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とある親子の喧嘩 ~勃発~

弁当だが弁当ともいえないものを持参する二年の生徒が巻き起こしたつけ麺フィーバーは夏休みを挟んだことで漸く落ち着きを見せた。しかし、九月に入っても茹だるような暑さが続いているため、購買では冷たいものが飛ぶように売れている。

 そんな中、購買の隣に設置されてある飲食スペースでは新たなメニューが次々と披露されていた。

 ただし、これといって珍しくも何とも無いメニューだ。

 今日のメニューも弁当として持ち歩くには常軌を逸脱しているとしか言えないものである。……今更ではあるが。

 

「……カレーうどん美味いかよ?」


 例の二年の生徒の前に陣取った剥げ鷹の友人は呆れたように溜め息を吐いた。

 

「……普通」


「何だそれ……」


 平素と変わらぬ無表情であるが、返された感想から本人のテンションは低いことが分かって剥げ鷹の顔に苦笑いが浮かぶ。普段ならここで食いつく筈なのだが、彼は無言でげんなりと視線を逸らしてしまった。

 それは彼一人だけではない、この室内に居る他の剥げ鷹や弁当を食べている常連の生徒達までもが顔を背けている。好奇心旺盛で騒がしい彼らが大人しいお陰で、この飲食スペースは静かだ。

 けれど、この光景は今日に始まったことではない。

 この平凡な生徒の友人と自負する剥げ鷹は、購買で買ってきたばかりのピーナッツバターがサンドされた甘めの菓子パンを一口食べて、視線を逸らしても解決には至らないと思い直した。

