46.拒否
「ふあーっ、疲れたー」
シルク・ホワイタビーは、机の前に、ゆっくりと腰かけた。
「お疲れ様です、シルク様」
ラメル・アルフォートは気を遣い、手ぬぐいを彼女に渡す。
「あら、ラメルちゃんはやっぱり気が利くわねー」
シルクは褒める。
ラメルは、少し顔を赤らめ、シルクと視線を合わせなかった。
ブレイバー本部、医療薬品管理室。
訓練で疲弊した多くの勇士がここを訪れるが、皆は縮めて"医療室"と呼ぶ。
マイノリティ大会が近いこともあり、日に日に訪れる勇士は増えていた。
「ちょっと最近忙しいですネー」
シンディ・クローズは言う。
「大会前はこんな物よ。去年の方が忙しかったわね」
シルクはそう返した。
「でも、波は去ったみたいで良かったですね」
ラメルは安堵し、椅子に座った。
ふと、声がする。
「すいませーん、まだ空いてますかー」
「はーい、どうぞー」
シルクは答えた。
扉が開く。
「あら?」
シルクは、扉の向こうにいる彼の顔を、久々に見ることになった。
「スタンくん!」
ラメルは驚いた。
二週間ぶりに見る青い隊員服は、すっかり汚れてしまっている。
「いやー、すみません。ちょっと遅くなってしまいました。とりあえず、前にいただいた包帯を取り替えたいのですが」
スタンは苦笑いをしながら言った。
「ええ、大丈夫よ。ラメルちゃん、座ったばかりで申し訳ないけど、彼に譲ってあげて」
「は、はいっ!」
ラメルは椅子から立ち上がる。
スタンは医療室に入り、椅子に座ろうとした。
「失礼します……ん?」
ラメルは、スタンを見つめている。
「……」
口を開け、まっすぐ彼の顔を見ていた。
「えっと、もしかして僕の顔、汚れてる?」
スタンは聞く。
「あっ……あの! いえ!汚れてません!むしろ、き、キレイ……というか」
「ん?」
「ひっ! いえ! なんでもないです! どうぞ座ってください!」
ラメルは後ずさりし、手で椅子を指し示した。
「あ、はい、ありがとう」
スタンはゆっくりと座った。
「ンー!確かにクールボーイ、ですネー」
シンディはそう言った。
シルクは、くすくす笑っている。
「うふふっ。さて、じゃぁ取り替えましょう。腕を出して」
「はい」
スタンは袖をまくり、シルクに右腕を差し出した。
「うわー。これ、もしかして自分で巻いた?」
「は、はい」
「これ、固定も何も出来てないわね。これじゃぁ包帯の意味全くないわよ。ただのファッションみたいになってるわね」
「はは……気を付けます」
「今度は私がしっかりつけてあげるからね」
シルクがスタンの右腕に触れた、その時だった。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
突然、二人の間に衝撃が走った。
スタンは椅子からころげ落ち、シルクは横に倒れてしまった。
「な……なんだ」
スタンは起き上がる。
「何の衝撃なの、今のは……はっ!」
シルクの髪飾りが、衝撃のため床に落ちてしまった。
「あ、髪飾りが落ちてますね」
スタンは手を出す。
「スタン君!触っちゃ駄目です!」
ラメルは叫ぶ。
その時にはスタンは、髪飾り――もとい「心器 激流」に触れてしまっていた。
……
「ん?これが、どうかしたの?」
スタンは髪飾りを持ちながら答えた。
「どうして……"拾えた"の……」
シルクはそう言いながら、スタンの持つ髪飾りを受け取った。
「え?何かありましたか?」
「いえ……何でもないわ」
「そうですか。大事なものだったのですね。すみません」
「……シンディ、彼の包帯替えてあげて」
シルクは静かにそう言った。
「ホワット? なんで私なんですカー?」
シンディは目を丸くしている。
「私、ちょっと急用思い出したの。ごめんね」
シルクは椅子から立ち上がる際、シンディの眼を見た。
「アーハー、分かりマシタ。シルク様の言いたいこと」
シンディはそう言い、スタンの正面に座った。
「?」
スタンは、首をかしげている。
「え、えっと……」
ラメルは戸惑っていた。
「ラメルちゃんは分かっていなさそうだから、今あったことは"忘れて"」
「えっ! 忘れるって言ってもどうやって……」
シルクは人差し指で、ラメルの額に触れた。
「"念却"」
「はう……」
すると、ラメルは膝をついて、ばたりと倒れてしまった。
「スタン、今の衝撃はあなたが強くなったから起きたものよ」
「えっ! そうなんですか」
スタンは、右腕をシンディに差出しながら言う。
「そう、でもエネルギー、いわゆる"魔力"が外に出過ぎているわね。ラメルちゃんは、今の衝撃もあって疲れちゃったから、休ませてあげただけよ。こういう風に、他の人の迷惑になることもあるから、気をつけてね」
シルクは笑った。
「は、はい……すみません」
スタンはうなだれた。
「オーケー!これで大丈夫ネ。安静にしててくださいネ」
シンディはそう言い、包帯のしっかり巻かれたスタンの右腕をポン、と叩いた。
「いてっ!」
「オー、ソーリー!」
「はは……では、僕は今日は部屋に戻ります。総長がお戻りになるのはいつぐらいですか?」
「明後日よ」
「分かりました。ではその時に。今度、休んでしまった授業の分を教えてください」
「勉強家ね。分かったわ」
「はい、では失礼します」
スタンは立ち去った。
「ごめんねスタン、私は貴方に嘘をついた」
シルクはそうつぶやいた。
「あの衝撃は、貴方が強くなったからではない……普通あんなことは起きない。どうしてなのスタン、なぜ貴方には"激流の拒否反応"が起きないの?」