51.紅い記憶
俺の脳裏に焼き付く、"紅い記憶"の話をしよう。
その日は突然訪れた。
俺はスペランツァで、マリアからよく買い物を頼まれていた。
リーナは身籠っていたマリアを看ている必要があったので、俺が決まって外に出ていた。
街の少し外れにある港の店で、野菜や果物を買って帰る。
帰ってそれを渡すとマリアとリーナはいつも喜んでくれた。
俺にとってそれはいつも通りのことで、二人の笑顔を見るのが楽しみだった。
そんな当たり前の日常は、崩れ去ってしまった。
その日は街の様子が違っていた。
「火事だ!」
「みんな逃げろ!」
「火を消すんだ!」
街を照らしていたのは街灯でもなく、炎だった。
しかも炎は、家の高さをゆうに越えていた。
街の人の話声から、とんでもないことが聞こえてきた。
「火元はどこからなんだ?」
「なんでも、マリアさんのお宅かららしい」
「マリアさんの? 子供がいるのに気の毒なこった……」
その時のことは良く覚えていない。ただ一心不乱に走った。
「二人が危ない」その思いだけが俺を支えていた。
家に辿り着いた時、目の前には炎しかなかった。
激しい熱と煙で、視界が霞んでいた。
息も苦しい。
家は炎に呑まれ、跡形もなくなっていた。
そしてその残骸の前に――男が立っていた。
息を切らし、意識が遠のく中、男と目が合う。顔は良く見えない。
男は剣を握りしめていた。その刃先も――赤く染まっていた。
そんな時――
「ブラッキイ、逃げて!」
マリアの声がした。
漸く俺は、マリアが、男の足元に倒れこんでいることに気づいた。
「マリアさん!」
俺は駆け寄ろうとする。
その時、俺は額に激痛が走った。
火の熱さとは比べ物にならない間隔を覚えた。
すぐに、目の前の男が俺を遮るために剣をふるったことを察した。
目の前が真っ赤になった。
意識が遠のく中、微かに見えた――
男が、片腕にリーナを抱えていた。
ぐったりとしていて、何の抵抗も見せていなかった。
この男が手にかけたのか――
その光景を見た俺は――
戦うことをせず――
逃走という道を選んだ――
……
怒りという感情が湧き出してきたのは、全てが終わってからだった。
血のついた目を擦って見ると、もう火は消えていた。
冷たいものが肌に触れる。雨が降っていた。激しい雨だった。
希望の街はもう無くなっていた。
もう誰もいなかった。
俺はまた独りになってしまった。
俺は叫んだ。泣き叫んだ。
二人を手にかけた男を恨んだ。
逃げた己の臆病さを恨んだ。
そして――自分の弱さを恨んだ。
*
俺は一度暖を取るため、ある建物に入った。
元々武器庫だった場所らしい。
しかしそこには、殆ど武器は残っていなかった。
唯一あったのは、巨大な鉄の塊、といって良いような両手剣だった。
重すぎて、誰も使わない、使えないこれだけが残っていたのだろう。
なんとなくその剣の柄を握り、持ってみる。重くて使い物になりそうにない。
当時の俺の身長では、引きずって歩くのがやっとだった。
すると、建物の扉が叩かれる音がした。乱暴なものだった。
廃墟と化したこの町で、暴漢たちが金品を探し回っていたようだ。
「チッ……シケてるな」
一人目の男は、勘定台の前で札をめくって数えていた。
「次いこうぜ、次!」
二人目の男は、呆れた声を漏らしている。
「おい、ちょっと待てよ」
三人目の男が言った。
「おいおい、何してんだ?ボウズ」
武器庫をのぞき込み、俺を見てそう言った。
「なんだ子供か……しかも男」
「いいじゃあねぇか、働き口として売るには悪くはねぇ」
「という訳で、大人しくしてもらおうか!」
三人目の男が俺を殴った。壁に叩きつけられる。
俺はその重くて使い物にならない剣を持った。
そして引きずりながら、男たちの前に立つ。
「おいおいボウズ、大人をからかうんじゃあないよ。そんな重くて、大人でも使わないようなゴミで俺たちを殺そうってのか?」
「ハハハハ!」
男たちは笑う。
何が俺を動かしたかは分からない。
「うわああああああああああああっ!」
俺はその剣を思いっきり振り上げた。
思い切り、声を張り上げながら。
……
返り血で真っ赤になった手と、何も言わなくなった男たちを見ながら俺は誓った。
必ずリーナを救い出す。
必ず俺は強くなる。
必ず俺は王となる。
そこから俺は血を求め、戦い続けた――
血を求めることこそが強さだと思っていた――
あの方に会うまでは――
……
**
病室の扉から、ノック音が聞こえる。
「レックス様、ギルバートでございます」
「入れ」俺は返事をした。
「総長が、到着なされました。お迎えのご挨拶を」
「……分かった」
俺はベッドから降り、隊員服のジャケットを羽織る。
ようやく手掛かりが見つかったんだ――
「鳥人間」のネオン――
そしてそいつの顔を知るのが――
スタン=ハーライト――
必ず聞き出してやる――
どんな手を使ってでも……!