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購買にて

前回の直後です。

「おっちゃん!カレーパンない!?」

 見るからに汗臭い生徒が昼休み終了間近になって飛び込んできた。


「はあぁぁ?オメーもか……」

 ガラが悪い上に愛想も無いがやる気も無い購買のおっさんが言い放つ。

 親父はカウンター内で椅子に座ったまま立ち上がる事もなければ振り向きもしない。目はスポーツ新聞に向けられたままだ。


「ええぇぇ!?他にも来た!?なあ!なあ!」

「……ああ、うっせぇ。」


 口から先に生まれたような騒がしい生徒に眉を顰める。

 漸く親父が顔を上げると、騒がしい生徒はカウンターに身を乗り上げ、間近にまで迫ってきていた。


「……。チッ、どけ」


 乱暴に生徒の頭を手で押しやり睨みつける。


「なあって!」


 苛立たしく舌打ちするも生徒は引かない。

 気の小さい生徒なら第一声で逃げている所だが、残念ながらこの学校でそんな生徒には滅多にお目に掛かれない。

 こんな時はタバコでも吸いたいと親父は思うが、この学校は敷地内全禁煙となっている。

 それもこれもスポーツマンシップを推奨し、全国を目指して日々鍛錬を欠かさない生徒達の為だ。

 余計に腹が立つ、と親父は呟いた。


「カレーパンはねぇよ。……とっくに売り切れだ。」

「えええええぇぇぇぇ!!そんなー!!」


 たったカレーパン1個に大げさに嘆くのも珍しい。

 相手をしていた親父が『うぜえぇぇー』と心の中で叫んでいたのは間違いない、表情はどんどん険しくなっている。

 それにも構わず、本当に無いのかと疑いの目を向けながら未だ打ちひしがれる生徒は心臓に毛でも生えてるのか、いや、この学校で生き抜くにはこの位しぶとく強かに、打たれ強くなければいけない。何たって全国を目指してるのだ。


「昼休み終わりだろ、早く戻れ」


 再びスポーツ新聞に視線を落とした親父は片手を振って生徒を追い出しに掛かる。

 本気でやる気が無い。

 でもこうなったら相手にしてくれないのはこれまでの経験で解ってるので、生徒も素直に引く。



「はーっやっと帰ったか。しつけぇなあ」

 汗臭い生徒が哀愁ただよわせて教室に向かった後の購買ではこの親父が容赦ない台詞を吐いていた。


「まあ仕方ないですよ。でも今日はどの生徒もカレーパンでしたね、次から発注増やしますか?」

 この購買のもう一人の担当、青年A。

 今日の現象を生徒の腹の事情とあたりをつけて、売り上げアップを考える真面目な男である。


「……ちげぇ、ありゃたった一人の生徒が原因だ。そら、隣のスペース、大方そこでカレー食ったんだろ」


「は?・・・弁当にカレーですか?コンビニ弁当持ち込んだんですか?」


「ああ……お前ココ来たばっかだっけな……。二年にな、母親が変な弁当作るんで有名な生徒がいんだよ、今日はたまたまカレーだったってだけ。……だから発注も増やす必要ねぇよ」


「へー、じゃあその生徒の母親にカレーの日を教えてもらいましょうか!? 二~三日前に教えてもらえば発注出来ますよね?」

これで売り上げアップだと、途端に張り切りだす。


「……はあ」


 ここにもうるせぇのがいた……。

 そう呟いてウンザリと溜め息を吐くと親父は週末の競馬一覧に目を向ける。


「……好きにしろ」

 ガラが悪い上に愛想も無いがやる気も無い購買の親父はやはり決まり文句の台詞を吐く。


「はい!!」

 熱血青年はこのガラが悪い上に愛想も無いがやる気も無い親父とバランスを取るために上が採用し配置した男である。もちろんこの学校出身だ。


「……タバコ吸いてぇ」

 ぼそりと呟いた親父の声は誰にも聞き届けられることは無かった。



 翌日、購買が黒山の人だかりとなっている最中、熱血青年が隣の飲食スペースに突撃していく姿があった。


「新入りいぃぃぃ!!戻ってきやがれえぇぇぇ!!」


 ガラが悪い上に愛想も無いがやる気も無い親父の怒声は今年に入って何度目か。

 

「またあの兄ーちゃん怒られてるよ」

 ひしめき合う購買で暢気な声がどこからか上がる。


「ははっ、どっちもどっちじゃね?」

 混雑で離れてしまったらしい友達がこれまた暢気な応えを飛ばす、無責任に言い放つ生徒達に罪は無い。


 季節はまだ新緑の頃。


「おい!ぼやっとしてねぇで呼んで来い!」


 我慢の限界とばかりに、入り口近くに立っていた生徒達に向かって怒鳴りつける。

 昼休みの購買は戦場だ。

 ガラが悪い上に愛想も無いがやる気も無いのは忙しくても変わらない。

 これでもこの親父、主任である。

 外れないカンで発注をこなす、当然購買の売り上げは右肩上がり。この学校に在校当時は生徒会長まで務めた男である。

 

 また誰かの声があがる。


「ほらなー?」


「うっせえぇぇぇ!!」


 これが問題にならない程度には平和なのだ。

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