49.赤い髪の少女
俺はどこで生まれたのか。
俺は何なのか。
そんなことは覚えていなかった。
煙の昇る薄暗い空と、鼻を突きさす異臭。
草木はおろか水も無く、乾いた血を吸った茶色い土。
それまでどうやって暮らしてきていたのかも、何を食べていたのか、何を飲んでいたか。それも覚えていない。
ただ、その景色だけは、脳裏に焼き付いていた。
視界がぼやけて、脱力感に体を支配されそうになっていた。
そんな時に、声がした。
顔を上げると、そこにいたのは、長い赤い髪の少女だった。
「おいで」
そう言っていたのだろう。その時の俺には、言葉は分からなかった。
「あなた、コトバをはなせないの?」
彼女はそう言った――いいや、「そう言っていた、と後から本人から聞いた」。
「あ……」
俺は声を出す。喉が乾いていたので、かすれていた。
すると彼女は俺に歩み寄り、へたれこんでいた俺と同じ目線になるよう屈んだ。
「のむ?」
そう言われ、彼女から水の入ったボトルを差し出される。
その時の俺は、それが何なのかも分からなかった。
「そっか、じっとしててね、"あー"、ってしててね、あ」
「あ……」
俺は本能的に口を開けていた。そして彼女の手によって、ボトルの水が口の中に注がれる。
俺はしっかりと飲み込む。
「どう?」彼女は聞いた。
「あー」俺は声を出す。
声は出るようになったが、言葉は分からない。
「あなた、なまえは?」彼女は尋ねる。
だが、その時の俺は言葉も分からないし、名前も分からなかった。
「そっか、はなせないんだもんね。じゃあ、わたしがきめてあげる」
少女はにこやかに言う。
「あなた、とってもメズラシイ髪の色しているのね。"くろい"なんて"いまどき"メズラシイわ。」
そして彼女は続けてこういった。
「黒い髪だから"ブラッキイ"ね! きまり!」彼女は微笑んだ。
「あなたかわいそう。わたしのお母さんのところに行きましょ、ここはあぶないわ」
どうやら、そこは危険な区域だったようだ。彼女は"ある理由で"ここを通り、俺に会ったそうだ。
「そうだ、わたしの紹介してなかったわね。私はリーナ。言ってごらん?りー、な」
「あー……」
「ちがう、いーっ、てして」
彼女は俺の両頬をつまみ引っ張る。
「いーっ」
「で、もどすの」
つまんでいた両手を勢いよく放す。
「あー」
「そうよ、それがわたしの名前! リーナよ! リーナ!」
「いい、あ」
そう、彼女の名前はリーナ。
赤い髪の美しい少女だった。
リーナは俺にとってかけがえのない存在だった――