探偵じゃないんです。
二章 探偵じゃなくて、俳優ですよ。
「くそっ! なんで見つからないんだ?」
――ここは都心から少し離れた山奥にある、古い洋館という設定だ。夜は、からすの鳴き声と洋館の微妙な古さが功をなしたのか、とてもミステリアスな雰囲気を保っている。
昔はアトリエと呼ばれていた、洋館から少し離れたところにある倉庫は今はまぁ客の荷物置き場と化しているのだが。
そこで男は声をあげた。
たぶん二十代後半だろう? 顔立ちはいわゆる優男。何かスポーツをやっているのか体格はよさそうだ。ちなみに、これだけ聞くとそれはとてもごく普通のイケメンと呼ばれる訳だが、この男はごく普通とはかけ離れた位置にいる。
なぜなら男は先刻、人をひとり殺したからだ。
見かけによらずとはこのような男をゆうのだろう。「蚊すら一匹も殺せませんっ」みたいな顔をしているくせして。
そんな男は今、証拠を消して目指せ! 迷宮入りといったところだ。男はあせっていて気づいていないが、けっこう大きな声をだしている。
「なぜだ!! まさか間違えた? いや、そんなことがあるはずは……きっとどこかにあるに決まってる」
その時、突然男は後ろから光に照らされた。
「な、なんだ!?」
男は驚いて言った。
「やはりあなただったんですね……」
「だっ誰だ!?」
男はあわてて後ろを振り返った。
そこに立っていたのは少し幼さを残す少年だった。少年はチェックの帽子にチェックのマント。とても典型的な探偵の服装をしていた(以後探偵と示そう)
探偵は静かに、そして鋭く言い放った。
「ここで何をしていたんですか? まさか荷物の整理ではないでしょう?」
男は背中に冷や汗をかくのを感じた。
「なっなにを言ってるんですか? 私はただ、自分の鞄から着替えを取り出そうと……ってあれ? ありらら。どうやら酒田の鞄と間違えてしまったようですね」
それを聞くと探偵は細く微笑んだ。
「残念ながらそれは酒田さんの鞄ではありません。それは私の鞄です」
探偵はどこからか鞄を取り出すと男に追い討ちをかけた。
「そしてこれはあなたが探したかった、あなたに濡れ衣を着せられた酒田さんの鞄です」
探偵はしゃべるのをやめない。
「さらに言いましょうか? あなたは多川さんを殺害したあとベランダから逃げ、倉庫にある酒田さんの鞄に凶器を隠した。その後、素知らぬ顔で駆けつけた私たちに合流した」
違いますか? と探偵は鋭く念を押した。
からすの鳴き声さえもやみ、辺りは静寂につつまれた。だがその静寂は男の醜い笑い声によって破られた。
「ふっくっくっくっあ――――――はっはっはっ!!」
男は笑いながら探偵に近づき、突然襲いかかった。
「はっ! お前さえ口封じすればおわりなんだ! 残念だったな。探偵さんよぉぉおおお!」
――――だが、男には誤算が二つあった。
一つ目は、ここにいるのは探偵だけではないこと。
二つ目は…………。
男が叫ぶと同時に探偵は横に跳び、そのまま勢いに身を任せ男を投げ飛ばした!
