中には力に呑まれる愚か者もいない訳ではないが、その手の輩は大抵の場合他の冒険者達によって潰されるのが常である。


「お早うございます、エトさん。今日は依頼ですか?」


 ギルド内に入った俺達に、馴染の職員が近づいてきて尋ねる。

 彼女の名はジルテと言い、半年前の登録に際して世話になって以来、何かと話す機会が多い。

 このギルドの中では、最も身近な人物の一人でもある。


「あぁ、彼女の資質確認と可能ならば登録を行いたくてな」


 そう言って隣に立つレラを示すと、ジルテは早速レラを登録受付に案内して行く。

 その間にしきりに話しかけていたのは――まぁ、珍しいのだろう。


 実際、レラを連れて来た俺を見てギルド内のそこかしこから少なくない視線が向いているのを感じる。

 時折臨時パーティーを組む以外は、ソロを貫いて来た俺が連れて来た志望者等、この半年を振り返っても初めての事ではあるのだから、無理もないが。


 やがて受付で記入を終えたレラが資質確認の為に別室に案内されると、ジルテが俺の方に歩いてくる。


「後は資質確認が出来次第、登録が可能です」


 そう言って笑いかけてくるジルテに「そうか」と短く返すと、ジルテは再び口を開いた。


「でもプレート見て驚いちゃいましたよ。レラさん、エトさんの奴隷なんですね」


 ・・・やはりここでも、俺の奴隷制度嫌いは知れ渡っているらしい。


 嘆息交じりにユライデの一件とレラを身受けした経緯を聴かせると、ジルテは小さく苦笑を浮かべた。


「昨日、土蜘蛛の討伐依頼が引き下げられましたから、何があったのかなって思ってましたが・・・エトさんが討伐していたなら納得です。それにレラさんもエトさんの所なら変な人に嫁入りするよりよっぽど安心ですしね」


「嫁入り、ね・・・。何とも妙な例えだとは思うが・・」


 そう言って苦笑する俺に、ジルテは解ってないなとばかりに苦笑を深める。


「あら、それほど妙って事でもないでしょ? レラさんみたいに譲渡内容が“生涯の譲渡”って場合は、嫁入りと対して変わりませんよ? 実際、解放の条件は主との婚姻位しかありませんしね」


 まぁ、それは確かなのだが。


 それにしても結婚、ね・・・。

 言わばチートとでも言うべき地球の知識は兎も角として、自身が面白みのない人間である自覚はある。


 レラは貴族の令嬢等に比べれば少々落ちるものの、それでも容姿は整っているし、スタイルも悪くはない。

 村の為に自分を犠牲に出来る気丈さも持っているし、性格的にも気立ての良い優しい娘だ。

 俺等の相手には、少し過分が過ぎる気がしないでもない。


 ジルテにそう言うと、彼女は何処か呆れた様な眼で俺を見て来た。


「・・呆れた。エトさんで釣り合わないって言うなら、後は貴族のご子息様か王子様位になっちゃいますよ? それも、まともな性格のって言う条件付きで」


 何とも、過剰に過ぎる評価を頂いてしまったものだ。


 その後も他愛ないやりとりを続けている内に、検査を終えたらしいレラが戻って来た。


「あっ、エト様! 大丈夫でした! これで私もご一緒に冒険者が出来ます!」


 余程嬉しかったのか、駆け寄って来たレラは少し興奮気味だ。

 それこそ狼人種の様に尻尾でもあれば、ブンブンと勢いよく振れていた事だろう。

 そんなレラに苦笑しつつ、頭に手を置いて落ち着かせる事にする。


「解ったから、少し落ち着け。周りを見てみろ。注目されているぞ?」


「えっ、あっ、す、すみません・・」


 俺の言葉で周りの視線に気づいたのか、今度は気恥ずかしそうにしているレラに知らず苦笑が深まる。


 この冬で15の成人を迎えるらしいから、今のレラはまだ14。

 日本で言えば中学三年。

 それを考えれば・・まぁ、年相応の反応と言った所か。


 変に大人びているよりは余程マシだ・・・と言うのは、兄貴の影響か妙に達観していた俺の経験則でもある。


 生来が冷静な性質である兄貴や俺と違い、感情豊かなのはレラの美点でもあるのだ。

 多感なこの時期に感情を押し込めるのは、害でこそあれ利等ないのだから、少々はしゃぐ位は問題ないと言って良い。


「さて、検査を終えたのなら、手続きを済ませてしまうとしよう」


 そう言って相変わらず頬を赤らめているレラを引き連れ、受付カウンターに戻る。

 こちらもやはり苦笑している受付嬢に小さく会釈し、必要事項の記入を済ませ、レラと俺のプレートを預ける。


 本来、冒険者登録には本人のプレートだけで事足りるのだが、レラの場合は身分が俺の所有奴隷となっているので主である俺のプレートも必要になるのだ。


 そして戻って来たレラのプレートにはこう表示されていた。


 名称:レラ

 年齢:14歳

 出身地:ミルファスト国・バタール地方エキンガム・ユライデ村

 職種:薬師見習い

 身分:エンシェント・クライスの所有奴隷(譲渡)

