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絡みません 下

 本来、全てにおいてのんびり屋の彼が寮内の事情まで知ってるのは偏に剥げ鷹の友人である彼のお陰だったりする。

 そうでなければ入学したこの学校がスポーツ校だと気付くのは半年程先の事だったと思われる。

 本当に彼はこの学校の特性を知らずに入学したのだ。


 因みにそんな彼だから、合格した結果報告の際も散々たるものだったのは当然とも言える。

 

 担任は喜色満面な笑みで「さすが私の生徒だ!私は信じていたぞ!」と、両手を広げて出迎えたのに対し、「嘘言うな!!」と何時にない反射スピードで彼が怒鳴ったのは仕方のない事だ。

 だが担任も空気は読めなかった、一番の不安要素だった彼が合格していたのだから喜びも一入だっ

たのは理解できても、熱い抱擁は理解できない。相手によってはセクハラか、はたまたパワハラで訴えられても仕方がない。この調子では仕事は遣り遂げても変質者の烙印を押されてでクビ一歩手前になりそうだ。


「褒美だ、抱きしめてやろう!」

「いらねーよ! 気色悪い!オマエ願書提出ギリギリまで『変更しろ~』『変更しろ~』って繰り返してたじゃねーか!! おまけに受験日近くなると呪い殺しそうな目で俺見てた!!」


 合否結果に一喜一憂する生徒を気遣い、緊張感さえ漂っていた職員室の空気を殺伐としたものに変えたのはこの二人だ。

 

 塾の講師においては期待してなかったといった対応だった。

「うん、奇跡だね。よく頑張った」

 満面の笑みでこの台詞を吐く講師に彼は密かに涙を流した。彼は志望校を告げた時の事も忘れてはいない。


 母親にも満面の笑みを向けられた。

「おめでとう。四月からは高校生ね。(やればできるじゃない)お祝いしようね、お父さんにも報告しないとね。喜ぶわよ~(受験費用、必要最低限で済んだし。通学費いらないし)」


 副音声が筒抜けの台詞だけど喜んで貰えたのは事実だった……。何のお祝いなんだかと別の意味で涙を流した思い出は心の奥深くに仕舞い込んである。


 そうして彼も色々あったけど晴れて高校生になったのだ。前述の通りレベルが高いこともあって初っ端から授業についていくのは大変であったけど。

 何も知らずに希望した学校とはいえ、事前に唯一調べた事はこの学食だった。

 二年生になった現在も一度すら食べたことはないけど……。


 彼が楽しみにしていた学食のメニューはバラエティー豊かで、寮生にとって選択肢が多いのは嬉しいけど、量は一般的普通サイズなので『がっかりだ』なんてこぼしている。

「寮の飯の量がありえないんだよっ」と言うのは極少数派の寮生だ。

 剥げ鷹の彼の友人は学食費として毎月決まった額を親から支給されていて、けして贅沢は出来ないという事情を抱えている。

 一応ここのメニューの平均金額と巷のファミレスの平均金額を比較して計算した上で振り込んであるらしい。


 だがのんびり屋の彼が思ったのは、『多分、お父さんの稼ぎも計算に入れてある』という他人の家計の事情だ。



「全然たりね~」

「こっちを見るな」



 物欲しそうな目で剥げ鷹の友人が狙っているのはのんびり屋の彼の弁当。

 

「やらねーよ!」 

 俺も腹減ってるんだと言いたげな鋭い視線を友人に向けている。


「けどさ~お前の母ちゃん豪快というかおおざっぱというか……」

「まあな、自慢にならないけど寮の飯より酷いよ」


 比べる以前の問題だと周囲は呟く。そう言わしめる彼の母親はありえない弁当を作っている。

 作っているとも言えないんだけどな、と言うのは持たされる当人の意見だ。


 剥げ鷹と言われている友人さえ呆れさせる今日の弁当は、

 

 レトルトカレー。


 弁当箱に真っ白いご飯が敷き詰められていて、隅っこにラップに包まれた福神漬けとらっきょうがのっかっている。

 ただそれだけ。

 被せた蓋の上にレトルトカレーを乗せてインスタントのスープとカップを一緒に包んだら、弁当製作終了~。

 

 だから重かったのかと彼はひとりごちた。

 このレトルトカレーやスープもスーパーの特売日に買ってきた代物で、いったい彼の弁当が一食いくらで出来上がってるのか知りたいのは当事者だけではないはずだ。



 彼らが居るのは購買の横に作られた調理室もどき。

 ここに椅子やテーブルの他にレンジや湯沸しポットも設置してあって、生徒が自由に使用できるようになっている。

 彼の様に弁当持参者や、購買利用者の多くがここに集まって食べている。

 しかし、年功序列というヤツで二年生の彼や一年生が先を競ってレンジを使用するわけにはいかず、他の生徒と比べ、昼休みに突入しても彼の進める歩みは必然とゆっくりとなるわけだ。


