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とある親子の喧嘩 ~ 今の話

企業についての、うんたらかんたらという設定は、おかしな所があってもお見逃しください……。お父ちゃんの会社はこれからも大きくなるんですよっていうことなんです。

 これは今の話である。


 ここ十年ほどの間に目覚しい業績を上げる企業があった。

 傘下の子会社には、業務用食品の会社に全国展開の居酒屋店や弁当屋、パン屋にファミレスなどがあって、目を付けた商品や開発した自社製品は必ずヒットし、新しく出店する店舗も大盛況。出すもの出すもの次々と当てる。最近では弁当やパンの製造から搬入までをしている会社を傘下にし、新しいルートを開拓しているともっぱらの噂だ。

 元は事務用品などを扱う商社として始まり、他業種へ手を伸ばしていったというこの企業を率いる社長は、今や注目を浴びる経済人の一人である。

 ただ一つ不安視されてるのは、彼の後を継げる者がいないことだった。



 と、何だかどこかで聞き覚えのある紹介だろう。

 それもそのはず、この社長こそ、ガラが悪い上に愛想も無いがやる気も無い購買のおっさんの父親である。本人は戸籍上も遺伝子上でも繋がりという繋がりを全部断ち切りたいほど嫌っているが、彼の才能は父親譲りだった。




 搬入担当のお兄ちゃんが預かってきた箱の中身は、自社製品と思われる雑貨類と文具などのステーショナリーグッズにボールペンからオフィス家具、収納の事務用品ガタログに傘下企業のパンフレットなど。大部分を占めたのは新製品のパンが多数と色とりどりのおかずの入った弁当だった。

 パンはともかく、弁当は明らかに手作りだ。それを目にしたおっさんは何やら懐かしいものを感じ、攣り上がっていた眦が僅かに下がる。気のせいではない、遥か彼方の記憶と同じ、見覚えのあるおかずををいくつも見つけた。

 ご飯に目を移すと、誰が作ったものだとか、その意味も明け透けに見えてくる。


「お袋……、勝ったんだな……」


 ぽつりと漏らした台詞は感動したというより、呆れたと言わんばかりのものだった。

 今や、おっさんと呼ばれるガラが悪い上に愛想も無いがやる気も無い購買の主任が生まれ育った家庭では、ここぞという勝負に勝った時に必ず食卓にのぼっていたのが赤飯だ。

 それは、ちょっと塩を利かせた赤飯に黒胡麻を振ってある。

 ありきたりだけど、けして胡麻塩ではないのが拘り。


「何ですそれ? わー、旨そうな弁当ですねー。手作りじゃないですかー」


 平の青年Aがおっさんの手元を覗き込む。いつもの事だが、この男一人居るだけで騒々しい。


「じゃ、確かに伝えました」


 業者のお兄ちゃんは颯爽と去って行った。


「で? このパンはどーするんですかー?」


 弁当はともかく、新製品らしいパンはこの購買で使ってる大中小の買い物袋の内、大きい袋一杯ありそうだ。

 はあ、と溜め息を一つ零すと、おっさんはコピー用紙を取り出して何やら書き付けていく。そうして、やおら口を開いた。


「平、寮の調理場にこれ届けて来い。五分以内に戻れ、そら行け」


 まるで犬の調教を錯覚するような口調で平の青年Aを呼ぶと、パンの入った袋とコピー用紙を持たせる。

 普通ならば腹を立てる所だが、この学校を卒業した青年Aは部活で上下関係を骨の髄まで叩き込まれていた。ワンと吼えるかわりに人間の言葉で即座に返事をする。


「はいっ! 行って参ります!」


 何の疑問も抱かず大きな声で了解すると、彼は犬の如き俊敏さで飛び出していった。


「ちっ、アイツ……寄り道して帰って来ねぇかもしれねーな……」

 

 静かになった購買で独り言が落ちて消える。

 犬は犬でも駄犬に属する彼は、ガラが悪い上に愛想も無いがやる気も無い購買の主任のおっさんが予期した通り、五分経っても十分経っても帰っては来なかった。

 あと二十分足らずで昼休みに突入する。


 時計にチラリと視線を向けると、貧乏揺すりしていた脚を静止して面倒臭そうに立ち上がった。

 控えめな言葉で表現するなら、“やれやれ、どっこいしょ”といった所だろうか。

 購買の出入り口をロックして業者の出入り口である裏戸から茹だるように暑い外へ出ると、おっさんはドアをロックして立ち去ってしまった。




 この学校では、昼休みを告げる授業終了のチャイムが鳴ると同時に生徒達は教室を飛び出してゆくのだが、今日はチャイムの変わりに流れてきたドスの利いた声に生徒達はおろか、先生や職員までがピタリと動作を制止させた。

 

「平! 一秒で購買へ戻れ」


 学校の敷地内のどこかで悲鳴が上がる。

 



