45.邂逅
これは本当に僕なのか?
僕は戸惑っていた。
これだけの力、レベル「5」ともされる魔術をこうも簡単に……。
そうして、周囲を見渡す。もう日が暮れ、木々が美しい橙色に染まっている。
これは、何回目の日暮れなのだろう。
レックスさんの下で、訓練を始めてから何日経ったのだろうか。最初は日が暮れた回数を数えていたのだけれど、疲れて忘れてしまった。
今、僕は一人で個別に修行をしている最中だ。レックスさんは僕の面倒を見てばかりではいられない。
「はーっ、でも疲れたーっ」
僕は横になる。しかし秋の夜だ。土が冷たい。
そうして、空を見上げてちょっと考えることにした。
僕はここ数日、レックスさんに頼んで訓練を始めた。
そうだ、マイノリティ大会で勝ち進み、マジョリティの階級に進むことが僕の目標だ。
でも、僕は入隊して間もないマイノリティだ。そもそもマイノリティ大会で勝つことが出来るかどうか。傲慢な目標も大概にした方が良い。
……いや、目標は高く持つ。レックスさんのような、剣士隊長になる。今はなれなくても、絶対に。
「目標は高く持つことだ。己で限界を決めるべきではない」そうレックスさんにも言われた。
どんな修行をしたのかと言うと、簡単な話「ひたすら大きい炎を出せるようにしろ」というものだった。
なんともシンプルではあるけれど、そもそも熱を出すことで精いっぱいだった僕にその命令なのだから、鬼である。
そうしてひたすらこの"熱流剣"を振るって感覚を掴むことにした。詰まる所、素振りだ。
そしたら、自分でも信じられないくらいの短い時間で火を出せるようになって、しまいには"火柱"まで……。
まるで魔法のような……いや、魔法みたいなものか。とにかく、凄い早さで僕は火を出せるようになっていた。
でも、違和感が僕の中であるんだ。
炎を放つその瞬間、僕の記憶がフッと無くなる感覚がある。
これはレックスさんには言っていないことなんだけれども、まるで"魔術を使っているのは僕じゃない"感覚なんだ。
だから、僕は自分の力でここまで出来るようになったとは思っていない――
「おーい、スタン!」
ふと、懐かしい声が耳に入る。誰だろう。
「エクセルか!」
思い出した僕は体を起こす。
「あれっ?」
僕は彼が、記憶と違う姿をしていたことに気付いた。
「鳶人様の所でみっちり鍛えられたからな!」
エクセルは答える。
頭にバンダナを撒いて、袖はまくっている。いかにも寒そうだ。
「そっか。僕も君も、随分変わったってことなんだね」
「試して、みるか?」
エクセルは袖をさらにまくる。
「えっ……と」
「いや、やっぱりやめておこうか。マイノリティで分かることだし」
「そ、そうだね!」
良かった。疲れていて、稽古どころではない。
「ところで、どうしてここまで来たの?」
「おいおい、マジで言ってるのか?」
僕の質問を聞いて、エクセルはあきれるように答えた。
「え? どういうこと?」何を言っているのか、わからない。
「マイノリティ大会まで、あと何日だと思っているんだ?」
分からない。
「……おい、本当に緊張感なさすぎだろ。俺なんか緊張感ありすぎて、朝も起きれないんだ」
朝は起きろよ。
「ライセンス見てみろよ」
「えっ、ライセンス?」
本当によく分からないが、僕は内ポケットにしまっていたライセンスを取り出す。
普通のカードにしか見えないし、大会のことなんで何も書いていない。
「ライセンスが何の関係があるの?」僕は聞く。
「ライセンスを水平に持って、知りたい情報を思いながら指で円を描いてみろ」
「は?」
「だから!横に持って『マイノリティ大会はいつですか』と考えながら人差し指で丸を描くの!」
「え? う……うん」
僕はライセンスを横に持った。そうして、ライセンスの上を人差し指で円をなぞる。
「マイノリティ大会はいつですか、っと」
すると、ライセンスから緑色の光がぶわぁっと広がった。
「うわっ!……あれ?」
そうして、よく見ると、文字が浮かんでいることに気付く。
「マイノリティ大会まで……あと……3日!?」
「そうだよ! やっと気付いたのか!」エクセルは言う。
そんなに経っていたのか。
「戻った方が、良い?」
「当たり前だろ!」
そりゃそうか。
「それどころじゃない、むしろ招集がかかってるんだ! 俺は鳶人様から聞いたけど、スタンは今一人で過ごしてるって聞いたから、呼びに来たんだ」
「招集……?」
「そうとも。ブレイバーの総長が本部に帰還するんだってよ!」
僕はその時、聞き慣れない言葉を耳にした。
「総、長?」
「そうだよ。ブレイバーで一番偉いお方だ」
「え? ちょっと待って、ブレイバーで一番偉いのは剣士隊長じゃないの?」
入隊した時に、総長がいるという話は聞いていない。
「俺も剣士隊長が一番偉いと思っていたんだけどな……なんでも、世界じゅうの情勢を視察する旅に長いこと行っていて、何年かぶりに戻ってくるそうだ」
「へぇー、そうなんだ。じゃぁ、戻らないとだね」
丁度、そろそろ戻る時だと思っていた頃だ。
体じゅうが痛いので、医療室で何か手当してもらおう。
それにしても総長って、一体どんな人なんだろう。
そんな他愛もないことを考えながら、僕とエクセルは本部に向かって歩いた。