42.三人衆
ある、月の出た夜。
ブレイバー本部、資料室。
レックスがしばしば訪れ、事務をこなす場所だ。
部屋中にはびっしりと本が並んでおり、それは奥にまで続いていた。
が、彼が使っているのは入り口付近の机のみだし、他の隊員も殆ど出入りしていない。ほとんどレックスの部屋のようなものだ。
増してや最近では、レックスが「不在」の時に資料を管理している司書が、彼が来たら任せて部屋を後にするほどになっている。
そんな資料室だが、今宵そこには三人の男女が座って話していた。
ブレイバー剣士隊長、レックス。
ブレイバー医療班長、シルク。
そして―元ブレイバー、天竜 鳶人だった。
「どうだ? 調子は」鳶人が口を開いた。
「順調よ。凄い成長っぷり。まだ荒いけど、レベル5もそろそろ習得できると思うわ」シルクは言った。
「へぇ、レベル5! ワイヤーだっけ名前? やるじゃねぇか」鳶人は関心した。
「うん、でもちょっと疲れてるみたいだから、しばらく休ませてあげようかなって思ってる」
「そっか、シルクちゃんも疲れたんじゃないの?」
シルクは鳶人の目から、不純なものを感じつつも、黙っておいた。
「ホントよ。かなり疲れたわ。ぐえー」
彼女は机の上につっ伏した。
「エクセルも凄いぜ。 魔術が全然できなかったのに、今は立派に強化系を習得している。 マイノリティ優勝はもらったぜ」
「あらそう?」シルクは顔を上げた。
「まぁ、あいつも疲れてるし、今は寝てる。 けどな、明日からは再開するぜ」
鳶人は拳を握りしめた。
「お前はどうなんだ、レックス? さっきからずっと黙ってるけど、何かあったのか?」
「……」
レックスは、鳶人の方向を見ようとしなかった。
「どうしたんだよ本当に。あ、そういや森で見たぜ、スタンの火柱斬! お前の教え方が上手いんだろうなやっぱ」
「火柱斬って剣撃系レベル5じゃないの? すごい」シルクは感心した。
「スタンもやっぱ今寝てるのか?」
ここで初めてレックスが口を開いた。
「あいつは森に置いてきた」
「なっ!?」
「一人にしてきたっていうの!?」
「これは俺の意思ではないーーあいつ自身のものだ」
「スタン自身の」
「意思……?」
「あぁ。『残ってもっと鍛えたい』って」
「マジかよ……」
「まぁ、あいつなら大丈夫だろう。 以前より、信頼できる実力になった」
「……レックス、あなたの自信には本当にあきれる」
すると、入口からノック音がした。
「どなたでしょうか?」
シルクは問う。
「お取込み中失礼します。剣士隊長と会合したい方がいらっしゃいます」
ドアの向こうから、事務官が言った。
「こんな夜にか……いったい誰だ?」鳶人は言った。
「ギルバート・ウェイン人事管理長です」
「ギルバートが?」レックスは、その"懐かしい"名前に首をかしげる。
「ギルバートってあの"三人衆"の一人か?」鳶人は問う。
「あぁ。ブレイバーの中でも古い顔だ」
レックスはそういいながら、腰を上げた。
「いいだろう。どこまで向かえばいい?」
「はっ、部屋まで案内します」
「頼む」
**
「よくぞ参りましたな、レックス剣士隊長」
その男――ギルバート・ウェインは静かに立っていた。
小さな丸眼鏡をかけた、細見で初老の男――その佇まいは"紳士"そのものであった。
右半分が黒く、左半分が白い隊員服。
が、その異常さを感じさせないほどに、彼はそれを礼服のようにきっちりと着こなしていた。
髪もしっかりと固めていたが、歳のせいか白髪が垣間見えた。
「よう、ギルバート」
レックスは軽い挨拶をした。
「性格は変わらずですな。オルダーで君を見かけた時と大差ない」
ギルバートはあざ笑うかの如く、眼鏡を押し上げた。
「ふん、どいつもこいつも昔話が好きなことだ」
レックスは面白くなかった。ミッチェルといい、久々に会った者は皆、昔話をするのかとあきれていた。
「さて、なぜ私が貴方を呼んだか、おわかりですかな?」
「"三人衆"が一人、ギルバート・ウェインからのお呼び出しだ。よっぽど大事なことなんだろう」
「その名は、もう無いようなものですがね。今の私は管理職だ。ほかの二人とは違いますよ」
三人衆。
それは遥か昔――オルダー戦争よりも昔、世界を揺るがした三人の戦士のことだ。
一人は目に見えぬ速さで恐れられた"俊足"のギルバート。
彼と対峙した者は、自分が殺されたことも分からぬ早さで死んでいった。
現在、新人ブレイバーの採用や昇給、役職配分などの人事管理を行っている。
一人は常人ならぬ力の持ち主、"金剛"のスパイク。
たった一人で50人の重装兵の部隊を倒した実力を持つ。
現在はマジョリティ先鋭部隊に所属している。
そしてもう一人は、三人衆が紅一点、"烈華"のアヤメ。
三人の中では最も実力があるとされ、ギルバートとスパイク共に一目置いている。
魔術に於いて博識であり、それに負けない精神力と集中力を持っている。
彼女に不可能な魔術は無い、と恐れられている。
現在、消息不明である。
「私が貴方を呼んだ理由は他でもない。あの黒い生き物のことですよ」
「悪魔どものことか」
「はい」
「過去の文献にデータが無い。……ただあるのは、"伝え"とか"物語"とか、絵本みたいな話ばかりだ」
「そうですね」
ギルバートはうなずいた。
「だが、大昔に起きたシュテンハイムの事件のデータが興味深かった。 未解決に終わったこの事件と、先日起きた事件――関わりが無いとは思えない。 そして、我々ブレイバーに襲撃をかけてきた」
「それについては、どうお考えですか?」
「目的は不明だが、何体かでまとまって襲撃したことを考えると、組織として動いている可能性は高いな」
「えぇ。そうでしょうね」
「で、本題は何だ?この悪魔どもが、どうしたというんだ?」
すると突然、ギルバートは険しい顔をした。
「"天使と悪魔の物語"――それが実際にあったものだとしたら、どうします?」
「なっ!?」
「私はその、千年前の"悪魔"に会ったことがあります」
「く、下らん! そんな出鱈目、信じるわけがないだろう!」
「失礼なお方だ」
ギルバートは再び眼鏡を押し上げた。
「見損なったぞギルバート、俺は忙しいんだ。帰らせてもらう」
レックスは剣を背負い直し、部屋のドアノブに手を差し伸べた。
「資料室のドアは、ライセンスがある者しか入れない」
「……それが、どうした?」
レックスは振り向いた。
「これ、誰のでしょうかね?」
ギルバートは、カード状のものを取り出し、レックスに得意げに見せた。
「なっ……俺のライセンス!」
ギルバートはレックスに気付かれぬ間に、彼の懐のライセンスカードを奪っていたのである。
「これが無いと、困りますよね?」
「……おもしれぇ、聞いてやろうじゃないか」
レックスは冷や汗をかきつつも、にやついた。