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帰路・自宅へ

 ~エト~

 ユライデの村を出立して数日。

 当初はやはり表情に硬さの見えたレラも、幾分落ち着きを見せて来た。

 

 と言うのも――


「街の方だと、やっぱり乗ってる馬車も違うんですね・・。こんなに気持ち良いなんて思いませんでした」


 と、まぁ、これが原因だろう。


 冬も近いこの時期ともなれば、日によってはかなりの冷え込みを見せる。

 当然、如何に幌つきの馬車を使っているとは言え、夜や早朝の冷えは覚悟しなければならないのが普通だ。


 だからこそ、レラもそれを覚悟していた様なのだが、その覚悟が馬鹿らしく思える程に快適な旅路であった事で緊張の何割かが溶けてしまったらしい。

 そうなってしまえば、後はそう時間がかからない。


 僅かなりと緊張が抜けた状態で言葉を交わしていた結果、どうやら俺と言う人物をある程度信用して貰えた様だ。


「あの・・エト様? クォージュの方ではこんな馬車が普通なんですか?」


 俺の向かいに座り、そう尋ねてくるレラに思わず苦笑が浮かぶ。


「いや・・、クォージュでも一般に馬車と言えば、レラが思い浮かべるものが普通だ。この馬車は移動時の寝どこも兼ねられる様、改造してあるからな」


 そう言って見渡すのは、広さ三畳程の居住区画。


 元々、この馬車は荷馬車としても大型で凡そ5畳程の広さがあったが、その内、後方の二畳程を貨物区画として残し、板壁で仕切りを付けて居住区と完全に分けてある。


 そして三畳程の居住区画には、地球で得た知識を元に作ったものを床に敷いて居住性を高めてある。


「そうなんですか? 凄いです。それにこの毛皮の下に敷いてある草の編み物・・ですか? これも初めて見ました」


「あぁ・・これは“畳”と言う。俺の故郷では一般的だったが・・この大陸では珍しいだろうな」


 そう、畳だ。

 元々、畳とは乾燥させた稲藁を圧縮して縫い止め、板状に成形した藁床の両面にイ草を編んだ茣蓙――畳表――を敷き、布――畳縁――で四方を縫い付けた物だ。


 環境の違いか、クォージュ周辺の地域では稲作が行われていない為に苦労したが、結局稲藁の代わりに麦藁を用いる事で半ば強引に作り上げた畳床と、イ草に近い草を乾燥させて編んだ畳表で作り上げた代用品だ。


 日本の畳とは触感を始めとして違和感は残るが、直接座るのではなく保温性の高い毛皮等を敷いて座れば、まぁ、及第点と言って良いだろう。


 そしてもう一つ、この馬車内の環境の良くしているのが中央にある木枠だ。


 三尺(910mm)四方の木枠の中には直径850mmの陶器の壺を置き、木枠との間と、壺の下には断熱材代わりの土を詰め、馬車の床板や畳等に温度が伝わらない様にしてある。

 その壺の中には 三分の一程の深さで砂を敷いてあり、今はその上で火を点けた木炭が静かに燃えている所だ。


 これは見たまま、日本で過去に使われていた暖房器具である火鉢である。


 当時の日本でも室内で使われていたものなので、まぁ問題はないだろうが移動に際してどうしても振動の出る馬車内で使う為、周囲を固定した上、万全を期す形で土を利用した断熱処理を施したのだ。


 こうしておけば、野営に際して態々テントを設置する手間を省く事が出来るだろうと言う考えの元に設置したものだが、この半年間の経験上、大いに役に立ってくれた。


 水分を完全に飛ばした木炭は火持ちの良さだけではなく、煙が少ないと言う利点もある為、簡易の暖房器具としては十分以上に有用なだけでなく、火鉢の内側八方にある突起に掛ける形で特別製の網を渡せば、簡単な煮炊きも出来る。


