窃盗団の子分
誰もいない二年の教室。
今日は体育館にて生徒会を中心に総会が行われる事になっていて、今頃は全校生徒が体育館に集まっているはずである。一部の生徒を除き……。
その体育館に向かっていない一部の生徒達がここ二年の教室に集まっていた。
何故か……って?
「おい、ロッカーどれだよ」
居丈高な物言いをする生徒が振り返らずに尋ねた。
「あ、ここっす」
集団の後ろから生徒が走り出てきて一つの扉を指し示す。
この集団は上下関係があるようで先頭を行く生徒達の後ろを下っ端が米搗きバッタよろしく、へこへこと付き従っている。
「…………」
先頭集団の生徒達は案内されたロッカーの前で顔を見合わせると、確認するかのように頷きあって再び、ロッカーに目を向ける。
集団の中からひとり出てきてロッカーの前に膝を着いた。
そして徐にポケットの中から取り出したのは、先の細くなっている工具。
言わずと知れたピッキングの道具である。
彼らの後ろからその様子を見ていた米搗きバッタ……否、後輩は心の中で絶叫を上げていた。
『!!、ダメ! それ犯罪だから!!』
案内した時点でその犯罪に加担していることに気付いていない後輩の頭がおめでたいのは間違いない。
「……イケそうか?」
「…………あぁ、……もう少し……で、! 開いた」
カチリと小さな音が立ってロッカーの開錠に成功したことを知らせる。
先ほどまでの緊張感も緩み、場が一気に和んだ。
「さて、ご対面と行きますか」
「ああ」
「予定では今日で間違いなかったからな」
ロッカーを開くと、一番上の棚に保冷バッグが乗っている。
このロッカーの持ち主がこの夏持ち歩いているものだ、まさしくそれはこの集団が狙っていたブツだ。
「しょっしゃー、……確認、確認」
歌い出しそうな声と共に興奮する空気が流れ出す。
「……オープンッ!」
「おおおー!」
蓋を開けた瞬間、弾けるように歓声が上がる。
後輩は集団の後ろから覗き込むように確認しただけだったが、それは間違いなく狙っていたものだった。
「よし、食券貼り付けて……、おしっ、頼んだ」
ビニール袋に入れた食券を目の前にぶら下げるように貼り付けると、扉を閉めて再びピッキング男の
登場だ。
後は流れ作業のように元通りにして集団は保冷バッグを持って何処へやら去ってゆく。
残された後輩は手に持った教室の鍵で戸をロックすると、全速力で体育館に向かった。
「委員長、サンキュー!」
総会が始まって、冒頭での会長のスピーチの最中、一人の生徒が息を切らすことなくクラスメイトの所へたどり着くと、鍵を責任者の委員長に返した。
「ああ、遅かったな」
「んートイレに寄ってたら遅くなっちまった」
遅れた原因をからりと笑って答えた生徒に悪びれた様子は少しもない。
「……手、洗っただろうな?」
委員長は眉を顰めた。受け取った教室の鍵は親指と人差し指で端を摘んでいる。
「もちろん!」
当たり前じゃーんと知能の低さを曝け出すような笑い声を上げる男に委員長だけでなく、他のクラスメイトまで白い目を向けてくる。
「これ終わったら速攻、学食に突入だぜ!」
食い意地の張ったこの男には珍しく、財布をロッカーに忘れたと大騒ぎしたのだ。
途中まで来ていた廊下を委員長に鍵を借りて逆戻りした時、始まるまで後5分もなかった。
「そこ!静かにしろ!」
壇上からマイク越しに注意を受けた生徒はヘコっと頭を下げて口をつぐむ。
その動作も壇上から見るとお調子者にしか見えず、笑いを禁じえない。
壇上から注意をした生徒は気を取り直してスピーチを続けた。
これを傍で見ていた委員長は溜め息を吐いた。
この男に睨みをくれてやっても一向に気にしないのは今更だ、たとえ生徒会長相手でも。
それが尚更頭痛を覚える。
その上この後は昼休みだから昼食のことしか頭に無く気も漫ろなのは解っている。
尤も、それはこの男だけではないが、と呟いた。
各委員会からの退屈な報告を真面目に聞いている生徒は少ない、居眠りしていないだけマシというものだ。
体育館に遅れて入ってきた生徒はじんわりと手に汗をかいていた。
ポケットに手を突っ込み、確認するように撫でる。
薄っぺらい、小さな紙を。
先輩との取引で手に入れた食券、年中腹を空かしてる男にとっては宝くじにでも当たったようなものだ。
多少の罪悪感がなかった訳じゃないが、ヤツも念願の学食を食べられるならショックは無いはずだ。
ま、別の意味でショックを与えるかも知れないが。
人知れずほくそ笑んだ。
迎えた昼休み、体育館で閉会の挨拶が終わるのと、同時に生徒達が我先にと飛び出してゆく。
腹の虫は如何なる場合でも状況を考えてはくれない。
取り残されたのは弁当組みだけだった。
ふざけた弁当を持たされる男ものんびりとした歩みで教室に戻り、残っていた生徒から鍵を預かる。
出る時に施錠をする為だ。そして弁当を取り出そうとロッカーを開けた。
「…………」
しばしその場で固まる。
「!?」
鯉のように口をパクパクと開閉させて声も無く驚く男の姿を目撃した者は、残念ながら誰もいなかった。
何時にない挙動不審な様子はそれだけで面白かっただろうに。
男は両手でぶら下がった袋を剥がすと、
その場で捧げ持って誰だか知らない相手へ御礼を述べる。
「……、あ・り・が・とー!!」
丁度その時、学食から戻って来たクラスメイトに鍵を投げ渡すと教室を飛び出した。
残されたクラスメイトは呆けたように突っ立ったままだ。
「……あ、え?」
急いで廊下へ顔を出すも、ヤツの姿は何処にも無い。
「……弁当、持ってなかったよな」
ポツリと独り言を漏らす。
ヤツのロッカーを見ると施錠どころか、扉は開いたままだった。
その頃食堂では始めて食す学食なるものに大興奮するヤツの姿が見られた。
メニューは人気の高い日替わり定食。
食堂の職員も、居合わせた生徒達も優しい目で見守っている、さながら気持ちはお爺ちゃんだ。
本人の自覚以上に『チェーン弁当』のこの生徒は有名だった。
目の前に座っている剥げ鷹の友人が購買で買ってきたパンを食べながらニヤニヤと笑っている。
『ほーらな、やっぱり問題ねえじゃん。ま、驚いた顔を見れなかったのは残念だったけどよ。』
普段、大して表情の変わることのないだけに一番興味があるのはそこだった。
だが、総会の間に起きた件に係わる事は心の中だけに止め置く。
「……うまいかよ?」
「!うん」
満面の笑みを浮かべて答えるヤツの顔は、笑っても平凡さは損なわれることは無かった。
新たな発見だ。
友人が失礼なことを考えてるとも知らず、本人はじっくり味わって定食を食べている。
どうでもいいが昼休み終わっちまうぞ?
「良かったなあ。あ、これ飲食スペースにあったぞ」
そう言って徐にテーブルの上に乗せられたのは保冷バッグ。
「あ!!」
思わず大きな声が出た。
別に行方を心配していた訳じゃない、すっかり忘れていただけだ。
ロッカーから消えた保冷バッグを持ち上げてみるが弁当箱の中は空のようだ。
「……一体誰が?」
答える者は誰もいなかった。