「すいませんね、こうみえてもいちよう格闘技をたしなんでいるもので……」
探偵は静かに微笑んだ。
「確保ぉぉおおお!!」
またそれと同時期に、探偵の呼んだ警官隊が男に向かって突撃していった。
「THE ENDです。さようなら犯罪者」
探偵はそうつぶやいた。
「はいっ! カット~~」
陽気な声が辺りに響いた。
ここは東京にある某TV局のスタジオだ。
「ふ~疲れたぁ」
先ほどまで探偵役を演じていた少年は、さっきの真剣な表情はどこにいったのかうってかわってだらりとしている。
少年の名は町川 衣織
今人気沸騰中の高校生俳優だ。清純派で真面目なことが特徴となっている……。
「マジ疲れたー! もう今日これで終わりっしょ? さっさと家帰りてぇー」
せい……せっ清純派でぇっす! いっいちよぉ…………。
――――まぁ俺も好きで清純派をやってる訳じゃない。決して! これは、その方が面白いとゆう、身勝手な理由でやらされていて、幼かった俺は純粋にその通りに動いちまったわけだ。
そしたら気づいた時にはもぅイメージついちまってて…………どうしょうもなくなっちまったってわけだ。
ほら、噂をすれば元凶がやって来た…………。
「衣織君、お疲れ~」
衣織のそばに男が近寄ってきた。
黒いキャップにサングラス。35歳とゆう年齢を感じさせない髪の寂しさである。おかしな――――陽気な行動や言動が特徴でUの文字が真ん中に一つだけ入った独特なTシャツをよく着ている。基本なにも考えていないように見え、本当になにも考えていない人だ。
「おぉ~プロデューサぁ」
「あ~衣織君。今日も良い演技だったねぇ」
「そうですかぁ?」
まっあたりまえですけどっと胸を張ってみた。
「出た! ナルシー」
「なんだとぉおお!!」
――それは聞き捨てならないぜ! 俺はナルシーじゃなくて本当に演技がうまいだけだっつーの。
「あっそーいや衣織君。次の撮影のことなんだけど……」
衣織の抗議をスルーして言ったがまぁ本人に悪気はない。
「あー“GAME”のことですか?」
衣織は、待ってましたとばかりにこの質問へ飛び付いた。
「お願いがあるんですけど!」
「ダメだねー」
…………。ソッコーでかよ。
「頼んますよ! ヒロインが同い年って俺に死ねって言ってるもんじゃないですか!」
まったく、俺にとっては死活問題だぜ? だってヒロインの穂高 楓は同い年だ。
――俺は同い年が嫌いだ。
まぁ嫌いといっても友達とかはいいんだ。双子もいるし。でも今回は話が別だ。“GAME”(ゲーム)はファンタジーだがいちよぅ恋愛も入ってるドラマだ。それを同い年の楓とやると考えると……。
まぁしかし楓は悪いやつじゃない。俺の幼なじみだ。口うるさいけど。
「ダメなもんはダメだよ」
ばっさり切られた……。
「ちぇっ」
「あっダメだよ! 君は清純派……」
「はいはい、わかってますよ~」
断られるとわかっていたのか、衣織はすぐ諦めて、すねたふりをした。
「あぁ、本当にわかってるの―?」
「わかってますよーっじゃぁ失礼しまっす。次は“GAME”の撮影で」
タクシーで家に帰るとまだ明かりはついていた。
「ただいま」
「お帰り~」
「おいー、こんな時間まで起きてんのかよ。明日早いんだろ? もう寝とけよ」
双子の弟、圭は高校生だが医者の仕事をしている。
「まぁ早いけど……そんなことよりもいお兄! ヒロインかわいい年下か年上の子になった!?」
一ついっておこう。
圭は俺と同じ趣向だ。
「いや、まだだよ……」
「はぁー、いお兄ドンマイ」
“チャチャチャチャチャッチャラッチャ~ラ~ラ~チャッチャラ~チャ~ラ~ラ~”ピッ
“となりのト〇〇”かぁ。着メロのセンス……あえて衣織は口に出さなかった。
「あっちょい、いお兄ごめん」
「おぅ」
医者は仕事柄、緊急に呼ばれることが多い。きっとまた緊急のお呼ばれだろう……。
「もしもし~? あっはい、今行きま~す」
さ~て、予想は当たりか……?
「いお兄! 悪いけど急の患者入ったらしいからちょっと行くよ!」
「いってらぁ~」
っっしゃぁあ! 当ったりぃっ! さっすが俺っ! としか言いようがないなぁ。
ふっくっはっはっはっはぁ! …………っとふぅ。
…………むなしくなったのは言うまでもないだろう。いや、言わせないでくれよ……。
「……さて、と親は今日は帰ってこれませんってか」
メモ書きはなぜかご丁寧に星形に切り抜かれていた。
夕飯を適当に済ませ、ベッドで寝ころがっていると、そこで突然眠気が襲ってきてしまった……。
何十分間か格闘していたが。
「やべ…………」
――午後12時少し前、夢の中へ行ったようだった。
「いお兄! いお兄ってば!」
ん…………? まだ寝たいってばぁ。できればあと五時間ぐらい寝させて……ムニャ。
「いお兄! じ・か・ん!」
「ふぇ? ちかん……?」
圭はため息をついた。
「時間だよ! 時間! 仕事いいの!?」
やっと目が覚めた俺は状況を理解し始めた。
「今、何時…………?」
「はぁ、10時だよ」
やっちまった。――遅刻だ。
確か今日の撮影場所は公園だ。走ればギリギリ間に合うかもしれない。
「じゃぁ行ってきまーす!」
「いってらぁ~」
(ってまだ行っても30分前なんだけど、まったく律儀だなぁ)
いつも30分前に仕事場へ行くことをモットーとしている兄をみて、圭は思った。
そして、圭もまた仕事に出掛けていった。