106.サトガエリ
獣人たちは行ってしまった。
結局目を覚ますことのなかった少女を残して。
そしてミズハも、いつまでも足を止めているわけにはいかなかった。
「ごめん。俺はまたここに戻ってくる」
その言葉と、鉤爪が機能しなくなったチェーンワイヤーの射出装置を置いて再出発する。
落ちてきた穴に戻るには高さが足りない。
湖をザブザブと渡って聖域を抜け、そのまま森の中へと分け入っていくとやがて空気が変化していく感覚があった。
生命力に満ちたあの空間の濃い酸素から抜け出してもとの森に戻ってきた感じだ。
どれだけの時間をあの場所で過ごしていたのか。
辺りはすっかり真っ暗闇になっていた。
さて。
あれから何時間歩き続けただろうか。
太陽がすっかり頭上に上り、またも森の生き物達に追われる展開が訪れる。
ただし今回は進入時と比較して動物達もおとなしい。
反対側の出口が近いのだろう。
この辺りは一昨日の嵐の影響も少ないようだ。
整然と立ち並ぶ木々を抜けて、ついにミズハの視界に人工物が現れた。
「フェンス!」
十メートルほどの高さの金網を乗り越えほっと一安心。
結局、勝手に先行したドナに追い付くことはできなかった。
それどころか森に入ってから何日間経過しているのかもわからない。
さらにフェンスの先に待ち構えていたのは頂上が見えないほどの大きな壁。
その壁は付近一帯に山のように広がっていて、よじ登ろうにも道具も体力もない。
「もしかしてここが入り口か?」
ミズハの頭をよぎる直感。
それはいざないの森を抜けた先にある登山者が集まる街。
過去に森を迂回して訪れたことがあるが、その時はハイキング用の山しか見つけられなかったが…
「あぶなーい!」
上空から突如降り注ぐ声。
地面に激突する寸前で静止したのは、頭をツルツルに丸めた若い男だった。
森の中で書こう書こうと思っていた"とあるワンシーン"を忘れたまま森を出てしまった件。
またどこかの機会に回想話としてぶっこみたいと思うので、可能な限り覚えておいてください。