 火鉢や金網は特注になってしまったが、それを考えても元では十分に取れたと思って良いだろう。


 何より、これからの季節しっかりと暖をとる事の出来る環境は、旅をする上では有難い事この上ない。


 そんな理屈を知ってか知らずか、レラは火鉢に手を翳して暖を取りつつ、力の抜けた 表情を浮かべていた。


 どうやら、図らずも火鉢の齎す柔らかな暖かさは、レラの気分を解すのにも一役買ってくれている様である。

 知らず湧き上がる苦笑を喉の奥で噛み殺しつつ、壁際に置いてあった毛布を取り、一枚をレラへと渡す。


「さて、そろそろ休むとしよう」


 夜半と言うにはまだ早いが、体は休息を求めている頃だ。

 御者台で揺られているだけとは言え、全く疲労しないと言う訳ではないし、今日は二度程魔獣との遭遇戦を行っている。


 実際に戦ったのは俺だけだが、それでも戦場の空気は慣れないレラの精神を消耗させている筈だ。


「あっ、はい。明日にはクォージュの街に着くんですよね? 私、ユライデの村から出た事がなかったんで、どんな所か楽しみです」


 毛布を受け取ったレラは、そう言ってほほ笑む。

 そんなレラに小さく笑って返し、俺は一度御者台に出てレヴグロウを抜き放った。


「限定喚起。八属霊晶・木・土・・」


 俺の用いる霊晶喚起は厳密な意味での招喚術とは異なり、俺の内に存在する精霊力を各種の『属性』として分割し、レヴグロウが宿す『水晶錬成』の異能を用いて構成した狼型の偽骸――一種のゴーレムと考えて良い――に宿らせるものだ。


 故に、呼び出された晶狼は俺と無意識レベルで意思が繋がっている事に加え、生命体ではない為に疲れや睡眠等とは無縁である。

 不寝番を任せるには、これ以上ない存在だろう。


 戦場であれば『八属』全てを晶喚する事もあるが、通常の夜間警戒だけであれば流石に過剰戦力が過ぎる故、野営地に応じて適した属性の晶狼二~三体を配置しておけば事足りる。


 今回は森林地区での野営である為、木々の変化を感知する事に長けた『木』と大地の震動や変化を感知する事に長けた『土』の晶狼を呼び出している。

 こうしておけば非常時には繋がった意識を通じて俺に知らせてくれる上、余程の相手でもない限りは片づけてくれているのだから有難い。


 そしてこれが、俺がソロの冒険者としてやっていられる大きな理由の一つでもある。


 ソロの冒険者が少ない理由の内、最も大きなものの一つに上げられるのが、睡眠時の警戒である。

 街から一歩出れば、獣だけではなく魔獣種すらもが我が物顔で闊歩しているこの世界では、野営の際に呑気に寝込んでいよう物なら、そのまま目を覚ます事無く魔獣の胃袋に収まる事になる。


 パーティーを組んでいれば、仲間内で時間を割り振り交代制で不寝番に立つ事で最低限の仮眠を取る事は可能だが、ソロではそうもいかない為、周囲を警戒しつつ極浅い眠りを取るか、高価な魔導具を用いて結界を張るかになる。


 前者の場合では安全な休憩地点である村や街に着くまでの間、ほぼ睡眠らしい睡眠を取らずに旅を続けるだけの尋常ならざる体力と気力が、後者の場合は高価な魔導具を購入、維持する経済力と魔導具を制御する為の魔術的性とか要求される。


