52.凱旋
間違いない。"あれ"は僕のおじいちゃんだった。
昨日の夜、突如現れた「翼の生えた人間」――。
直剣を持ち、レックスさんと対峙していた。
老父――おじいちゃんは、僕の知らない表情を浮かべていた。
冷ややかで、無表情で、まるで感情が無いかのような――
僕が、その老父を「おじいちゃん」と認識した時には、直剣がレックスさんの肩を貫いていた。
今でも信じたくはない。頭の整理をしているが、まるで纏まらない。
何故なら僕はこう言われたのだ、その老父に――
「スタンハーライトよ。騙して悪かったな」
――その言葉の意味は分からない。
僕が騙されていた? 何を?
今まで僕を育ててくれていたおじいちゃんは? 嘘だったの?
ねぇ教えてよ、おじいちゃん――
……
「スタン、ぼうっとするな」声が聞こえた。
「あぁ、ごめんエクセル」僕は答えた。
今日はブレイバーの「総長凱旋式」だ。数年前から遠征していた総長が、ここ本部に帰還するとのことで、僕たちは正門前に整列していた。
なんでも、先輩方でも「謁見」するのは初めてのことらしい。
「ねぇエクセル、総長ってどんな方なの?」
「なんでも、剣術に関しては腕の立つ人だとか」
「へぇ、じゃあレックスさんよりも強いのかな?」
「さァな、俺たちの腕じゃぁ想像も出来ないさ」
「それもそうだね」
「……来たぞ」
名前の知らない先輩が、僕達の列の指揮を執る。
「全体、礼!総長のお帰りである!」
僕たちは言われるままに敬礼をした。
すると、正門から複数の人が出てきた。
1人は車椅子に乗り、和服を着たお爺さん。
1人はその車椅子を押して、隊員服を来ている男の人。
そしてもう1人は、鎧を来ている女の人だった。
お爺さんは目を閉じたまま、杖を持ち腰かけていた。
先輩が言う。
「総長様! シオン様! アンリ様! ご無事で!」
すると、お爺さんが口を開いた。
「皆の者。 ワシは帰ってきた。 この総長・不知火源八がの」
すると、先輩隊員たちが歓声を上げる。
「源八様!」
「源八様!」
女性隊員の人たちも歓声を上げる。
「きゃー、シオン様!」
「シオン様ー!サインくださーい!」
一部の先輩隊員たちも歓声を上げる。
「アンリちゃーん!」
「アンリー! 元気だったかー!」
皆、人気者のようだ。
「えっ、じゃぁあのお爺さんが……総長ってこと?」
「その通りさ」
「なるほど……えっ、貴方は?」
僕に応えてくれたのはエクセルではなく、後ろにいる先輩だった。
「俺か? 俺はグレン! まぁ俺の事はどうでも良いんだ、色々教えてやるよ」
「は、はい」
「まずあの爺さんは不知火源八――日本の名家『不知火』の八代目だ。十数年前にやり合った相手に『目』を奪われちまって、今は何も見えていないんだ」
「そ、そうなんですか」
「そう。 んで、車椅子を押しているのがシオン・マクスウェル。騎士名門『マクスウェル家』の御曹司。あぁ見えて腕っぷしは強くて、しかも頭も良い。世界で唯一の『魔法剣士』の称号も持っている」
「えっ!? じ、じゃぁ『世界1位の魔法剣士シオン』ですか!?」
雑誌で呼んだことがある――あらゆる戦争、戦争のデータを基に決められるランキング。3位はレックスさんだったはずだ。
レックスさんはとても強いのは勿論知っているのだけど、社会的な貢献度の部分で評価が上下してしまうらしい。
「そう。 そしてあの女騎士はアンリ。 元ブレイバーで、そこからマクスウェル家の騎士道を学び、今は総長専門の護衛騎士になっている。剣術はシオンにも負けず劣らずだそうだ」
「へぇー……」
「私語を慎み給え!」
「うわっ!」
突然、女騎士――アンリさんが剣を抜き僕たちに刃先を向けてきた。
歓声を上げていた隊員達も皆しんと静まった。
「よいのだ、アンリ」
総長が言った。
「しかし……!」
「よいのだ。わしの帰りを待つ者もいれば、初顔もおるのだ。無理はない」
「……」
アンリさんは剣をしまった。
「無礼をしたな、金髪の」総長は僕に言った。
「えっ、えっと……」
「”なぜ見えるのか” 気になるか?」
「は、はい。お察しの通りでございます」
「――先ほどそこの者が言うた通り、わしは目が見えぬ。だが"流れを掴む"力は衰えてはおらぬ」
「な、なるほど……」
「ところでお主、『黒髪』とはどういう関係じゃ?」
「えっ!?」
「"似ている"んじゃよ。"流れ"が」
「はい……あ、あの、『修行』をさせてもらいました」
「……ほう」
「『黒髪』が稽古をつけたって!? 冗談も大概にしたらどうだ!」
青年の隊員――シオンさんはそう言った。
「よせシオン。 この者は正直だ、"こっち側"はだがな」総長は言った。
「"こっち側"……?どういうことですが、総長」
「兎に角、この金髪の言うは誠だ」
「しかし……!」
「それは本当だぜ、シオン」
そう言い、総長の前まで歩いてくる人がいた。鳶人さんだ。
「鳥人間!」
シオンさんは剣を抜いた。
「おう、久しぶりだな」鳶人さんは
「なぜ貴様がここにいる!鳥人間がこの門を跨ぐなど……!」
「まだいるんだな、お前みたいな奴……俺はすぐにでもテメェを殴りてェが、女の子たちのいる前だ、そんな大事にはしたくねぇ」
「なんだと……!」
「とにかく俺は今はブレイバーだし、そこのスタン・ハーライトがレックスに稽古を付けてもらっているのは本当だ。 だからよォ……」
鳶人さんはシオンさんの剣の刃先を右手で握りしめた。
「今は仲良くして、ケリは『大会』で付けようぜェ……!」
「ぐ……!」
「ふん!」
鳶人さんは手を離した。
「ハーライト……」
総長は何か考えている様子だった。
「しかし信じられぬな。あのレックスが稽古を付けるなど……気は確かか?」
シオンさんは剣を鞘に納めながら言った。
「そこまで疑うのなら、本人の口から言いましょう」
突然、遠くから声がした。知っている声だ。僕はその方向を見る。
「レックスさ――えっ?」
そこにいた人は、僕の知っているレックスさんとは違っていた。
髪はいつもの"はね"ではなく、しっとりとした長髪になっていて、それを結っていた。
隊員服は乱れず、きっちりと前を占めている。
普段の怖い形相が信じられないほど、優しい顔つきをしていた。
レックスさんは膝をつき言う。
「不肖レックス、総長のご帰還、お待ちしておりました」