 恐怖のチャイム事件の翌々週、相も変わらず購買横の飲食スペースでは大勢の生徒達がひしめいている。弁当だが弁当ともいえないものを持参する二年の生徒の弁当はカレーうどんで一周したようで、翌日にはまた最初のメニューのカレードリアに戻って来た。


 そして休日を挟んだ月曜の今日は、カレーのつけ麺だった。

 蓋を開けた二年の生徒は溜め息を吐いて肩を落とす。


「なーんだよっ、食べれるんだからいいじゃねぇか!」


 贅沢を言うなと大笑いするのは、既に食堂で昼ご飯を食べてきた友人の剥げ鷹である。


「土、日の晩ご飯はカレーだった……」


「ハ……ハハハ。ドンマイ……」


 非情な母親の仕打ちに食欲も沸かないらしい彼の両肩を、友人はポンと慰めるように叩く。

 と、その時入り口が開いて、聞き覚えのある賑やかな声が聞こえた。


「皆ー! もうお昼は済ませたー? 差し入れがあるんだよー」


 騒がしく入ってきたのは購買の青年A。

 手には袋を持っている。


「主任がー、このタイミングで持って行けって言うもんだからさぁ。もっと早く言ってくれればいいのにねー」


 中央のテーブルの上で袋を逆さまにすると、パンがごろごろと転がった。


「新製品の評価を聞きたかったから職員や先生方に配ってたんだけどね、もう十分統計は取れたから、これは君たちに」


 にっこりと笑ってパンを差した。

 喜んだのは剥げ鷹だ。弁当だが弁当ともいえないものを持参する二年の生徒の友人も一緒に歓声をあげている。


「……おい……」

 おもむろに剥げ鷹の友人へ声を掛けた二年の生徒は、彼の肩を引いてその手に箸を握らせた。


「おおう?」


「腹減ってるんだろ? やる」


 そう言い置いて、彼は中央のテーブルに置かれたパンへ突進した。


「は!? え!? ……い、いいのか? 食うぞ? 食っちまうぞ?」


 鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしたこの友人は、何度も確認する。

 パンも心引かれるが、友人の弁当を食べられるチャンスは滅多に巡ってこない。

 ちらり、ちらりとパンと弁当の間を視線を行き来させてたが、ふんと気合を入れるとつけダレを持ってレンジへ急いだ。



「いやぁー、うめぇー」


 匂いには飽きても実際食べてみると、やはり旨いと感じるらしい。

 新メニュー、カレーつけ麺を啜る剥げ鷹は隣の友人へと目を向けた。

 どうやら三つも強奪できたようだ。

 剥げ鷹が群がるあの中で、三つも手に入れられたのなら大した物である。


 運動とは無縁のひょろりとした体型の平凡なのにだ。

 食べる事には意外と執着するらしい、やはりこの学校の生徒である。


「パン食うの久しぶり、うまい。……明日も持って来てくれないかな」


 普段、鉄面皮かと突っ込みたくなる程表情の動かないこの二年の平凡な生徒は、この時ばかりは表情をゆるりと綻ばせていた。土日に彼が食べた晩御飯のメニューを考えれば無理もない事である。


「……お前……、どんな食生活送ってんの? いやその前に親子関係上手く行ってる? それとも何、ビンボー?」


 呆れを通り越して虐待や家計を心配した剥げ鷹は深刻な表情で友人を見入る。


「は?」


 彼は良く聞いてなかったのか、口いっぱい頬張った間抜けな顔を上げた。それを見る限り、まぁ有り得ないかと自己解決に至る。


「あー、いや……いいんだ。何かお前のかーちゃんが怒った理由分かった気がするわ。……腹空かせてるだろうって、腕に選りを掛けてメシ作ってもなぁ……。こいつ……旨いんだか不味いんだかわかんねぇ表情で食うからよ、やり甲斐ねぇもんな。それになぁ……かーちゃんの作ってないモノ、チョー笑顔で食ったんじゃね?」


「? うまい。明日もこれがいい」


「……分かってねぇ……」


 友人の為を思い、掛けた情けは本人によって聞き逃された。

 剥げ鷹は胸の内で呟く、我慢強いんだか強情なんだか分からんがどっちもどっちだよな、と。


「早く謝ってしまえよ」


 この日の不憫な二年の生徒のささやかな願いは、ガラが悪い上に愛想も無いがやる気も無い購買の主任のおっさんによるたった一本の電話で無残にも打ち砕かれていた。



「うぜぇぞ、親父ぃぃっ!! 俺の回りをチョロチョロしやがるスパイをどうにかしやがれ! 業者にもパンばっか毎日託けやがって、いらねぇんだよっ! お袋にも言っとけ! おめでとさんってな!」


 強制禁煙に監視と父親からの熱烈?アタックでイライラはピークを迎えていた。


 とりあえず、親子喧嘩は早めに解決するに限ると、購買担当の青年Aや飲食スペースの常連は思った。

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