 前者、後者共に言える事ではあるが、そうまでしてソロを貫くメリットはそう大きい訳ではなく、戦術面での有用性もあってパーティーを組む方が余程簡単なのだ。


 とは言え、俺に関して言えば異世界出身と言う存在の特殊性と、能力自体の特殊性もあって、そうそうパーティーを組むと言う訳にもいかない。

 ある意味、戦国時代にも近いこの世界では能力の秘匿は生き延びる為の必須条件でもあるのだ。


 余程馬が合い、能力的、人格的に信頼が置ける者が見つかれば別だが、そんな輩がそうそう見つかる筈もない。

 よって、必然的にソロで動く事になっている訳だ。


――まぁ、今回の件を鑑みるに、パーティーメンバーを奴隷で揃えれば、その点は解決するのは確かだが・・・。


 内心で呟きつつ、呼び出した晶狼に指示を与え、馬車内に戻り圧布の仕切りを閉める。


 するとやはり疲れていたのか、数少ない荷物の詰められたバッグを枕に毛布にくるまってスヤスヤと寝息を立てているレラの姿があった。

 心を許してくれつつある今は普段からも穏やかな表情が増えてきているが、こうして眠っている時のともすれば幼くも見える表情は微笑ましいものがある。


――・・となれば、常からこうして在れる様に俺が確りせねばならんな。


 理由はどうあれ、彼女の一生を引きうけてしまった以上、俺にはその責務がある。


「・・・ならば、護りぬくのみ」


 兄貴であればそうするであろう事を小さく呟き、俺もまた睡眠を取る為に火鉢を挟んで向かいに寝ころび、毛布を被った。




 ~レラ~

 私がエト様の奴隷になってから、既に十日程経ちました。


 元々、ユライデの村を救ってくれたエト様にお支払いするだけの余裕が村になかった為、村長さんを始め村で生き残った大人達で話し合って決めた事ですし、それを受け入れたのは私なのです。


 それでも殆どの権利を奪われた奴隷として、よく知らない男の方に差し出されるのは怖くて仕方がなかったのですが、緊張で固まっていた私が馬鹿に思えてしまう位エト様は優しくしてくれています。


 その証拠に――


「・・ラ・・・そろそろ起きろ、レラ」


「ほぇ・・?」


 ユサユサと優しく肩を揺らされてボンヤリと瞼を開けた私の目に、長い黒髪が映りました。


 ・・えぇと、はい。

 言うまでもなくエト様です。

 パチパチと瞬きを繰り返している内にハッキリとしてきた頭に、エト様が浮かべる少しばかりの呆れが混じった表情が入ってきて――


「ふわっ!? す、すすすいません、寝過ごしてしまいました!」


 大慌てで体を起こそうとして、危うくエト様の顎に頭突きをしてしまいそうに・・はぅぅ。

 あ、エト様は簡単によけてくれましたから、本当に頭突きをしたりはしていませんよ?

