44.思い出の地へ
国際連合管轄、オルダー戦争地帯跡地。
旧名、"希望の地"スペランツァ――
レックスは、「久々に」この地にやってきた。
ギルバートから聞かされた、「天使と悪魔の物語」。
首謀者は誰なのか。千年前に何があったのか。「会ったことがある」というのはどういうことなのか。
全てを伝えられたレックスは、ギルバートにとある人物に会うように言われた。
「懐かしいな、スペランツァ」
空は灰色だった。どこを見渡しても灰一色。激しい戦いの末、荒廃した地。
「あれから五年、か」
周囲を見渡しても瓦礫の山ばかりで、五年経つ今も戦いの痕跡が残ったままだった。
そう独り言を吐くと、彼は再び歩き出した。
彼が「黒髪の狂乱者」と呼ばれる由縁となったオルダー戦争。そして剣との出会い。自分の過去と向き合う時が来たのである。
少し歩いたところにひとつ、ぽつんと、建物があった。すすで汚れ、木で造られており、とても頑丈には見えなかった。
「マーズ、いるか」
建物の前で彼は言った。
「……」
声がない。
「マーズ、俺だ……レックスだ。そこにいるのは分かっている」
「……」
マーズという人物は依然、黙ったままだった。
「聞きたいことがあるんだ。"心器"について、アンタについて」
「……」
「そうかい、だったら本人かどうか証明してやろう」
レックスは、持っていた剣の柄を握った。
すると、彼の手にぼうっと、青白い光が宿った。
そしてその手をゆっくりと、入口の前にかざした。
「この感触で分からないか? 忘れたのか? 自分の"作品"を」
「入れ」
ふと、声がした。
「最初からしゃべってくれよ、本当」
レックスは手をかざすのをやめ、建物に入っていった。
*
彼の目の前にいたのは、女だった。
額や腕には包帯をしており、来ている服もはだけ、汚れ、破けていた。
が、瞳には燃えるような輝きがあり、無造作に伸びた茶色い髪もまた、つやが残っていた。
「久しいな、マーズ」
レックスは言った。
「何故ここに来た」
マーズは、真顔でそういった。
畳が敷かれたその部屋は、この国では異質だった。いや、マーズの存在自体が、異質そのものだった。
「ギルバートから話を聞いた」
「三人衆のか?」
マーズは少し動揺したのか、瞳が大きくなった。
「そうだ、俊足のギルバート=ウェイン。あいつから話を聞いた」
「どんな話だ」
「天使と悪魔の物語」
「……ふざけているのか?」
「いいや、ふざけてなんかいない」
「では話してみろ」
「分かった」
レックスは、ここまでの経緯を話し始めた。
「ここに住んでるお前は知らないとは思うが、近頃ピース・タウンでは黒い翼を持った化け物が出現している。
引き金となったのはシュテンハイム刑務所での襲撃事件だ。
看守や従業員、ほぼ全員死亡が確認された。もっとも、生き残った者も今は動くことができず、精神的にぼろぼろだ。
この事件についてはもともと、千年前に全く同じ状況で起きている為、俺は関連性を調べていた。
そうしたらビンゴだ。千年前に目撃された悪魔……もはや"伝説"とばかり思われていた悪魔そのものが、俺たちの前に現れたんだ。」
そこで俺はある悪魔に出会った。ジューンと名乗るそいつは、ストロンと呼ばれた人物を探していた。しかし俺は、ストロンという人物が何者なのか分かってはいない」
「……」
「そのあとも何度か、悪魔は俺たちの前に姿を現した。このままでは、住民の被害が大きくなるばかりだ。
俺はブレイバーの真の目的を見出し、可能性のある者を育てることに決めた。
そんな時にギルバートが俺を呼び出して、これから話すことを教えてくれたんだ」
「くどいぞ、それが何なのかを聞いている」
「――千年前に悪魔となって刑務所を襲った首謀者が、現代に再び蘇っていた。そうだろう?」
「!」
マーズは驚いた表情をしたが、何も言わなかった。
「そしてその首謀者の名前は、ヴァルディア」
「……そこまで話したのか、ギルバートは」
「ああ、そしてヴァルディアが何者なのか、過去に何があったのかも教えてもらった」
「あいつめ……」
「そしてギルバートは、ヴァルディアと会っていた。二十年前だ」
「……」
マーズは、唇を噛みしめていた。
「二十年前、ヴァルディアは千年の眠りから蘇り、ギルバートら三人衆と戦った。が、アイツらでは駄目だった。
そこでノーマという青年が現れた。ノーマは死闘の末勝利し、ヴァルディアを倒した。"心器"を使ってな」
「……っ」
「残念ながらノーマの行方は分かっていないが、使った"武器"なら残っている」
「……」
マーズは、黙ったままだった。
「ここに、あるんだろ?」
「……奪われた」
「なんだと?」
「お前の知る話はそれだけか? レックス」
「あぁ。ノーマの持っていた心器を回収することが目的で来た。悪魔ら、いや、『パラハーツ』の目的がそれであることも知っている。」
「『パラハーツ』――"心を食う"寄生虫パラハートを宿した集団。その虫は人間に寄生し、黒い翼の形で神経を奪い、心を喰らい続ける」
マーズは言った。
「ああ。ヴァルディアが始めに寄生され、そこから広げていったという話も聞いた。そして"心器"、心を通わす武器の強大なエネルギーを求めていた。マーズ、アンタの作ったものだ」
「いや、心器を造ったのは私ではない。先代だ」
「何?」
「先代、私の父もまたマーズという名だった。彼は心の持つ力を信じ、剣を器としてその心を宿したのだ。それが"心器"だ」
「シルクの"激流"、鳶人の"疾風"……そして俺のこの"雷牙"。それが俺の知る心器だ。マーズ、あとは何がある?」
「心器、炎龍刃。ノーマの使っていたものだ」
レックスはその時、とんでもない事実を知ってしまった。
「その炎龍刃を奪ったのが――"鳥人間計画"のストロンだ」