 溜め息を吐くと、平々凡々な友人に体ごと向き直って躊躇いがちに口を開いた。

 図々しい剥げ鷹の友人にしては珍しい。


「……あのさあ……」


「ん?」


「このカレーシリーズいつまで続くんだよ……」


「……しらね……」


 無表情が標準装備の生徒だけど、一週間以上続くカレー味を指摘されると流石に辟易と言わんばかりに顔を歪ませた。

 夏休みが明けて既に二週目に突入しているが、その間一日とてカレーの風味がしなかった日は無い。

 話を聞きつけた筋肉自慢の寮のコック達もメニューからカレーを削除した。

 三日程は飲食スペースの常連も興味津々に茶々を入れていたが、四日続くと流石に可笑しいと首を捻る。五日目には誰もが笑いを治め、眉を顰めた。

 二週目に入っている現在は、視覚だけでなく嗅覚を衝くのも嫌だと遠巻きにされている。

 それでも常連達が平凡な生徒を攻撃するでもなくここに通うのも止めないのは、単に生徒達の神経が図太いが故だ。


「カレーうどんだったらカップ麺買った方が良くね?」


「……」


 剥げ鷹の友人の台詞に誰もが同調した。


「……てか、なんでカレーなんだ?」


「……カレーライス食べてる時に普通の弁当が食べたいって言ったから……かな?……」


 大衆に紛れ込んでしまう程平凡なこの生徒が首を傾げたところで印象が何ら変わる事はないが、発した返答は平凡とは程遠く意味不明だ。


「喧嘩か? いや、……分かんねぇな……」


 剥げ鷹の友人が頭を捻りながらそう零すのも無理は無い。

 当事者のこの生徒が分かってないのだから。


 カレーシリーズの一発目は冬メニューのカレードリアだった。

 茹だるような暑さの中、季節の先取りというにはすっ飛ばしすぎていた。

 冬どころか、秋でさえ気配を見せていない。それでも彼は愚痴をこぼさず、冷房の効いた室内で汗を流しながら完食した。

 この時飲食スペースの常連達はネタを掴んだという意味で沸き立った。

 翌日はつけ麺でつけダレはカレー味だった。

 これは新メニューという事で剥げ鷹達が押し掛けてきて大騒ぎとなった。

 騒ぎの中心となった彼は衆人観衆の中、淡々と胃袋に治めていった。

 三日目はまた新メニュー。カレー味チャーハンにカレー風味のから揚げ。

 この時点で可笑しいなぁと思った生徒は何人も居た。

 その中の一人が剥げ鷹の友人である。

 彼は、四日続いたら故意だ、聞いてみようと腹に決めていた。

 で、その四日目のメニューがカレー風味の焼きそばだった。


 こうなると訊かずとも分かる、これはただの嫌がらせだと。


 通常メニューののり弁や三色弁当、ハンバーグ、オムライスもカレーチャーハンに摩り替わっていて、中でものり弁と三色弁当の魚のフライはカレー風味とういう念の入れようだった。


 ただ、何故カレーに拘っているのかが不思議だったのだ。

 白米を炊いて弁当箱に詰めるだけなのと、カレーチャーハンを作って弁当箱に詰めるのとでは手間が掛かる。


「でもさぁ、飽きねぇの?」


 珍しくも表情は神妙である。


「飽きた」


 返ってきた答えは至極簡潔だった。


 それもそうだろう。普段ならかけつゆまで飲んでしまうのに残っている。

 理由は飽きたからという他に、今日の弁当はカレーうどんとカレーチャーハンにカレー風味のナムルだったからだ。

 『かーちゃん、容赦ねぇな……』というのが毎日強制的にカレーの匂いを嗅がされ続けて被害者となっている生徒達の感想だ。


 皆、平凡な二年の生徒を気遣って何も言わないでいるが、カレーの匂いにもいい加減飽きていた。


 それを証拠付けるように購買では弁当のカレーライスやカレーパンを始め、カレーの香りのするものはすべからく避けられて、販売数が落ちている。

 もっとも、神懸り的な発注をする、ガラが悪い上に愛想も無いがやる気も無い購買のおっさんによって売り上げに何ら影響を及ぼしてないが。


「かーちゃんも作るの飽きてるんじゃねーのー?」


「……別のシリーズにスライドするだけだよ」


 この平凡すぎる生徒の母親とは思えない仕打ちに、一同は「ああ、またこれを繰り返されるんだな」と肩をがっくりと落とした。

 二次被害者の常連達がこの状態であるのに、当人は打開する気概を持っている様子はなく、ただ淡々と受け入れる所存でいる。

 何もかも平凡だが空気は読めないらしい。 

 皆の視線が一点へと集まって、室内には気まずい空気が流れだす。そんな中、平凡な生徒はうどんの入っていた容器を前に、手を合わせて「ごちそうさま」と唱えた。

 下手をすれば、一触即発である。

 それを打破したのは友人であり根掘り葉掘りと聞き出していた剥げ鷹だった。


「そういや、最近購買の弁当やパンって新製品が多くね?」


「あー……、社名が変わってたような……」


 加害者と認定されてしまったらしい平凡君を気遣う彼に答えたのは、部活仲間の剥げ鷹である。

 けれど毎日購買に通っていながらその返答は随分とあやふやだ。



 ちょっと遡る。



 購買に弁当やパンなどを製造から搬入までを一手に請け負っていた会社が買収され、大きな企業の傘下になったと知らせを受けたのは夏休み中の事だった。

 契約内容にも変更された点はなく、今までと何ら変わらないということだったので小難しい事は聞き流して通常業務に戻ったのは、ガラが悪い上に愛想も無いがやる気も無い購買の主任のおっさんと平の青年Aである。

 腹が膨れれば味は二の次だろうという主張のもとに、主任や担当という立場にありながら生徒達に知らせようとはしなかった。


 そして今日も弁当やパンなどを積んだトラックが入って来る。夏休みが明けて、今日から平常授業だ。


「こんにちはー、お世話になってまーす」


 いつものお兄ちゃんが真新しいユニフォームで入ってきた。


「おう、お疲れさん」


 カウンター内で椅子に座っていたおっさんが彼なりの愛想の良さで挨拶を返す。弁当やパンの入ったコンテナを押して業者の出入り口から入ってくるいつものお兄ちゃんに一度目を向けて膝の上に広げていた紙面に目を落とすが、間髪入れない早さでまた顔を上げてお兄ちゃんを凝視する。