 一応、念の為。


 とは言え、主人より遅く起きるのもそうですが、態々起こして下さったエト様に頭突きしそうになるなんて・・・奴隷失格です、はい・・。


 私がそんな事を考えて落ち込んでいると、エト様は小さく苦笑を浮かべて硬く絞った濡れタオルを差し出してくれます。


「慌てずとも構わん故、顔を拭いて目を覚ましたら馬に水をやってくれ」


 そう言って仕切りの奥にある貨物区画に入っていくエト様を見送り、濡れタオルで顔を拭いて目を覚ます事にします。


 まだまだ本格的な冬には早いこの季節でも、朝早いこの時間の水は冷たく、濡らしたタオルで顔を拭いただけでも僅かに残っている眠気を吹き飛ばしてくれました。

 シャッキリと目を覚ました私は、寝る前に畳んでおいた僅かな私物であるローブを羽織ると、サンダルを履いて御者台を通って馬車を降ります。


 途端に朝靄漂う冷たい朝の空気が私を出迎えてくれて、木々と土の匂いがする新鮮な空気を胸一杯に吸い込んで、小さく「よしっ」と力を入れて馬車の後ろへ。


 扉代わりの厚手の布を左右に分けて中に入ると、馬用の桶二つを用意して水樽の蓋をあけて柄杓で水を救って桶の中へ。


 所で、この水樽って木じゃなくて青銅で出来てるんですよね。

 エト様が教えてくれたことによると、銅は強い殺菌作用を持っているから中の水が腐りにくい、のだそうです。

 今の季節は兎も角、夏場を考えると水を腐らせない方法は旅をする事が多い冒険者にとっては重要なのだとか。


 さっきまで横になっていた居住区画に敷かれていた畳? や火鉢? もそうですが、エト様は随分と色々な事を知っているみたいです。


 これから先、エト様の奴隷として一緒に行動していくのでしたら、私も色々と覚えていかなければなりません。

 幸いなことに、エト様は質問した事は解りやすく教えて下さいますから。


 なんて事を考えている内に水を入れ終えた桶を持って、馬車の横へ向かいます。


 中もそうでしたけど、この馬車は色々と変わっていて、側面に馬が一頭入れる位の天幕――エト様はターフだと仰っていましたが――を張れる様になっているんですよね。


 馬車の側面、高さ2ナトル位のに固定されている木の板、その左右二か所に開けてある穴に1n位の長さの棒を差し込んで、天井辺りに巻いてある布を広げるとこちらにもやはり木の板が固定されていて、 同じ様に開いている二か所の穴に馬車に差し込んだ棒を刺して固定すれば、それだけでお馬さんが入れる天幕が一つ完成です。

 後は反対側で同じ事をすれば、もう一頭のお馬さんの分も完成。


 なんだか凄いよく考えられてます、はい。


 私達だけじゃなく、お馬さん達だって冷たい雨風は嫌でしょうし、こうしてそれを気にせずに眠れるのは嬉しい事なんだろうなって思います。

 だって実際、今私が置いた桶から水を飲んでいるお馬さんは凄い元気が漲ってる感じがしますから。


 そんなお馬さんの首筋を軽く撫でてから、直ぐに裏に回ってもう一つの桶を持つと、反対側のお馬さんの所へ。

 やっぱりこっちのお馬さんも元気なのを確認して居住区画に戻ると、朝食の準備が終わった所でした。


 袈裟のメニューは固焼きパンと野菜、干し肉のスープ。

 簡単なものとは言え、確りと塩、胡椒が効いたスープは干し肉と野菜の味を引き立てていて美味しいですし、パンだって少し硬いのは仕方ありませんが、スープに浸して食べるとこっちだって美味しさ十分です。


 十日余り一緒に過ごして解りましたが、エト様は余り口数が多くない様で静かな食事でしたが、それでも火鉢の暖かさもあって旅の途中だとは思えない気持ちよさで、知らない内に笑顔が浮かんでしまうほどです。


 そうして穏やかな朝食を終えると、スープ皿と鍋を簡単に漱いで馬車の左右のターフをしまいます。

 しっかりと休んで元気一杯なお馬さん達を馬車に繋げば準備完了、出発です。


 防寒着のマントを着こんだエト様が御者台に座って馬を走らせている間は、特に私の仕事はないそうで、エト様の隣に座って色々な話を聞いたり、エト様には申し訳ありませんが馬車の中で火鉢に当たりながらウトウトしていたり・・・えっと、奴隷ってこんなんでいいんでしょうか?




 ~エト~

 馬車を走らせる事数時間、中天に上った日がそろそろ傾き始めるかと言う時刻になり、漸く俺達はクォージュの概容を目にしていた。


「ふわぁ~、大きいですね・・」


 クォージュ到達の知らせに、御者台へと移動してきたレラがそう言って驚く様子に、俺は小さく苦笑を洩らす。


 今に至るまでユライデから出た事がないレラにしてみれば、中堅規模の街と言え驚嘆ものなのは致し方がない。

 この世界に置ける『街』と言うのは一種の城塞都市であり、街を修める領主の館を中心にした都市が高く張り巡らされた城壁の内側に存在している。


 これは他の街等からの侵略への警戒もあるが、魔獣への対策と言うのが最も大きな理由に当たる。

 一歩街から出れば何処にでも出没する可能性のある魔獣は個々体の強さもさる事ながら、その大勢な繁殖力に根ざした『数』にこそが危険なのだ。


 そして、魔獣種にとって人種を問わず人間と言うのは最上の食糧になる。

 これは人類種が宿す魔力量の大きさに由来し、鳥や獣と言った野生動物の類に比べ最低でも数倍の魔力を有している故だ。


 魔獣の生命維持に欠かせないのは獲物の血肉だけではなく、それらから得られる魔力も含まれる。


 元々、魔獣種と言うのは何らかの理由によって大量の魔力を体内に取り込んだ結果として独自の進化を辿った獣だと言う説もあり、その個体の危険度を決める目安として内有する魔力量が重要項目に上げられており、事実、最上位の魔獣種として有名なドラゴンやグリフォンを始めとする所謂幻獣種は兵団規模に相当する魔力を保有しているのは広く知られているのだ。


