105.レキシ
「この場所は生命力で溢れておる」
年老いた獣人が辺りを見渡す。
それにつられてミズハも今一度この空間を注意深く観察する。
相変わらず見慣れぬ植物が多いのはここまでの道中となんら変わらない。
そのかわり目に見えて緑が濃く深い。
それは空気にも共通して言えることだった。
「たしかに。なんだか酸素が多いな」
「だが聖域も死んだ命までは呼び戻しちゃくれねえ」
荒々しい獣人が静かに言った。
そのまま俯いてしまった彼に代わり、年老いた獣人が事情を説明する。
「あの嵐で多くの仲間が命を落とした。キレイな姿で見つかっただけでも、この娘は幸せかもしれん」
『きっとこの少女は何か特別な力を持っている。
だから彼等はこの場所に連れてきて蘇らせようとしていたのだろう』
話を聞くまでミズハは漠然とそんなことを考えていた。
でも違った。
きっとこの子はどこにでもいる普通の獣人だったんだ。
「俺だってもしファルちゃんが同じ目に遭って、蘇らせる希望があるのなら此処に連れてきたかもしれない」
少女のこと。
そしてファルのことを考えていると次に彼女のことが心配になった。
「俺以外にもう一人人間を見てないか?」
「見てたら素直に教えると思うか?」
荒々しい獣人が途端にけんか腰になる。
それをどうにかなだめながら年老いた獣人が言う。
「ここで会ったのも何かの縁。無用な争いは避けましょう。しかし獣人の多くは人間がしてきた行いを許してはいません。どうかそのことをお忘れなきよう」
その言葉を残して三体の獣人は森の奥へと引き下がっていく。
「待ってくれ。どうして俺に聖域のことを話してくれたんだ?」
ミズハが最後に問いかける。
生命力に満ちたこの場所。
情報を持ち帰れば今後多くの人間がこの場所を目指し、結果森に生きる全ての命の危機につながるだろう。
リスクを冒してまで森の秘密を話したのはなぜか。
「わしらにとって真の敵がなにか、見極めるためじゃ」