 その調理室もどきの常連者達にも当然彼の弁当は有名で、毎日のチェックは欠かされる事は無い。

 本日、大笑いされながら彼がカレーを温めていると、剥げ鷹の友人が早々に学食での昼食を済ませてやってきたわけである。

 途中、購買で買ってきたパンを手に持って彼のカレーを食い入るように見ている。


「やらねーぞ」


 さっさとそれを食えと言わんばかりにパンを睨みつけて言ったのが、先の台詞だ。

 確かに手抜き弁当は頂けないが、味気ない冷えた弁当よりはカレーは食欲がわく。

 ここにはレンジがあるから関係もないが。

 現に室内にいる他の生徒達も「カレー食べたくなったきたよ」と笑いながら話している。


 カレーの匂いって食欲そそるからなあと剥げ鷹が呟く。


「うん、うまい」

「いいな~、ほしいな~」


 彼のの弁当は剥げ鷹たちにとって大変魅力的らしい、友人の剥げ鷹だけでなく他の剥げ鷹らしき先輩達ももじりじりと寄り集まってくる。


 そんな彼らの胃袋を刺激する彼の母親の手抜き弁当のレパートリーは、のり弁、三色弁、ハンバーグ、親子丼、牛丼、ハヤシライス、クリームシチュー、ざるうどん、ざるそば、オムライス、ドリアetc。


 世間様を呆れさせるようなレパートリーを聞けばもう分かると思う、お手本はお弁当屋さんや、ファミレス。


 食べた彼の感想で一番まともなのはのり弁。

 白いご飯の上にきんぴらなどの常備菜をのせて海苔をかぶせるその上に白身のフライが乗っている、とある弁当屋さんで定番のものを参考にしているらしい。

 フライはクッキングシートに包んであって、温める時の一応の気遣いが見て取れる。

 しかし、フライを取り除いたら真っ黒という弁当だ。

 彼の好きなタルタルソースも付いている。


 三色弁は鶏そぼろや煎り卵なんか乗ってる三色の弁当で、これにも白身のフライが乗ってる。


 ハンバーグ、親子丼、牛丼、ハヤシライス、クリームシチューはレトルト。

 ハンバーグにはフライドポテトにんじん、ブロッコリーが白いご飯の隅に入ってて、ハンバーグを上に乗せて温める代物。

 他はカレーと一緒、クリームシチューは炊き込みご飯とのセットになっている。

 ざるうどんやそばは夏の定番。保冷剤のはいった保冷バッグに入れてあるので冷たいまま食べられる。

 薬味もつゆも当然入ってて、炊き込みご飯のおにぎり付き。


 オムライスはケチャップのチキンライスとカレー味チャーハンの2パターン。

 カレー味にはチャーハンの上にチーズ乗せて卵で閉じてある。

 ドリアは寒くなってから増えたメニューで和風とカレーと洋風の3種類。


 彼の弁当の中身とはこんなもの。

 世間様では彼の弁当は『チェーン弁当』なんて言われている、お手本にした店のチェーンと弁当に使われている材料の使いまわしだからというのが理由だ。


 たとえば、炊き込みご飯はクリームシチューとおにぎりと和風ドリアに使っていて、カレーチャーハンはオムライスとドリア。洋風ドリアのライスにケチャップを足したのがオムライスの中身となる。

 フライはのりと三色弁。ざるうどんとさるそばも麺の違いだけで他に用意するものは一緒。

 

 不味くはないけどたまには普通の弁当を食べてみたいと彼が思うのは無理もない。

 未だに訴えられずにいるのは、彼の母親が普通の弁当の中身を知っているかという事が問題だからだ。


「ごちそうさま」

 手を合わせて感謝のご挨拶。


 集まってきていた剥げ鷹達から舌打ちの音が漏れる。

 彼が『俺の弁当だ!』と声を大にして言いたいのは毎回の事だ。


 『はー、明日はなんだろ?今日レトルトだったからのりか三色かな・・・』だとか。

 『俺の弁当、明日も狙われるんだろうな・・・』

 なーんて、剥げ鷹達を無視して彼が心の隅で暢気に呟けるのは腹が満たされて心に余裕が出来たからだ。

 

 でも彼はこの時知らなかった。

 メニューにつけ麺シリーズが大量投下されて剥げ鷹達を大いに興奮させることを。

 

 続く……。


 



プロローグ的な話はこれで終わりです。次から本編に入ります。

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