 そしてドラゴンの様な特定の幻獣種を除き、魔獣種は肉体維持に最低限必要な魔力量と体内で生成出来る魔力量とがほぼ均衡しており、それ故に常に餓えている。

 故にこそ大量の食事を必要とし、それこそが魔獣種が総じて凶暴である所以なのだ。


 翻って、最上の餌とされる人間が多く集まる街等は一定の規模に達し、財力、人材力を得られた段階で防衛の為の城壁を街の周りに張り巡らせる。

 これがこの世界に置ける街の概念である。


 クォージュもその例に漏れず、長大な外壁によって囲われ余程の高台から除きでもしない限り、中の様子を覗う事は出来ないのだが・・・どうやら、簡素な木柵しか持たぬユライデ以外を知らないレラには、外壁だけでも驚きに値するらしい。


――まぁ、解らんでもないがな・・。


 俺も転移した直後は驚いた記憶があるだけに、呆れはしない。

 が、ともすれば表に出そうな苦笑を噛み殺す事にやや苦心はした。


 そうこうしている内に唯一の出入り口である関所に辿りつく。


 クォージュの街の規模は中規模に当たる為、東西南北にそれぞれ関所が設けられており、今し方俺達が辿りついたのが北の方位に当たる関所、通称『北の門』に当たる。


 街の規模が大きくなればなるだけ関所の数も増えるらしく、聞いた話ではこのアラシア国最大を誇る王都『イムナシア』には八方位の門を持つ『外壁』、その内側に平民街があり、更にもう一つ四方位の門を持つ『内壁』に囲まれた『貴族街』が存在し、『王壁』によって隔てられた中心に『王城』が座すると言う。


