40.才能
講義終了のチャイムがなった。
少年ワイヤーは、その分厚い教科書を鞄にしまって扉を開けた。
部屋に戻ろうと廊下を歩き始めた。
たくさんの"マイノリティ"生徒が歩く中をかいくぐっていると、一人と肩をぶつけてしまった。
「すいませ――」
すぐに謝ろうとしたが、ワイヤーは立ち止った。
見覚えのある姿だったからだ。
「君か」
「そうだ、忘れてないよな、さすがに」
黒い隊員服を纏ったその男。髪の毛を限界まで逆立てたその男。
「サイス、って名前だったよね」
「正解だ。話がある、ついてこいメガネ野郎」サイスはにやけながら言った。
*
行きついた先は、人っ気の無い階段の踊り場。窓が無く日の光を受けないので、昼でも薄暗い場所であった。
「――いないな、誰も」サイスは言った。
「他人に聞かれたくない話なの?」ワイヤーは質問する。
「いいや?"見られたくなかった"のさ」
サイスは笑みを浮かべながらそう言った。
「質問がいくつかあるんだ」
その瞬間、ワイヤーの首には刃がつきたてられていた。
「!!」
サイスはそれまで何も手にしていなかった。
彼の武器である巨大な鎌、それは持ち歩いていなかったはず。
しかし今、ワイヤーの目の前にはその刃があった。
「物質化能力――」
考えられるのはそれだった。
心の力を空間に干渉させ、物質として具現化する力だった。ワイヤーはその力について資料を読んだことがあった。
だが、それ以前に気になることがあった。
「君、魔術は使えないんじゃなかったんじゃないのか」
「自惚れるんじゃねぇよ、一週間くらいあればできるようになる」
「いや、君のやってるそれはそういう領域を超えている。レベル4に値する力だぞ」
レベルとは、国際魔術管理協会の定める、魔術の習得難易度のことである。
レベルは5段階あり、始めの講義でシルクが教えた"水を動かす"技がレベル1である。
またシルクのやっていた"水を手の形に保つ"技など、「空間に干渉して一定の形に具現化する力」は軒並み高いレベルで規定してある。
「……やっぱり成績トップは伊達じゃないんだね」
「そういうことだ、余裕ぶっこいてるんじゃねぇぞビリ欠野郎。動いたらお前の首はオシマイさ」
首につきたてられた刃が、さらに近づく。
「"見られたくない"ってのは、そういうことか……」
「では、俺の質問に答えてもらおう」
「何だ」
「スタン・ハーライトは何処にいる」
「知らないよ」ワイヤーはそっぽを向いた。
「嘘をつくな、心が揺らいでるぜ」サイスはさらに刃を近づけた。
「こ、心を読むことまでできるようになったのか」
「感心するな、とっとと言え」
「本当に知らないよ、どこにいるかなんて。一週間以上、帰ってないよ」
「では質問を変える。あいつは"何をしているのか"?」
「教えて何になる」
「何もしないさ」
「え?」
「ただ、気になる」
「僕を脅してまで知りたいのか」
「シルク・ホワイタビーは、スタンが講義に一週間以上出ていないにも関わらず、アイツについて一切言及していない」
「……」
「エクセルとかいう野郎も帰ってないな。それについても何も言ってない。で、残りのお前がひっさびさに帰ってきて姿を見たら何だそれは? 部署が変わったとでも言いたくなるような服だ……いや、マイノリティの内は部署なんて決まってねぇんだったな。モラトリアムってやつか?」
「僕は自分のやり方を見つけたんだ。ただそれだけ」
「確かにそうみたいだな。ケンカはガキの頃から好きだが、初め見たお前はチキン野郎の眼だった。だが今はそれなりに"覚悟"を持ってるみたいだな」
「よくしゃべるね」
「ふん、だから気になるんだよ。スタンが何をしているかがよ」
「じゃぁ答えてあげるよ」ワイヤーは微笑んだ。
「何笑ってるんだ、自分の状況を分かって――」
「雷電放射!」
「なっ!」
とてつもない量の光がワイヤーを包んだ。手がしびれ、サイスは持っていた鎌を衝撃で手放してしまった。
「くそっ!」
強い光をまともに受けてしまった。眩む眼をこすり、前を向く。
そこにはワイヤーがサイスに向かって手を突き出して立っていた。
彼の手には強い光の塊があった。
「レベル2程度で怯むんだね、君は」
ワイヤーはそう言うと、構えてた手を引いた。掌の光は消えた。
「まぁ、頭を使えばレベルなんて関係ないよね。適材適所さ」
サイスが周囲を見渡すと、階段の手すりに電撃が走っていた。視覚できるほど強いものだ。
「てめえ……」
「僕らはね、努力してるんだよ」
「……努力だと?」
「そうさ。あの時、僕らはスタンの力に驚いたさ…強い意思を持ったあの光。僕らは彼の力を前に知ってはいたけど……やっぱすごかった。だから」
「だから?」
「追いつきたかった。 強くなりたかった。力になりたかった…そのための努力」
「独学か、それ?」
「僕には良い先生がついてくれたよ。魔術のエキスパート」
「シルク・ホワイタビーか」
「正解だ」
「…『正解』、か」
サイスはふっと笑って、鎌を拾い、目を閉じた。
持っていた鎌は姿を消した。
「俺はな、この力を独学で手にした。 いいか、強い奴に師はいらない。一人の力で手にすることができる奴が強いんだよ」
「それは……違うと思うな」
「ふん、じゃあ今度ケリ付けようぜ。 マイノリティ大会で会おうじゃねえか! ゼッテー勝つからな! ハハハッ!」
そう言い残し、彼は去った。
彼がいなくなってから、ワイヤーはつぶやいた。
「自惚れてるのは君の方だ、サイス」
そして、階段の上方向を見て、大きな声を出した。
「ですよね、シルク様」
すると、誰かが階段を降りる音が聞こえた。
「……分かっていたのね」
白い髪の女性はそう言った。
「極限まで力を抑えていたんだけどね……よく気付いたわね」
「えぇ、それ、確か〝心殺〝でしたよね、レベル5の」
「少し動揺してしまったからかしら」
「そうですね。僕が刃を向けられた時に、心の揺れを感じたんですよ」
「そうね」
シルクは苦笑いした。
「手を出さないで頂いて、ありがとうございました」
「手を出して欲しくないって言ったのはあなたよ」
「心の中で、ね?」
「ほんと、強くなったわね。こんな短い間に。先生嬉しい」
彼女は今度は本当に笑った。
「先生、マイノリティまでもう日がありません、教えてくださいーー」
「何を……?」
「レベルを超えた魔術を!!」