 譲渡階級:生涯の譲渡

 備考:冒険者登録済み


 それを確認し、嬉しそうにプレートを抱きしめるレラの頭を撫でてやり、受付嬢の説明を聞く。


 それによるとレラの魔力集積体質は中位階であり、魔鏡の反応から見て魔法関係への適性を持っていると言う事だった。

 流石にどの魔法への適性があるかまではここでは確認できないらしく、後で教会を訪ねて確認して来る様に、だそうだ。


 ともあれ、これは嬉しい誤算である。


 どの系統かは兎も角として、魔法適性があれば戦闘であってもある程度の安全は確保出来る上、技量が上がれば俺との連携にしても戦術が広がる。

 魔力集積体質と違い、魔法適性を持つ者はそう多くなく、血統に寄らない在野の資質持ちは40人居て一人か二人と言った所だろう。


 血統に根ざした魔術師達の大概が国や貴族に仕えている事を考えると、パーティー内に魔術師を入れる事が出来るのは本当に稀なのだ。


 俺がそう説明してやると、レラは今まで以上に喜んでいた。

 レラが落ち着くのを待ち、続いてパーティー登録を行って済ませる。


「パーティー名はどうなさいますか?」


 登録に際して、尋ねられたそれに少しだけ考える。

 が、やはり俺にとって名乗るべき名は一つしか思いつかなかった。


「Chainn・・チェインで頼む」


「チェイン、ですか? 珍しいですが、何か特別な意味でも?」


「あぁ、俺の故郷の言葉で“鎖”を意味していてな。俺の最も尊敬する男が作った組織の名でもあるんだ。もはや会う事も適わんだろうが、それでもその理念だけは受け継ぎたくてな」



 ~レラ~

「あぁ、俺の故郷の言葉で“鎖”を意味していてな。俺の最も尊敬する男が作った組織の名でもあるんだ。もはや会う事も適わんだろうが、それでもその理念だけは受け継ぎたくてな」


 そう言ったエト様の表情は、薄い・・だけど酷く透明な笑みを湛えていました。

 その笑顔は何だか寂しげで、だけど本当にその人の事を尊敬しているんだって解る様な自信に満ちた不思議なもので・・気づけば、私と受付の女性は揃って見惚れてしまっていました。


 ギルドを後にして、教会に向かっている最中に教えて頂いたのですが、

『Chain』と言う名前は元々、絆を現す形としてエト様の尊敬する御方が着けたのだそうです。


「鎖と言うのは、小さな金属の輪が繋がって出来ているだろう? 他者との絆もそれと同じだ。俺と言う小さな輪に、絆を繋いだ誰かの輪が繋がって出来ていく。あの人はそれを鎖に例えたのさ」


 それを聞いて成程、と思いました。


 確かに、そう言う風に見て見れば、人と人との絆は鎖に似ているかも知れません。

 余り良い意味で使われる事がない鎖も、そうやって考えると綺麗に思えるから不思議です。


 そう思った私が、「エト様の尊敬する御方は、凄い人なんですね」と言うと、エト様は小さく苦笑なされましたが、躊躇なく頷かれました。


「まぁな。ガキの頃に憧れて以来・・あの人を目標に己を磨いて来たつもりだが、未だに指先すら届かん。己の非才が悔やまれる所だ」


 そう言ってはいますが、エト様は何だか嬉しそうでした。

 目標になっている人が凄い人なんだと実感出来て、それが嬉しいのかも知れません。


 そう言えばと思い、エト様にプレートを見せて欲しいと頼んでみる事にしました。

 本来、奴隷の身分で主人のプレートを見るのは大変な無礼に当たるのですが、エト様は怒る事もなくあっさりとプレートを差し出してくれました。


 こう言う所も、普通の奴隷の主人とエト様は違うんだなぁと思い知らされる所ですね。


 ちなみに、エト様のプレートには


 名称:エンシェント・クライス

 年齢:19歳

 出身地:――――――

 職種:水晶(知の円環)

 身分:自由民

 保有奴隷:レラ(人属)

 備考:冒険者登録済み

    商業権取得済み

    中規模馬車保有許可取得済み


 と表示されていました。


 ・・・と言うか、エト様って19歳だったんですね。


 いえ、老けてるとかそういう事じゃありませんけど、とても落ち着いておられるのでてっきり20代半ば位かなぁ・・と、はい。

 そんな私の驚きは表情に出ていたらしく、「まぁ、昔から歳を食って見られていたからな。今更だ」と言って苦笑なされていました。


 あはは、やっぱりエト様は昔から実際より年上に見られてたみたいです。

 まぁ、あれだけ落ち着いたご様子で人柄も穏やかだと、そう見られちゃいますよね・・。


 とまぁ、年齢でも驚きましたけど職種の方も驚きです。


 と言いますか、『水晶(知の円環)』なんて職種、見た事も聞いた事もないんですけど・・一体どんな職業なんでしょうか?


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