 何とも面倒な作りだと思うが、貴族の中にはそれにあやかって態々自宅に二の門、三の門を作る事がステータスになっているのだそうだ。


 ともあれ、北の門に到着した俺達に門番を務める兵士が近づいて来た。


「おう、水晶の旦那じゃないか。今日戻りだったのか?」


 そう言って破顔する見知りの兵士に肯定の返答を返しつつ、認識プレートを渡す。


 この認識プレートと言うのは、ゲーム的な表現を用いるならばそのままステータスカードと呼んでも良いだろう。

 手帳サイズの金属板に名前と種族、年齢、職種、登録都市や犯罪歴等が表示される一種の魔導具であり、通常は右手首に嵌めた腕輪の中に納められている。


 これは一種の身分証明であると共に、自身の保有する技能から果ては倒した魔物の数までもが記載される。

 とは言え、一部の例外を除き他人が見る事の出来るのは名前と種族、年齢に職種、登録都市、犯罪歴の有無と言った当たり障りのない部分のみだ。


「うっし、確認出来たぞ。ほれ、プレート」


 確認を終えたプレートを俺に返し、兵士――ハダイは俺の隣に座るレラへと視線を向ける。


「で、そっちの娘はどうしたんだ? エライ別嬪連れて来たけど・・嫁さんでも貰ったのか」


 ニシシと解りやすく笑って見せるハダイに俺が小さく嘆息する中、今度はレラが自身のプレートを差し出した。


「ふむふむ・・・って、身分が譲渡奴隷、譲渡階級が生涯の譲渡だぁ? おい、水晶の旦那、お前、何時の間に奴隷商まで始めたんだよ」


 確認したハダイの言葉に「やはり」と再び嘆息。


 通常、登録の成立した保有奴隷以外を連れ歩いていれば、それは即ち奴隷商人であると言って良い。


 が、今回に関して言えば・・・


「・・・しっかりと確認して物を言え。『譲渡奴隷』となっているだろうが」


 そう言いつつ、俺は懐から革製の袋を取り出してハダイに手渡す。


「あん? こりゃ・・」


「ユライデの村で殲滅した盗賊連中の腕輪が納められている。プレートの確認を頼む」


 そう、中に入っているのはユライデで討滅した、盗賊達のプレートが納められた腕輪だ。


 認識プレートは基本、本人の意思がなければ取り出す事が出来ないが、死後に関してはプレートが納められた腕輪の取り外しが可能になる。

 よって、盗賊の討伐の場合、生かしたまま捕獲し身柄を引き渡す以外では、死後に改宗した腕輪を引き渡す事が討伐証明になるのだ。


 そのまま、顔色を変えたハダイに案内された詰め所でユライデ襲撃の詳細を説明している内に、プレートの確認を終えた兵士が姿を現した。


「失礼します。プレートの確認が終了しました。詳細がこちら、賞金がこちらになります」


 そう言って羊皮紙と賞金が納められた革袋を置いて退室していく兵士に小さく頷きだけ返すと、ハダイは羊皮紙に目を落す。


「あ~っと・・・オイオイ、『土蜘蛛』の連中じゃねぇか。ココんと見ねぇと思ったらユライデの方に行ってやがったのか!」


 そう言って読み終えた羊皮紙を机に置くと、ハダイが一つ息を吐いた。


「・・にしてもよぉ、土蜘蛛っつやぁ大きいとは言わねぇがそれなりに名の通った連中だぜ? それを一人で狩るとか、アンタ一体どうなってんだ? なぁ、水晶の旦那よぉ」


 何処か呆れの混じったハダイの視線に苦笑しつつ、懐から取り出した煙草を取り出して指先に起こした「灯火」で火を点ける。


「どう・・と言われてもな。見たままだ、としか言えんが?」


 俺の言葉にガシガシと短い赤髪を掻きつつ、今度はレラへと視線を向けるハダイ。


「あぁ、ったく、何時もこれだよ、旦那は。で、譲ちゃんはユライデの出だろ? 差し詰め旦那への礼金代わりって事で良いのか?」


「あっ、はい。あの、これ・・・村長様から預かったものです」


 そう言って巻かれたレラは羊皮紙を二つ手渡す。


「あいよ、一応確認させて貰うぜ? ・・・・・ん、確かに。こっちはアンタの譲渡契約書と説明文、こっちは土蜘蛛共の遺体確認証明と村の被害の説明だな」


 控えの兵士に片方を渡し、残る契約書を再び巻いてレラへと返し、ハダイは俺へと視線を戻した。


「んじゃ、水晶の旦那、これが土蜘蛛討伐の報奨金だ。流石にここじゃ奴隷契約は出来ねぇから、後で商業ギルド行ってくれ」


「確かに受け取った。では、そろそろ良いか? 馬車の検分も終えていると思うが?」

 


 詰め所を出て暫しの後、俺達は商業ギルドにてレラの奴隷契約の成立、冒険者ギルドでの依頼の完遂処置、アイスベアの毛皮の買い取りを終えのんびりと馬車を進めていた。


 行き先はクォージュに置ける俺の自宅である。


 レラは宿に向かうものだと思っていた様で、家を――それも借家ではなく、自宅を買い取っていた事に驚いていた。

 他愛ない話を交わしつつ、馬車を走らせる事暫し。


 周囲に家がまばらになり始めた頃になって漸く、確認できた屋敷が俺の自宅だ。


 ここは元々、王都に居を構える裕福な商人が建てた別荘だったそうだが、王都からの距離に加え、事業失敗による経営縮小が原因で売りに出されていたものだ。


 俺だけで済むには少々大きすぎるが、周囲に民家が少ない立地条件とそれなりの規模の庭がある事、敷地内に井戸がある事で購入に踏み切った経緯がある。


 現代日本に生きていた俺としては、この世界は少々不便だった事も確かであり、少しでも住環境を改善する為の研究を行いたかったので、人気がなく、研究の為のスペースが取れるこの家は条件的に最適だったと言える。