 だがその口からは何も発せられなかった。


 その様子を傍で見ていた青年Aは、何なんだと頭を捻りながら彼に駆け寄って行って納品書と照らし合わせる、検品は専ら彼の仕事になっていた。

 

 業者のお兄ちゃんはおっさんの様子が可笑しい事に気付いてない。それどころか、長年の不況や原油高の煽りで耐え忍んでいた所に設備投資で立ち行かなくなっていたこの会社が買収されて企業の傘下になったのは渡りに船だったと、ご機嫌な口調で話す。

 事実、彼以外の同僚や上司も、お陰で従業員が路頭に迷わずに済んだし、本社の梃入れでより良い環境になったと自慢していた。


 尚も凝視するおっさんに構わず、検品の終わった業者のお兄ちゃんは近寄っていく。


「これ、ウチの親会社の社長さんから主任さんへってことで預かってきました~」


 彼が持っていたのはA4サイズの雑誌が入る深型の箱だ。おっさんはカウンターに置かれたそれを無言で凝視したのち、お兄ちゃんではなく真新しいユニフォームに目を向けた。

 

「あ、似合います? 目立ちますよね~このマーク、トラックにも入ってるんですよ~」


 のんびりとそう言うのは彼の担当がこの学校を最終地としてるからか、引っ張る胸元にはオレンジとグリーンの丸い派手なロゴがある。周りを囲んでいるアルファベットは社名のようだ。

 おっさんが最初に目に付いたのは彼の背中だった。お兄ちゃんはおっさんに背を向けてそこに入ってる大きなロゴを見せる。

 忽ち険しい表情を浮かべたおっさんは、カウンターに置かれた箱にもう一度視線を戻した。

 やはり目の錯覚ではなく、上面と横面に同じロゴが入っている。


「あまりにも目立つんで、皆安全運転心掛けてるんです。いや~、傘下には色んな業者さんがいて、有名な所ばかりなんですよ~ウチが入れたのは奇跡の様なもんです」


 おっさんの方に向き直りつつ喋るお兄ちゃんは、好運な事に彼の眦が攣りあがった表情は目に入らなかった。


 ダンボールを睨んだまま凍りついたように身動ぎしないおっさんの方は業者のお兄ちゃんの話など既に耳に入ってない。独りでトークショーを開催する業者のお兄ちゃんも、置かれた箱を睨みつけるおっさんには気付かない。


 尤も、心中の声が洩れ聞こえなくて幸いしたという所だろう。


 何やら見覚えがあるなぁ、……じゃねぇぇぇっ!

 あの、糞親父! とうとうここまで触手を伸ばしてきやがった!


 更に人相を悪くしたおっさんの心の中の大絶叫を聞けば、即逃げ出していた筈だ。

 理不尽な八つ当たりをするような非常識な人間ではないが、偶に仕事を丸投げするおっさんが派手なロゴを睨んでるうちに陳列も終わったようだ。


「それと、主任に伝言預かってます」


「ハア?」


 上げた顔は訝しげというより、険しかった。


「元気でやってるか? そのうち挨拶に行くから待っててくれ、よろしくとの事でした」


「うげぇっ!」


「えー、主任ここの社長と知り合いですかー?」


 戻って来た青年Aと業者のお兄ちゃんは揃って羨望の眼差しをおっさんに向ける。


「……んな、いいもんじゃねぇよ……面倒くせぇ……」


 珍しくも、苦虫を噛み潰したような表情を晒す。

 おっさんがこの購買を取り仕切るようになって数年経つが、腰を据えた当初より聞き覚えのある様々な企業からスカウトを受けていた。

 その中に多業種の企業を傘下に収めながら飛躍していった社長の部下も混じっているのは、極一部の者だけが知る秘密だ。

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