48.温もり
「リーナ」
少年は、少女の名を呼んだ。
何も見えない。
何も、無い。
暗闇。
少年には名前が無かった。
少年は、孤独だった。
そんな彼を、支えてくれた。
名前をくれた。
……
手に、優しい温もりを感じる。
誰かが、少年の手に触れる。
少女の手だった。
赤い、長い髪が、美しい少女だった。
少年は、自分の姿をよく知らなかった。
少年は、誰とも話をしたことがなかった。
少年は、言葉を知らなかった。
そんな彼に、言葉を教えてくれた。
少女の名前はリーナ。
少年が、初めて覚えた言葉だった。
「ブラッキイ」
少女は、彼をそう呼んだ。
少年を、そう名付けてくれた……
*
「はっ!」
黒い髪の青年は、飛び起きた。
周囲を見渡す。
ブレイバー本部、医療室――そこのベッドに横たわっていた。
「夢か」
青年は呟いた。
だが、手の温もりはまだ残っていた。
彼の手を握っていたのは、女性だった。
白い、長い髪の女性だった。
「レックス」
そう呼ばれて、彼は全てを思い出す。
「っ!」
レックスは思わず、女性の手を振り払った。
シルクは、悲しそうな細い目で、彼を見つめていた。
「うなされていたわ」彼女は告げる。
「すまない」
レックスは、シルクの顔を見ようとしなかった。
「……すまないが、出て行ってくれないか」レックスは続けて言った。
しかし、シルクは出て行こうとはしなかった。
「うなされていた時に、貴方は名前を呼んでいたわ。リーナ、リーナって」
「!」
レックスは、シルクを睨み付けた。
シルクは続ける。
「リーナって、誰なの?」
「お前には関係ない」
「お願い、教えて欲しいの。私は貴方のことを何も知らない」
「出て行けといったはずだろう!」
レックスは怒鳴りつけた。
「!」
シルクの瞳は潤っていた。
「……ごめん」
そう言い、シルクは立ち上がった。
ゆっくりと、立ち去ろうと歩く。
彼女は、扉の前で立ち止まり言う。
「いつでも、声をかけてね」
レックスは返事をしなかった。
「リーナ……」
医療室の窓からは、朝の日差しが差していた。