 二階建て、十畳の部屋が5部屋とリビング、キッチン、トイレに風呂場とこの世界に置ける家屋としては大きく、二百メートルトラックが入る程度の広さの庭、使用人様の住居となる六畳三部屋、キッチン、トイレが完備された離れ、4頭を繋ぐ事の出来る厩がある。

 これだけの建物となるとそれなりの値段はしたが、まぁ、問題はないと言って良い。


 何より、現代日本に生きていた俺としては、風呂があるのが助かる。


 その分、管理に手がかかると言われればそうではあるのだが、それに関してはまぁ、問題ない。


 それは――


「あっ、エトのお兄ちゃん! 帰ってきたの!?」


 門を潜った俺達に気づき、駆け寄ってくる少女――クナ。


 そして


「お帰りなさいませ。どうでした、今回の旅は?」


 その後を歩いてくるクナの母であるナルアと


「おう、旦那。今回も無事で何よりだ」


 豪快に笑いながらややぎこちない足取りで歩いてくる父であるバンザ。


「あぁ、今帰った。留守中、何かあったか?」


 砲弾よろしく飛び込んできたクナを抱きとめてやりつつ、苦笑交じりにナルアとバンザに尋ねる。 


「そうですね・・・」


 俺の問いに答えてくれるナルアの言葉を聞きつつ、彼らとの関係に思いを馳せる。


 俺とこの一家の関係は雇用者と被雇用者に当たる。


 元々、バンザは冒険者として身を立てていたのだが、ある依頼を受けた際に膝を砕く怪我を負ってしまったのだ。

 依頼自体は行商の護衛であり、バンザの他にもパーティーメンバーが居た事で無事に成功し、雇い主である商人やパーティーメンバーも彼の働きを確りと評価して達成金を貰う事は出来たのだが、今まで通り冒険者として動ける体ではなくなってしまった。

 妻と幼い子供を抱え、さぁこれからどうするかと思案していたバンザを、当時ここを手に入れたばかりだった俺が雇った、と言う形になる。


 俺としては依頼で臨時パーティーを組んで行動を共にした事もあり、バンザの人間性は知っていたし、その義理堅さも知っている。

 怪我をした足も走る事こそ出来ないが、日常生活に支障はなく薪割りの様な力仕事も時間さえかければ出来るのは解っていたので、ある意味渡りに船と言えた訳だ。


 冒険者として身を立てていただけあって馬の世話や馬車の管理にも通じ、走れこそしないが体は確りとして力もある。


 そして予想外と言うか嬉しい誤算だったのだが、彼の妻であるナルアは料理や裁縫と言った面に関して想定した以上の腕を持っていた事だ。


 元々、冒険者であるバンザの収入と、彼が狩ってきた毛皮の類を加工して売り出す事で生計を立てていたらしく、その手の仕事に関しては知識こそあれ技術を持たない俺にとってはかなり助かっている。


 よって、バンザには馬達の管理を主に、ナルアには家の掃除や食事を始めとした維持を頼み、住居として離れを提供した次第だ。


 彼らの子供であるクナに関しては――まぁ、二人の手伝いをしてくれているのだから問題もないだろう。


 流石に幼いだけあって出来る仕事には限りがあるが、それに関しては仕方がない上、幼子を扱き使う趣味もない。


「承知した。ではバンザ、悪いが馬と馬車を頼めるか? ナルアは風呂の用意を頼む」


 そう言って手綱をバンザに渡した所で、ふと思い出す。


「っと、済まない。紹介が遅れたが、こちらはレラ。今日から此処で暮らす事になる故、宜しくしてやってくれ」


「レラと言います。エト様の保有奴隷になりましたので、よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げるレラに、バンザとナルアは驚いた様に目を見開く。


――まぁ、俺の奴隷嫌い・・・と言うか、その手の制度を嫌っているのは周知ではあるからな・・。


 バンザ達にしてみれば、その俺が奴隷を連れてくるのは予想外、と言った所だろう。


――これは後で説明が必要だな・・。


 そう思いながら、レラに部屋を宛がうべく家に向かって足を進めた。


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